昨夜は、緩和ケア研究会で、うちのスタッフの事例発表がありました。
事例の患者さんは、老老介護で介護負担を軽減するため、小規模多機能を利用しながら、ご自宅でお見送りした方でした。
担当のYナースも、小規模多機能のスタッフも、往診の先生も、ずっと同じ方向で支援し、ユニークなキャラの夫の支援をすることで、認知症を持つ妻の在宅療養を最後までサポートすることが出来ました。
当初、病院の連携室よりこのご夫婦の相談があった時、まだ余命が半年以上と予測されていました。
しかし、婦人科癌であり、認知症の進んだ患者さんと、自らもHOTの生活をされている高齢の夫の生活を考えた時、まず生活の安定と介護負担の軽減が必要だと感じました。
さらに、夫の不安が強くパニックになりやすいという情報もあり、このケースでは小規模多機能でショートステイやデイサービスを利用しつつ、夫の可能な範囲まで在宅を続け、最終的にはホスピスに繋げられるように支援しようと言う提案をしました。
このため、終末期の患者さんとご家族をきちんと支援できる実績を持つ「小規模多機能事業所w」に、まず依頼することをお勧めしました。
訪問看護は、その次で間に合うと思ったからです。
そして、そこから約1年の在宅療養が開始となったのです。
当初環境の変化や、思うように自分の身体が動かなかったり、いろんなことがわからなくなっている自分にとまどっていた患者さんも、小規模多機能になれていきました。
小規模多機能事業所に訪問看護が訪問するためには、医療保険でなければ入れません。
そのため、指示書はターミナルとしての指示書を、最初から頂きました。
訪問看護は、この辺の振りわけがいまひとつファジーで、これがいいような悪いようなことが良くあります。
以前、単位がぎりぎりで、訪問看護をターミナルで医療保険で出してくださいとお願いした患者さんのご家族に、「まだ、もう少し時間がありそうだからダメ。介護保険でしか書かない!」と却下したドクターがいました。
実際は、十分ターミナルケアの範囲だったのですが、生活環境を整えるためにもとお願いしても、全く聞く耳を持ってくれず、泣く泣く主治医を変えることを選択された患者さんがいました・・。
ここでは、そんなバカなことはありえないので、ベストな環境を作っていくことが出来ました。
デイサービスに慣れた頃、夫の夜間負担がまし、お泊りも開始になりました。
訪問看護や往診医は、自宅にも小規模多機能にも行くことが出来ますから、バルントラブルなどにもすぐに対応が出来ました。
なにより、認知症が進んでいたので、痛みや苦しさなどの辛い症状はほとんど表出されることはなく、いつもニコニコと穏やかな表情で過ごされました。
周囲の支援がうまくいくことで、夫は最後まで家で過ごさせたい、自分が看取りたいと強く思うようになります。
いつもの暮らしの中で、家族の思い出の中で、自分のすぐそばで逝かせたい。
それはきっと、自然な事だったのだと思います。
お互いが思いあいながら、愛おしい時間が流れていきました。
じつを言えば、文句やさんでかなりの毒舌夫ではありましたが、それもどこかユーモラスで、何を言われてもどこか憎めず、毒舌がないと寂しかったりして、長い目で見ても夫への関わりが重要だったことは、関わった人たちみんなの共通する意見でした。
私たちに出来ること。
お二人の話をよく聴くこと。
現在の状況をきちんと伝えること。
そのうえで、夫がこれからのことを選べるような情報を提供すること。
夫のできない部分を、チームでカバーすること。
苦痛の無い日常を提供すること。
夫は最終的にかなり痩せてしまいましたが、それでもしっかりと妻を見送ることができました。
事例に関しては、ケアマネからの報告もあり、グループワークでも意見交換がたくさん出来ました。
小規模多機能事業所にかんしての質問がかなり多く、どこの事業所でも同じようにやってもらえるのかという質問もありました。
これに対して、wの中野さんより「残念ながら、各事業所によってそれは違います。実際、今回のようにデイやショートが困難になり、在宅でヘルパーを頻回に派遣するためには、コミコミの収益の中では、かなりの持ち出しになってしまうからです。私どもは、この地域で少しでも在宅で過ごすお手伝いが出来ないかと考え、ここまで行いましたが、それぞれ考え方がありますから、もしかしたらこの地域ならではの援助であったかもしれません。」
という話がありました。
相変わらず、介護保険のヘンテコな制度やくくりが現場を混乱させています。
そのなかでも、どうしたらご本人の、またはご家族の思いを実現できるのか・・。
最初から、「もう無理ですね。施設を考えましょう。」ではない方法を、柔軟に考えられる地域でありたいと、改めて思いました。
事例の患者さんは、老老介護で介護負担を軽減するため、小規模多機能を利用しながら、ご自宅でお見送りした方でした。
担当のYナースも、小規模多機能のスタッフも、往診の先生も、ずっと同じ方向で支援し、ユニークなキャラの夫の支援をすることで、認知症を持つ妻の在宅療養を最後までサポートすることが出来ました。
当初、病院の連携室よりこのご夫婦の相談があった時、まだ余命が半年以上と予測されていました。
しかし、婦人科癌であり、認知症の進んだ患者さんと、自らもHOTの生活をされている高齢の夫の生活を考えた時、まず生活の安定と介護負担の軽減が必要だと感じました。
さらに、夫の不安が強くパニックになりやすいという情報もあり、このケースでは小規模多機能でショートステイやデイサービスを利用しつつ、夫の可能な範囲まで在宅を続け、最終的にはホスピスに繋げられるように支援しようと言う提案をしました。
このため、終末期の患者さんとご家族をきちんと支援できる実績を持つ「小規模多機能事業所w」に、まず依頼することをお勧めしました。
訪問看護は、その次で間に合うと思ったからです。
そして、そこから約1年の在宅療養が開始となったのです。
当初環境の変化や、思うように自分の身体が動かなかったり、いろんなことがわからなくなっている自分にとまどっていた患者さんも、小規模多機能になれていきました。
小規模多機能事業所に訪問看護が訪問するためには、医療保険でなければ入れません。
そのため、指示書はターミナルとしての指示書を、最初から頂きました。
訪問看護は、この辺の振りわけがいまひとつファジーで、これがいいような悪いようなことが良くあります。
以前、単位がぎりぎりで、訪問看護をターミナルで医療保険で出してくださいとお願いした患者さんのご家族に、「まだ、もう少し時間がありそうだからダメ。介護保険でしか書かない!」と却下したドクターがいました。
実際は、十分ターミナルケアの範囲だったのですが、生活環境を整えるためにもとお願いしても、全く聞く耳を持ってくれず、泣く泣く主治医を変えることを選択された患者さんがいました・・。
ここでは、そんなバカなことはありえないので、ベストな環境を作っていくことが出来ました。
デイサービスに慣れた頃、夫の夜間負担がまし、お泊りも開始になりました。
訪問看護や往診医は、自宅にも小規模多機能にも行くことが出来ますから、バルントラブルなどにもすぐに対応が出来ました。
なにより、認知症が進んでいたので、痛みや苦しさなどの辛い症状はほとんど表出されることはなく、いつもニコニコと穏やかな表情で過ごされました。
周囲の支援がうまくいくことで、夫は最後まで家で過ごさせたい、自分が看取りたいと強く思うようになります。
いつもの暮らしの中で、家族の思い出の中で、自分のすぐそばで逝かせたい。
それはきっと、自然な事だったのだと思います。
お互いが思いあいながら、愛おしい時間が流れていきました。
じつを言えば、文句やさんでかなりの毒舌夫ではありましたが、それもどこかユーモラスで、何を言われてもどこか憎めず、毒舌がないと寂しかったりして、長い目で見ても夫への関わりが重要だったことは、関わった人たちみんなの共通する意見でした。
私たちに出来ること。
お二人の話をよく聴くこと。
現在の状況をきちんと伝えること。
そのうえで、夫がこれからのことを選べるような情報を提供すること。
夫のできない部分を、チームでカバーすること。
苦痛の無い日常を提供すること。
夫は最終的にかなり痩せてしまいましたが、それでもしっかりと妻を見送ることができました。
事例に関しては、ケアマネからの報告もあり、グループワークでも意見交換がたくさん出来ました。
小規模多機能事業所にかんしての質問がかなり多く、どこの事業所でも同じようにやってもらえるのかという質問もありました。
これに対して、wの中野さんより「残念ながら、各事業所によってそれは違います。実際、今回のようにデイやショートが困難になり、在宅でヘルパーを頻回に派遣するためには、コミコミの収益の中では、かなりの持ち出しになってしまうからです。私どもは、この地域で少しでも在宅で過ごすお手伝いが出来ないかと考え、ここまで行いましたが、それぞれ考え方がありますから、もしかしたらこの地域ならではの援助であったかもしれません。」
という話がありました。
相変わらず、介護保険のヘンテコな制度やくくりが現場を混乱させています。
そのなかでも、どうしたらご本人の、またはご家族の思いを実現できるのか・・。
最初から、「もう無理ですね。施設を考えましょう。」ではない方法を、柔軟に考えられる地域でありたいと、改めて思いました。