須永博士美術館スタッフブログ

熊本県阿蘇郡小国町にある、須永博士美術館。スタッフ佐藤から様々な情報をお伝えします。

応化(おうげ)

2012年06月23日 | スタッフより
応化(おうげ)という言葉をご存知ですか?

6月19日に主人の父が他界し、いただいた戒名の中に「応」の字が入っています。
葬儀が終わり、お寺にお礼参りにいった21日、和尚さんからお聞きしたことです。

「この「応」の字は、「応化」という仏語からとりました。

応化(おうげ)とは、仏様、菩薩様が人々を救うために姿を変えてこの世に現れ、助けを行うことを言います。

お父さんは、「左手と左足は動かなかったけれど、動く右手でいろいろなことを教えてくれた」とお孫さんがお別れの言葉を言ったように、持っている力であの手この手を使って皆さんの幸せを願っていたのでは無いでしょうか。

そしてもしかしたらあなた方ご家族が、応化となっておじいちゃんにして来たことがおじいちゃんの心に少しづつ変化をもたらし、変わっていったのかもしれないですね。」

と、ありがたいお話しをして下さいました。

お話しを聞かせていただきながら、全ての言葉がすぅ~っと胸の中に入り、納得ができました。
そうだなぁ。そうだなぁ・・・と。

温かい気持ちになり、これまで私が感じてきた様々なことが、この「応化」という言葉によって、すべてつながる感じがしました。

自分のしてることが、「させてもらっている」というような感覚さえすることが多々あったり、出逢う人に助けてもらったこと、教えてもらったこと、導いてもらったこと・・・

「応化」という言葉をインターネットで検索してみたら、

「《「おうけ」とも》仏語。仏・菩薩(ぼさつ)が世の人を救うために、相手の性質・力量に応じて姿を変えて現れること。応現。応作(おうさ)。」

とありました。

「この出逢いは偶然じゃない」と思えるような出逢いや、すべての出来事・・・

「不思議だなぁ」と思ってきたことが、自分の中で納得がいく気持ちです。

これからも、生きていく上でいろいろなことがあるでしょう。起きるでしょう。
でもそれも、真っ直ぐに生きていれば、すぐに結果が出なくとも、必ず「これでいい、これでよかったんだ。」と思える日がくると、いつも思っています。

「応化(おうげ)」

おじいちゃんとのお別れの時に、すてきな言葉との出逢いをさせてもらいました。




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おじいちゃん

2012年06月23日 | スタッフより
数日間、ブログをお休みさせていただきました。

また、今日から書かせて頂きます

6月19日に、主人の父が75年の生涯を終え、旅立ちました。


ちょうど60歳になったばかりの1997年8月に脳内出血で倒れ、命は助かったものの、左半身不随になってしまい、それからの15年間は身体が自由に動かない中でも、不満ひとつ言わずに一生懸命がんばって生きてきました。

昨年4月に胃がんがみつかり、もしかしたらあと3ヵ月・・・もって1年・・・と病院で言われた中、ここまで本当にがんばりました。(本人には伝えないまま。)

私が主人と結婚したのは1998年7月。熊本の病院と湯布院の病院に入院後、ちょうど自宅に帰る頃でした。

主人の母は、主人が4歳の頃、母が33歳の時に事故で亡くなってしまいました。

それから、お父さんと2人・・・言葉にはできない苦労を重ねてきています。

そんな主人と出逢い、「これからは私も手伝うから、幸せになろう」と、私も決意の上での結婚でした。

主人は、当時中津江というところでログハウスを作る仕事をしていました。のちに須永博士美術館で私と2人、一緒に仕事をしています。

今は、本当に幸せです。どんな苦労だって、ひとりじゃないんだから。なんでも乗り越えられます。

お父さんが須永博士美術館に来ることもよくありましたので、玄関やトイレに手すりをつけました。これも、他のお客様にも喜んでいただけました。

子供達も、おじいちゃんが大好きで、じいちゃんの片腕となり、いろいろなお世話を手伝ってくれました。

一緒にトランプをしたり、じゃんけんをしたり、動く右手でいっぱい遊んでくれました。

昔は釣りや、うなぎを捕まえたりしていたそうで、その話しをしてくれたり、ニワトリも飼っていたそうで、そのニワトリをさばいて食していたとか・・・そのさばき方を教えてくれたり・・・(実際にはしていないですけどね。)

思い出がたくさんあります。

じいちゃんとの別れの日、私たち家族全員が、ずっとじいちゃんのそばにいることができました。

また、この時のこと、お話ししたいと思います。本当にすごい最期でした。

無事に、お別れもでき、今は心から「おじいちゃん、ありがとうございました。長い人生、おつかれさまでした。」という気持ちです。

主人は、もう一人じゃない。大切な家族もいる。父は、やっと天国の母に会えているでしょう。今は自由になった身体で・・・。

本当に穏やかで、優しくて、みんなのことを想ってくれるおじいちゃんでした。
ありがとう。ゆっくりと、天国でみんなの成長を見守っていてください・・・。

私たちも、これからもさらにがんばっていきます

今年4月15日、一緒に桜を見ることができました。その時の写真です。
よかったら、見て下さい。








須永博士美術館前の桜。主人とおじいちゃんと・・・。



写真を撮ろうって言ったら、敬礼をしたので、私たちも真似して・・・。



もうひとつ、皆様にお話ししたいことがありますので、続きます・・・。
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