礼儀作法の話をしてきましたが、私が部員によく注意をしたことの例をお話しします。
例えば、先生に声をかけるときの注意です。
例えば、私が職員室に居て、生徒が用事があって来たとします。
そのときに、何も考えず「先生」と呼んで、いきなり要件を言う生徒がいます。
私はそんな時、すぐに返事をしません。
「なぜ、『先生、今、ちょっとよろしいでしょうか』と言えないのか?」と言います。
まず、先生が今どういう状態なのかを見て、声をかけても大丈夫かを判断して、いいかなと思ったら、「ちょっとよろしいでしょうか」と言って、許可をもらってから、要件に入れと教えます。
生徒は、先生が何をしていても、平気で声をかけてくる場合があります。
例えば計算をしている時に、声をかけられたら迷惑です。
他の人と、話をしているときに割って入られても困ります。
大事な考え事をしている場合もあります。
だから、それを全く考えずに、自分の要件を突然のように言ってきたら、「お前を中心に地球が回っているんじゃないぞ」と言ったこともありました。
まず、近くによって、先生が何をしているかを様子をみて、立って待つという気持ちが必要だと教えました。
ちょとよろしいですか以外には、「お忙しい所、すみませんが」を付けて、いまよろしいでしょうかと言うことを教えました。
ーーーー
こんなことも、教育の一つです。私の礼儀作法の項目で言えば、気配りですね。
相手の立場に立って考えるということです。
一番、わかりやすいのが、電話中です。電話で話している人に、横から話しかける人はいません。そのことは誰でもわかるでしょう。しかし、本当にそういう配慮のできる生徒は少ないですね。こういうことは教えないとだめですね。
ただ、教えたことの応用が利かないと、私が寝ていたときに、「お忙しい所すみませんが」と言った子がいました。「嫌味か?」と聞き返しましたが、そういう時は「お休み中のところすみませんが」というんだよと教えました。
ある新任の先生が、事務長先生に「先生、いま暇ですか」と言って怒られたことがありました。
暇ですか?とは何事だ!ということです。口のきき方を気をつけろということです。いま、よろしいですかといいたかったのですが、それを気さくに暇ですかと言ってしまったのです。
そういう場合は、「お忙しい所誠に恐縮ですが、いま話しかけてもよろしいでしょうか」というのが、本当だということです。
ーーーーーーーーー
挨拶は、難しいですが、運動部の生徒はよく挨拶をしてくれます。
しかし、こんにちはの「こ」が聞こえない場合が多々あります。
「に」も省略されて、「んちは」なのです。酷いのになると、「こんに」まで聞こえないで、「ちは」です。
すればいいという挨拶は、きれいではありません。それなら何も言わないで、頭を下げるだけで通り過ぎた方がきれいかなと思う場合もあります。
また、すれ違うところまできてから「こんにちは」と言われる場合があります。言われて挨拶を返そうとすると、もう通り過ぎているのです。答えるには後ろを振り向かなければなりません。それも失礼だと思います。
もう一つ、気がつくのは、挨拶をしてくれた生徒が私の方を見ないのです。これは失礼です。挨拶を返そうと思っても、こちらを見ていないのです。挨拶をしたときは、私を見ていたのかもしれません。しかし、その後すぐに目をそらせてしまいました。これも失礼にあたります。自分が挨拶をした後、その人が気づいて自分を見るまで、その人を見ているべきなのです。こういうことは現実にあるんですよ。驚きますね。せっかく挨拶をしたのに、しないより失礼になってしまいますね。
やはり、挨拶をするには、それなりの距離があるのです。挨拶をして、相手が気づいたら、相手が自分を見て挨拶を返せる距離です。
挨拶をされた人は、どの人が挨拶をしてくれたのかを知りたいし、その人に自分も挨拶を返したいと思うのですから、それができる状態を作ることが必要です。
それなのに、気付いた時は通り過ぎていたというのは、相手に対して失礼なのです。もし、通り過ぎてしまいそうな状況なら、止まって待つ必要があるでしょう。
よく、歩いていて、きちんとしている子は、立ち止まって挨拶をしてくれました。
立ち止まって挨拶をされると、こちらが恐縮してしまいました。しかし感激して、あの子は立ち止まって挨拶をしてくれたよと他の人に話したこともあります。
立ち止まって挨拶というのはとても丁寧なことなのです。
でも、校長先生や理事長先生には、私も立ち止まって挨拶をしたと思います。
また、挨拶をするときには、笑顔を忘れずにと教えました。無表情でするより、笑顔でということを教えました。表情一つで印象がまるで変わります。その笑顔が自然にできる子もいれば、できない子もいます。不思議ですね。たかが、挨拶一つでもいろいろ配慮する点があるのです。
私は、部活の終わりの時に、生徒たちにいろいろな話をしてきましたが、このような話もその一つでした。
例えば、先生に声をかけるときの注意です。
例えば、私が職員室に居て、生徒が用事があって来たとします。
そのときに、何も考えず「先生」と呼んで、いきなり要件を言う生徒がいます。
私はそんな時、すぐに返事をしません。
「なぜ、『先生、今、ちょっとよろしいでしょうか』と言えないのか?」と言います。
まず、先生が今どういう状態なのかを見て、声をかけても大丈夫かを判断して、いいかなと思ったら、「ちょっとよろしいでしょうか」と言って、許可をもらってから、要件に入れと教えます。
生徒は、先生が何をしていても、平気で声をかけてくる場合があります。
例えば計算をしている時に、声をかけられたら迷惑です。
他の人と、話をしているときに割って入られても困ります。
大事な考え事をしている場合もあります。
だから、それを全く考えずに、自分の要件を突然のように言ってきたら、「お前を中心に地球が回っているんじゃないぞ」と言ったこともありました。
まず、近くによって、先生が何をしているかを様子をみて、立って待つという気持ちが必要だと教えました。
ちょとよろしいですか以外には、「お忙しい所、すみませんが」を付けて、いまよろしいでしょうかと言うことを教えました。
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こんなことも、教育の一つです。私の礼儀作法の項目で言えば、気配りですね。
相手の立場に立って考えるということです。
一番、わかりやすいのが、電話中です。電話で話している人に、横から話しかける人はいません。そのことは誰でもわかるでしょう。しかし、本当にそういう配慮のできる生徒は少ないですね。こういうことは教えないとだめですね。
ただ、教えたことの応用が利かないと、私が寝ていたときに、「お忙しい所すみませんが」と言った子がいました。「嫌味か?」と聞き返しましたが、そういう時は「お休み中のところすみませんが」というんだよと教えました。
ある新任の先生が、事務長先生に「先生、いま暇ですか」と言って怒られたことがありました。
暇ですか?とは何事だ!ということです。口のきき方を気をつけろということです。いま、よろしいですかといいたかったのですが、それを気さくに暇ですかと言ってしまったのです。
そういう場合は、「お忙しい所誠に恐縮ですが、いま話しかけてもよろしいでしょうか」というのが、本当だということです。
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挨拶は、難しいですが、運動部の生徒はよく挨拶をしてくれます。
しかし、こんにちはの「こ」が聞こえない場合が多々あります。
「に」も省略されて、「んちは」なのです。酷いのになると、「こんに」まで聞こえないで、「ちは」です。
すればいいという挨拶は、きれいではありません。それなら何も言わないで、頭を下げるだけで通り過ぎた方がきれいかなと思う場合もあります。
また、すれ違うところまできてから「こんにちは」と言われる場合があります。言われて挨拶を返そうとすると、もう通り過ぎているのです。答えるには後ろを振り向かなければなりません。それも失礼だと思います。
もう一つ、気がつくのは、挨拶をしてくれた生徒が私の方を見ないのです。これは失礼です。挨拶を返そうと思っても、こちらを見ていないのです。挨拶をしたときは、私を見ていたのかもしれません。しかし、その後すぐに目をそらせてしまいました。これも失礼にあたります。自分が挨拶をした後、その人が気づいて自分を見るまで、その人を見ているべきなのです。こういうことは現実にあるんですよ。驚きますね。せっかく挨拶をしたのに、しないより失礼になってしまいますね。
やはり、挨拶をするには、それなりの距離があるのです。挨拶をして、相手が気づいたら、相手が自分を見て挨拶を返せる距離です。
挨拶をされた人は、どの人が挨拶をしてくれたのかを知りたいし、その人に自分も挨拶を返したいと思うのですから、それができる状態を作ることが必要です。
それなのに、気付いた時は通り過ぎていたというのは、相手に対して失礼なのです。もし、通り過ぎてしまいそうな状況なら、止まって待つ必要があるでしょう。
よく、歩いていて、きちんとしている子は、立ち止まって挨拶をしてくれました。
立ち止まって挨拶をされると、こちらが恐縮してしまいました。しかし感激して、あの子は立ち止まって挨拶をしてくれたよと他の人に話したこともあります。
立ち止まって挨拶というのはとても丁寧なことなのです。
でも、校長先生や理事長先生には、私も立ち止まって挨拶をしたと思います。
また、挨拶をするときには、笑顔を忘れずにと教えました。無表情でするより、笑顔でということを教えました。表情一つで印象がまるで変わります。その笑顔が自然にできる子もいれば、できない子もいます。不思議ですね。たかが、挨拶一つでもいろいろ配慮する点があるのです。
私は、部活の終わりの時に、生徒たちにいろいろな話をしてきましたが、このような話もその一つでした。