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練馬ナンバーとは珍しい

2015-04-15 00:48:12 | 九州の梅を訪ねて

 

伊万里から唐津街道と称される国道204号を北上し、伊万里湾に浮かぶ、福島へ向かいました。

 

 佐賀県波多津町から福島大橋を渡り、長崎県松浦市福島町の福島に入りました。

 

 島の北西端の初崎を目指します。

 

 初崎のヤブツバキ群生地は4万本以上のスケールを誇るツバキの名所です。

 

 島の道をはしり続けると、海へ落ち込む斜面に棚田が広がっていました。

 

 

駐車スペースには「日本の棚田百選認定」といった文字と一緒に、夕陽に染まる見事な棚田の写真が掲げられていました。

 

 畦道に2600本の灯籠に火を灯す、土田(どや)棚田の火祭りが毎年9月に催されるそうです。

 

 

 

棚田を過ぎ、初崎入口の鍋串に差し掛かった辺りで、道路右に小さな祠と、掲示物を見かけました。

 

祠の横に四角い板石で囲まれた小さな石塔があります。

 

 

 石塔の横に表示板があって、

 

 「寺山団助の墓

 

  松浦党の一族、志佐純意(すみもと)の重臣で、福島の押役として鍋串に居城していた寺山団助は、文武に優れた武将として住民からも慕われていた。

 

 天正17年(1589)7月10日、ざん言を信じた志佐純意は、討手を差向けて寺山を急襲した。

 

 団助は父とともに応戦したが、無念の最期をとげ、一族は滅亡した。」とありました。

 

 1589年といえば、秀吉が天下統一を成し遂げた頃のことです。

 

 つい最近まで、船でしか渡れなかった小さな島の、数百年前の一武将の話が、こうして市指定史跡として伝わることに驚きました。

 

 この島の時の流れは、人間の坩堝となる東京などとは明らかに異なる様です。

 

 

 

 鍋串から初崎へ伸びる半島の先に初崎公園があります。

 

 椿の群生地の中に、海岸へ向かう散策路が設けられていました
 

 

 

 

岬の先に立つと、静かな入り江に、岬や島々が折り重なっていました。

 

 

初崎公園の展望台に上ってみました。

 

 

 

展望台の足元に、赤い花を付けた椿が枝を広げていました。


 

 

そんな時、一人の男性が展望台へ上って来て、

 

 「東京からですか?」と声を掛けられました。

 

 

 

 

この地(松浦市福島町鍋串)にお住まいの、御歳73歳の磯部さんです。

 

 私の車の「練馬」ナンバーを見て、後を追ってきたのだそうです。

 

 私は磯部さんのご自宅に、お招き頂きました。

 

 下の写真は、磯部さんご自宅のベランダからの眺望です。 

 

 

 

磯部さんは奥様と二人、伊万里湾を見下ろ家で、悠々自適の生活を過ごされているそうです。

 

 磯部さんは東京練馬区の日大芸術学部を卒業され、最後は博多で事業を営まれましたが、バブルが弾け、この地に移り住むことになったそうです。

 

 別荘の斜面をツワブキの群落が取り囲んでいました。

 

 新緑の頃にその葉を摘んで、おひたしで食べるのが楽しみと仰っていました。

 

 

 眼下の海は魚も豊富で、山海の味覚に溢れた、素敵なお暮しのご様子でした。

  

 

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