郷が杜備忘録

旅行や読書と日々の行動の記録。
日常のできごとや思い出の写真が中心。 たまに旅行の記事も投稿します!

松本城

2021-06-05 | 

松本城(2015年7月撮影)

別名    深志城

所在地   長野県松本市丸の内4番1号

城の種別  平城

築城者   石川数正・康長父子(8万石)

築城年   文禄2~3年

歴代城主  小笠原氏(8万石)・戸田氏(7万石)・松平氏(7万石)・堀田氏(7万石)・水野氏(7万石)・戸田氏(6万石)

遺構    天守・乾小天守・渡櫓・辰巳附櫓・月見櫓(以上国宝)

      本丸・二の丸・内堀・外堀・総堀の一部(史跡)

天守の構造 木造5重6階

天守と乾小天守、その間をつなぐのが渡櫓です。

トップの写真の右のほうに、辰巳附櫓と月見櫓が写っています。

松本城に行ったのが午後3時過ぎだったので、松本城の入り口のほうには入場待ちの人が並んでいたため

内部には入りませんでした。

当日は立山黒部アルペンルートを立山から下ってきて、信濃大町から松本に出てきたので遅かったのです。

この後浅間温泉に泊まり、翌日は長野に行ってしまいましたので、外から一部を眺めただけで終わりでした。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

富山城

2021-05-31 | 

富山城(2014年10月撮影)

所在地    富山市

城の種別   平城

築城者    水越勝重(天文年間)、佐々成政(天正年間)

築城年    天文元年(1532)、天正7年(1579)

歴代城主   水越氏、神保氏、佐々氏、前田氏

遺構     復興天守閣、櫓

現在の富山城は1954年に模擬天守として建てられ、同時に富山市郷土博物館として

使われているという。

夕方だったので、すこし暗くなった。

 

 

富山城近くの国際会議場

富山商工会議所のビル、北陸新幹線の写真が見える。

街中散策用の自転車貸出場所(シェアリング)

・・・当時仙台にはなかったと思うので、興味深かった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

和歌山城

2021-05-24 | 

和歌山城(2013年2月撮影)

所在地   和歌山市一番丁3番地

城の種別  平山城

築城者   豊臣秀長(100万石)

築城年   天正13年(1585)

歴代城主  豊臣氏(100万石)・桑山氏(4万石)・浅野氏(37万6千石)・徳川氏(55万5千石)

遺構    岡口門(重要文化財)、城跡全域(史跡)、西の丸庭園(名勝)

天守閣の構造 鉄筋コンクリート造り3層3階・連立式天守(昭和33年10月再建)  

一の橋と大手門 ↓

北堀 ↓

ここからが天守郭になる。

最初の門は楠門と思われる。これを閉じると要塞化する連立式天守と言われる。

天守への入り口 ↓

天守からの眺め、連立式の櫓の一部が見える。

口の字型に天守から連立されているのがわかる。手前の今見ているところが天守。

天守から各方面の眺め

「紀州 南高梅」とあり、梅の花が少し咲いていた。

この和歌山城は、元和5年(1619)浅野氏が安芸国広島へ移封されると、徳川家の十男頼宣が入城し、

御三家紀州徳川家の居城となる。

ここから、徳川家の八代将軍となる吉宗が出て、その子孫が家重、家治、家斉、家慶、家定、家茂と

続くのである。吉宗は自分の息子たちを御三卿とし、清水、田安、一橋の3家を興した。

そして、家斉から続く将軍は一橋家の出である。

最後の将軍15代慶喜も水戸家から一橋家に入って将軍となった。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

松江城

2021-05-04 | 

松江城(2011年10月撮影)

所在地  島根県松江市殿町1-5

城の種別 平山城

築城者  堀尾吉晴

築城年  慶長16年(1611)

歴代城主 堀尾氏(24万石)、京極氏(26万4千石)、松平氏(18万6千石)

遺構   天守(重要文化財)、一の門、多門櫓、太鼓櫓、中櫓、南櫓(復元)、内堀以内は史跡

天守閣の構造 5層6階、木造本瓦葺

※全国に現存する12天守の一つである。

お城の周りにある堀川めぐりの遊覧船もありました。

 

城内には、興雲閣という洋風建築も建っていました。

天守です。なかなか風格のあるお城です。

明治8年に、城内の建物は全部壊されたが天守閣だけは有志の奔走により保存されたという。

天守閣は附櫓を加えた複合天守で外観5層、内部は6階である。壁は白壁ではなく、黒く雨覆板で

覆われ、実戦本位で安定感のある武骨な体裁に、桃山風の荘重雄大な手法をみることができる。

天守の望楼からの眺めです。

お城を出て、北惣門橋を渡ったところに、博物館「松江歴史館」がありました。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

宇和島城

2021-04-27 | 

宇和島城(2014年7月撮影)

所在地  愛媛県宇和島市丸之内

城の種別 平山城

築城者  藤堂高虎

築城年  慶長年間(1596~1601)

歴代城主 藤堂氏(7万石)・富田氏、伊達氏(10万石)

遺構   天守(重要文化財)、城跡(史跡)

天守閣の構造 木造3層3階の独立天守で本瓦葺

登城口の門

現存天守は高虎時代の天守にかわり、伊達宗利が明暦2年(1656)にあげた。

平和な時代を象徴して天守には大きな玄関、唐破風の屋根まで付属する姿となった。

高虎時代はおクロの天守だったが、伊達氏が入城してからおシロの天守となった。

徳川政権に忠誠を表すため、江戸城と同じく「おシロ」の壁となったという。

 

天守平側の初重と二重の屋根は、千鳥破風が三つ、三角形にあしらわれる。

 

天守閣からの眺め

写真を見ての通り、曇り空であったので、薄暗い印象になってしまった。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする