こぶた部屋の住人

訪問看護師で、妻で、母で、嫁です。
在宅緩和ケアのお話や、日々のあれこれを書き留めます。
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人の痛みはわかりません。

2010-10-13 22:54:38 | 訪問看護、緩和ケア
疼痛コントロールでよく使われるのは、顔の絵の描いてある5段回のフェーススケールで、顔の表情で0から5までのどのくらいの痛みかを聴きます。
(ワングとベイカーの痛みのスケール)

フェース0 痛みがまったくない。
フェース1 わずかに痛みがある。
フェース2 軽度の痛みがあり、少し辛い。
フェース3 中等度の痛みがあり、辛い。
フェース4 かなりの痛みがあり、とても辛い。
フェース5 強い痛みがあり、とても耐えられない。

それから、最強に痛いときを10 痛くない時を0として、0から10までの中のどれくらいかでたとえてもらう方法(NRS)も一般的によく使われます。

でも・・いくらたとえてもらっても、痛みは本人にしかわかりませんので、どう受け止めるのかは難しいですよね。

「10のうち10の痛みなんだ。」と言いながら、乗り物は乗る、買い物は行く、たっぷり食事をとれる人もいれば、「大丈夫」といいながら、どう考えても油汗流して我慢している人もいます。

でも、本人がそう言うのだから、そうととらえなければならないのでしょうね。

ただ、我慢している人の中には、本当のことを言うと「病院に入れられてしまうから。」とか「嫌いな薬を使わないといけないから」という理由でこらえている人もいて、そういう場合には、なるべく誤解を解いて苦痛を取ってあげないといけませんよね。

でも10なのに、バリバリ元気な人はどうとらえればいいのだろうかと・・。
確かにかなり痛いのは、病状から考えても理解できるのですが、いかにせんADLがよくって、それでも痛みの訴えが強い場合も、レスキューかぶせていいのかな??と思ったりします。
まだまだ修行が足りないと思いつつ、なんかしっくり受け止められなかったりして・・・

ただ、それはこちらがそう見えるだけなので、やはり本人の訴えを尊重すべきなのだとはおもいます。

私だったら、とても痛みには弱いので、できるだけ痛みや苦しさは取ってほしいと騒ぐでしょうし。
私は、たぶん我慢はしないと思いますし・・。

人の苦しみは、たとえ親子であっても、全部判るということはないですよね。
よく相談に乗っていて『わかるわかる。よくわかるわー。辛いよね~』とか言ってる人いますが、これは死と向かい合ている患者さんには絶対言えない言葉です。

勝手に思い込んだり、きっとそうに違いないとおもって、良かれと思ってやったことに激怒されることだって、あると思います。

痛みも、苦しさも何とかしてあげたい。
見ていてどうにもできない苦しみを、取ってあげられない自分がすごく情けなくて、悔しくて泣いたこともありましたが、自分は自分でしかありえないので、致し方ありません。

緩和ケアは、そういう目に見えない苦痛や、誰も気が付かない自己発見に対峙する患者さんとの、心の駆け引き?のような気がします。
いわゆるスピリチュアルな問題に対して、どう接するか・・・そういうケアなんですね。


ところで、話は変わりますが、この頃また気管がいた苦しい感じがあるので、苦しい時の吸入スプレーを出してもらいにYamamoto先生の所に行きました。

そ、そして初めて知ったのですが、「喘息って、体型が原因ということもあるんだよ~。」ってことを。
ガビーン。
「じゃあ痩せれば、治るんですかー??」「よくなる人も2割くらいいるよ~ん」

そうですか・・。私は悪いものか、慢性の呼吸器疾患になってしまったのではないかと恐れていたんですが・・。更年期も捨てがたい・・。

それにしても、「痩せれるものなら痩せたい~!!」
といいつつ、目の前にあるせんべいをやめられない私が、『苦しいんだけど・・』といっても、あまり説得力はないですよねぇ・・。

は~。
何とかすっきりしたいです・・。

頚損の排泄援助について・・・

2010-10-12 22:48:40 | 訪問看護、緩和ケア
頚損の排泄援助が、とても重要なことは言うまでもないのですが、最近は管理方法がだいぶ変わってきたようで、困惑することも多いです。

昔から、排尿はトリガーポイントを手でポンポンと叩いて、反射で尿が出始めると、拳で膀胱をぐっと圧迫して、最後まで絞り出していました。
それでも出にくくなると、男性の場合など括約筋の切除をしたりしていました。

自分で可能な人は、自己導尿ももちろんしますが、上位頚損の場合は叩打圧迫が一般的だったような気がします。

でも、最近はこれをやると腎臓に逆流して水腎症になったり、ひいては腎機能の低下をきたすということで、膀胱瘻に移行していくことが多いという話を聴きました。

確かに、たっぷりたまった膀胱を叩けば逆流するのは当たり前ですよね・・。

でも、ある適度の年齢の方は、いまだにみなさんポンポン叩いて、ぎゅーっと圧迫しています。
じゃあ、今のリハビリ病院はどうやってみんな管理しているんでしょうね・・・?

いきなり膀胱瘻ってわけじゃsないと思うのですが・・・。

私も以前、頚損の患者さんで自律神経化反射が強い人は、膀胱瘻が適応とセミナーで聞きました。

当時、私は頸椎後縦靭帯骨化症で寝たきりの患者さんを持っており、膀胱に尿がたまると血圧が一気に200とか220とかまで上がり、尿が出ると80とか90くらいまで下がるので、そのデーターを取って、主治医に持って行ってもらいました。
このままでは、脳梗塞を起こすのではないかと心配で、何回か報告書にも書きましたが、あまり取り合ってもらえませんでした。
そのうち一過性の脳梗塞を起こし、次に肺梗塞を起こしました。
何とか奇跡的に帰宅したものの、バルン留置の長いその方は、尿路感染を繰り返し、膀胱洗浄しても頻繁に詰まるようになり、やっと膀胱瘻になりました。

でも、仰臥位で寝たきりの状態だったので、やはり排尿はスムーズにはいかず、血圧はずっと変動していました。
最終的に、大きな脳梗塞を発症して、それが原因で半年後に亡くなりました。

じゃあどうすればいいんでしょう??

頚損のかたは、排尿と排便は微妙にリンクしていて、尿が出にくいと便も出にくくなったり、排尿に問題があると、痙性が強く出て便の下降が悪くなったりします。

水分も同じ量を摂取しても、尿が濃いと便が緩いし、その逆もあります。(当たり前の話ですが、バランスとるのが難しいのですよ・・)

そして、やはり加齢とともにその障害は顕著になってきます。

排便も、浣腸摘便を長年行うためか、脱肛やポリープができたり、腸の動きも悪くなってガスの貯留がひどく、おなかがパンパンに膨らんで、食事もとれないことがあります。

脊損の排便コントロールは、緩下剤などを使いながら、だいたい週に2~3回のペースで出すことが多いです。
訪問看護が入っている場合は、決まった曜日に週2くらいで入ります。

ご家族が一日かけてやっている場合もありますが、訪問看護は日時を決めなければ、コントロールは難しいのが現実です。

頚損の患者さんは、うちの場合長い人で15年お付き合いしています。

私たちとともに年を取り、やっぱりあちこち調子が悪くなってきます。

排泄・・・。
これがうまくいかないと、外にも出れなくなります。

何かこう、もっと画期的な排泄コントロール法ってないものなんでしょうか・・?
いい情報、あったら教えてください!

やっと衣替え。

2010-10-11 22:54:59 | 日々のあれこれ
ずっと身動きがとれず、後回しになっていた衣替え、やっとすみました。
それにしては、昨日から妙に気温が上がって、暑いですよね。
なんなのでしょう・・?

さらに、庭の枝打ちもできて、スダチが60個くらいとれました。
サラダにスダチのしぼり汁をかけて、オリーブオイルもかけて、あとはハーブソルトをかけて食べるのが大好きです。

もちろん、サンマや唐揚げにも合いまあすよ~。


そんなこんなで、あっという間に3連休もおしまいです。
明日からまたスケジュールがびっしりです。
なので、今日は早く寝ることとにします。

そういえば、娘がアホロートルの水槽をやっと掃除したので、よく観察できるようになっています。
先日、メダカを10匹いれたら、翌日にはいなくなってしまいました。
動くものを捕食するらしいのですが、なんか恐るべし・・って感じです。

   うぱこ 哀愁の背中です・・。

懐かしい友達

2010-10-10 22:43:13 | 日々のあれこれ
  

今日は、看護学校時代の友達と再会しました。

鹿児島の大学病院で働いているK子が、親戚の結婚式に出るために上京したので、気心の知れた仲間で集まりました。

今はS病院の副部長をやっているMちゃんが、取りまとめ、連絡をくれての実現です。
Y病院の副部長のT子、富山から来てくれたMiki、荒川区で施設看護師をしているNちゃん、川崎のS子、取手で病院勤務しているY子、そして私の計8人です。

懐かしい顔ばかり、横浜在住の二人以外は、8年ぶりの再会となりました。

でも、まるで昨日も逢ったみたいに違和感もなく、多いに話はもりあがり、言いたい放題のおば様グループは、個室のなかで大騒ぎでした。


今まですっかり忘れていた、青春時代のあれこれが、ちょっとしたキーワードで思い出されて、当時のクラスメートや寮生たちが次々と思い出されます。

友達に寮の札を裏返してもらっておいて、夜遊びをしたり朝帰りをしたり、そんなこともいい思い出です。
当時遊んだお店も、お互い相談し合った恋も、びっくりするような事件も、まるでおもちゃ箱をひっくり返したように、記憶の箱からあふれ出します。

にぎやかな食事の後は、山下公園へ向かいました。 

今日の山下公園は、「ワールドフェスタ横浜」開催中で、すごい人でした。

いろんな民族衣装を着た人たちや、世界各国の屋台の間を、長蛇の列が続いています。



そして港。
すっかり横浜の顔になった「みなとみらい」が向こうに見えます。

 

でも、あの観覧車もホテル群も、昔はありませんでした。

あちら側は、夜になると埠頭の明かりが見えるだけでした。

ずっと先のノースピア「みずほ埠頭」にあるBAR「スターダスト」からは、逆にこの港がよく見えました。
「スターダスト」は、20数年前によく行った、古いアメリカンバーです。
なぜか、カウンタの中でシェーカー振るのはおばちゃんで、マスターはぼってりしたおじさんでしたが、その雰囲気はなんといえないノスタルジックな、映画のワンシーンのようなお店でした。
隣にある『ポーラスタ』は、貸切になるパーティースペースで、一度見せてもらいましたが、YOKOHAMAそのものでしたよ。
だれかが、コペンハーゲンによく似ているって、言ってました。
そのとなりは、もうフェンスの向こうのアメリカで・・
本当に自動小銃かかえた、アメリカ兵が立っていましたから・・・、。

そして、そんな横浜は、私たちの青春そのものの街なんです。
 

当時、ショーケンと石田あゆみが逃避行の末、身を寄せていたと話題になった、ホテルニューグランド・・。
今となれば、ただのとんでもないおっさんですが、当時はかっこいい人だったんですよね・・。

そんな懐かしい街を散歩して、夕方にはみな、それぞれの場所に帰っていきました。

今は皆、それぞれの場所で、それぞれに頑張っています。
また、みんなで会える日が、すごく楽しみです。

きっと、また少し年を取って、それでもあのころのように、笑い転げて大騒ぎができればいいなと思います。
それまで、みんな元気で頑張ろうね。

そんなことを思いながら、この記事を書いています。

わーい。3連休!

2010-10-09 22:47:08 | 日々のあれこれ
今回のお休みは、緊急当番ではないので、気が楽です。
今日は、学童保育所の指導員ごっちゃんのお供で、「METRO」にお買い物に行ってきました。
飲食関係で審査がとうらないと会員になれないので、たまに一緒に連れて行ってもらいます。
学童保育所では、おやつやバザーなどの準備で大量に購入するので、こういう場所はありがたいですね。

で、今日のお買いもので1番の目玉は「こはだ」でした!

これって、スーパーなどではほとんど出回りません。
海沿いの街のスーパーならあるのかもしれませんが、この辺ではついぞ見たことがありません。

「こはだ」は、寿司だねで有名ですが、江戸っ子にはたまらない旬のお味みたいですね。

ちなみに、私はヒカリモノはだめなので、食べられません。
でも、うちの夫が大好物なので買ってあげました。
よく見ると、キラキラしていてきれいな魚ですね~。
昔、地引網かなんかで「コノシロ」をたくさんもらってきましたが、あれは不味いです・・。
生臭いし小骨もかたいし、皮もかたいしで酢〆にしましたが残念なお味でした。

で、今回はちょうどいい感じのこはだ

8匹220円でした。安いか高いかはよくわかりません・・。



3枚におろして、塩を振って1時間ほどおいてから酢で〆ました。

筋子も買ってきて、ほぐしてみりん醤油につけたので、明日頂きます。

お買いものに行くと、いつもあれもこれもと大量に買ってしまいます。
で、帰ってからその後始末やら調理やらでくたびれてしまいます。

でも、見ちゃうと買っちゃうのが私の悪い癖です。
魚は特に面倒くさいし・・。

でも、こういう卸売スーパーとか、市場(特に魚市場は大興奮)とか、コストコみたいな輸入物が多いスーパーとか、大好きです。
そして、どぱーっと買い物して、冷蔵庫いっぱいにすると、なんだかすっきりしていい気分転換になります。
今日もすっきりしましたー。
スペイン産のオリーブオイルも安く買えたし

また、どこかの漁港の魚市場、ぶらぶらしたな~とおもうこの頃です。

学生さん実習中。

2010-10-07 22:50:59 | 訪問看護、緩和ケア
今週は、看護学生さんが来ています。
5日間の実習ですが、礼儀も正しいし、毎日よく頑張っています。

でも、一人は男子学生。
社会人から頑張って入学したので、目的意識もあってきちんとしています。

去年の男子学生さんも頑張っていましたが、なにぶん男子の実習は考慮しないといけないことがあって、同行訪問組むのに苦労します。

なぜなら、女性の患者さんに、なかなか受け入れてもらえないからです。

勉強していることは一緒なんですが、悲しいかな患者さんにとっては若い男性
ドクターはしょうがないとしても、看護師は女性の仕事だった時の代人がほとんどです。

訪問看護は、清拭や入浴介助、おむつ交換なんかもあって、女性にとっては見られたくない場面なんですね。
学生の実習というだけでも拒否されることがあるのに、男子となればなおさらです。

必然的に男性の患者さんか、身体を見せることのない患者さん、と言うことになります。

でも都合よくそんな割り振りができる日ばかりじゃないので、女子ほどバラエティーに富んだ同行訪問がができないことになります。

おばあちゃんが入院した時も、ナースマン君みんな優しくて、おばあちゃん感激してましたから、男性には結構あってる職業なんじゃないかとおもいます。

これは病棟実習でも、ついて回るのかもしれませんね。

今来ている男子学生さんは、なんと妻帯者だそうです。
強い信念と妻の理解ですねー。ぜひ、頑張ってほしいものです。

来年からは、もう1校実習の受け入れをすることになったったので、どうなることやら・・・
数日ダブる日があるんですよ・・。

学生を実習に同行するには、患者さんのご了解を取りますので、スタッフも手間がかかるのですが、誰も嫌がることなく、気持ちよく連れて行ってくれるので助かります。

大切な後輩を育てるためですから、そういう気持ちで受け入れてくれるスタッフにも感謝ですね。

そんな裏話を知る由もないでしょうが、学生さんには何かをつかんで帰ってほしいですね。

みんな頑張れ~

まだダメなの!?ヘルパーのガーゼ交換。

2010-10-06 22:47:52 | 訪問看護、緩和ケア
老々介護や認々介護などで、医療的な処置が家族でできない場合が多くあります。

そうなれば、必然的にサービスに頼るしかなくなり、訪問看護の出番となるわけです。

ただ、介護保険には介護度によって使用できる単位は決まっています。

こういうご家庭は、訪問看護以前に生活そのものを支えるヘルパーさんが、ばっちり入っていることが多く、訪問看護は必要最低限となります。
もちろん、私はそれでいいと思います。
私たち看護師は単位が高いし、食事や掃除をしてあげられるわけではないので、ポイントで入って状態を観察し、おちついていれば療養上必要な処置をして、その間はヘルパーさんに管理をお願いすればいいわけです。
そのかわり、ケアの手順や注意事項などは十分申し送って、なにかあればすぐに連絡をもらえる連携多体制を整えておく。

最近は、こういうケースが多いので、ヘルパー事業所も理由付けや解釈に苦労しながらも、結構お手伝いいただけることが多くなっていたのですが・・・。

たとえば、お尻の皮が擦れて、いつもかすり傷ができちゃう老人がいたとして、妻はかなりの認知症。
年金暮らしで、介護度も1とか2しかなかったら、生活を支えるためには、やはりヘルパーさんは欠かせません。

「このお尻の皮が、ソファーで擦れるので、一日一回だけずれを防止するパットに、摩擦を予防する軟膏を塗って、お尻に予防的にはって下さい。」

と言ったら、やはりヘルパーはだめなんですかね??

今日は、似たようなケースで、「だめです。」と言われました・・・。

もちろん、サ責が悪いわけじゃないと思います。

企業系の介護事務所は、社内監査とかがあって、現場では必要と感じていても、リスク怖がる会社の方針で「だめ」と言われりゃ「だめ」なんでしょうし・・・。

「その時間を訪問看護にきりかえて、毎日入ってくれればいいじゃないですか。」

って、単位足りないし、お金かかるし、生活の部分が困るでしょう。

状態が悪いとか、ひどい傷だとか、もっと高度な管理が必要とかならいざ知らず、お尻をきれいにして、パットをペンと貼って、ペタペタぺタとパットがずれないようにテープ貼るだけで、幸せに暮らせるんですけど・・・。

これを、ヘルパーがやっちゃ「だめ」とする介護保険は、誰のためのもんなんでしょうか?

ケアマネさんと私で、サ責と押し問答、当のご本人は「なんだか、難しい顔してるけど、聞こえないしわかんないな~。」って、にこにこしていました。

私だって治してあげたい。
現に何回も治ってるんです。でも、また出来ちゃう・・・。の繰り返し。

ヘルパーさんも『もはやこれまで』って感じで・・。

いつも元気なケアマネAさんと二人、言葉をなくしてしまいました。

悲しくなりました。
だれが悪いわけでもないのに、目の前のおじいさんに笑顔で暮らしてほしいだけなのに、なんでこんなことになるのかな?

「ヘルパーでも吸引はよくなりましたよね。だから、看護師さんたちから国に訴えてくださいよ。」ってサ責君は言いましたが、プロのヘルパーとして君たちも立ち上がる気はないのかい?と思いました。

ヘルパーの吸引もチューブ5センチしか入れちゃいけないとのことですが、誰が5センチかどうか確認するんだ?って話ですよね。

お尻の処置だって、きれいになったから週1回の訪問看護で何とかしようと、フィルム材をはったら、毎日はがされました。
どうやら、絆創膏は「傷に貼ってある。」と認識してもらえるので、デュオアクティブに絆創膏はりました。これは結構いけましたが、2枚しかなくすぐになくなりました。今の主治医はこれは出してくれないと思います。
途中、はがれたので、妻にやらせたとのことで、ガムテープが張ってあり、おかげで全体がかぶれて、中心が糜爛しました・・。

で、今のモイスキンパットが一番いいんですよ。
もう、ほとんど上皮化してるし、保護だけでいいんです。

今朝は、夜中にはがれたから貼りなおしたと言って、冷湿布が貼ってあったそうです。

だから、今ヘルパーさんが撤退しちゃったら、もうどうなっちゃうのかわかりません。

結局、困ったときの皮膚科のM先生に相談してみることに・・。デュオアクティブも出してくれると思います。

こういうことで、チームの歯車が一つ止まっちゃったり、転がっちゃったりしたら、在宅なんて成り立たない事を、とりあえずみんなで叫んでみませんか?

潜在看護師向け「訪問看護セミナー」

2010-10-05 23:55:35 | 訪問看護、緩和ケア
今までも何回かお知らせしてきた潜在看護師向け「訪問看護セミナー」が、今日から始まりました。
人数は、看護師の慢性人手不足を象徴するかのように8名と少なめでしたが、それでも企画委員の意気込みは大きく、みんな手を抜かず一生懸命伝えようと頑張っています。

私は、午前中は忙殺されていましたが、何とか抜け出して午後の講義に間に合うように出席しました。

人の講義を聴くのは勉強になりますし、今後いつ無茶振りされるかもわからないので、ちゃんと聞いておきたいと思いました。
今回、うちでも実習の受け入れを表明していましたが、なぜがこちら方面の実習生はいず、空振りに終わりました。西部地区は人気がないのかな~??

とはいえ、1日目の講義はつつがなく終わり、今日のもう一つの目的である事例発表用スライドと、昨日やっと書き上げた抄録のチェックとなりました。
在宅緩和ケアの自律援助についてです・・。もう、頭がまわりませーん。

いや~。
本日も鋭いチェックが入りましたよ。


必死に作っているうちは、これでいいと思っても、あとでみんなの前で読んでみると「あれれれ???」なんか変だなおかしいな?ってこと多いですね。

重複とか、言い回しとか、主語がないよとか、それはいらない!とか・・・
お勉強になります・・・。

そんなわけで、帰宅後ついさっきまで(0時ごろ)かかって、両方直しました。
今回は、あまり訂正箇所多くなかったので何とかなりましたが、明日の仕事も詰まっていて読まなきゃいけない資料も放置です。
報告書も居宅の書類も、そのあと依頼が来ている講義の資料も作れていません。
明日には、長いことお待ちしていた新患さんが退院するので、新しいケアマネと同行訪問も待ってます。
うえーん。
体重は十分ありますが、二つに分けれるはずもなく・・・。
参りました。

でも、今日はもう寝ます。

第4回めぐみ在宅クリニック「追想の集い」

2010-10-03 22:57:28 | めぐみ在宅緩和ケア関連
今日は、昨年8月から今年の7月までに亡くなられた患者さんのご家族をお招きしての、「追想の集い」が行われました。
今年からは参加人数が増えたたため、2部に分かれて行いました。
私は、1部から参加させていただき、例年通り「献杯」の音頭を取らせていただきました。

うちのステーションでお見送りした患者さんのご家族は、2部にお招きしていましたが、お一人だけご都合で1部に見えた方がいらっしゃいました。

忘れられない患者さんのご家族です。(昔の歌アディオスちょい悪おじいさんなど)

わざわざ、東京から駆けつけてくださって、お会いできてとてもうれしくて・・。
お父様の介護にまつわることや、チームとしての援助に感動したことなど、追想のスピーチもして頂きました。

息子さんは、お父様を見送る半年前に、お母様を東京の自宅で看取られたそうですが、その時も地域の医師に往診をお願いしており、訪問看護や訪問介護を受けられたそうですが、その時は、それぞれの仕事がばらばらに来て、それぞれケアをしていくという感じで、それが普通なのだと思っていたそうです。
しかし、瀬谷でのお父様にかかわる医師、看護師、ケアマネ、ヘルパーの息の合った連携にびっくりしたと言われました。

『本当に「チーム瀬谷」は、すごいです!僕は、びっくりしましたし、感動しました。
ああいう父ですから、さぞみなさん大変だっただろうに、私たちが何もしなかったのに、あんなにも父の思いに沿った最後を遂げさせてもらって、本当にありがとうございました。』

何度も、何度もありがたい言葉をいただきました。
残念ながら、今日は「瀬谷の母」こと「わくわく」の中野さんは、ご事情により欠席されており、とても残念なご様子でした。

2部には、うちのスタッフも3人応援に来てくれました。
2部には、懐かしいご家族がたくさん見える予定です。

入り口での受付を終えて、目が合ったとたんに「会いたかった!!」そう言って抱きつきてきて涙をぽろぽろこぼされたSさんの奥様。
「お久しぶりです!私もあいたかった。なんだか、小さくなりましたね?」
本当に、やせて小さくなった肩を抱きしめて、悲しみの大きさを知りました。

次々と、「あー!お世話になりました!」そんな挨拶があちこちで飛び交います。

ご夫婦でみえる方、お一人でみえる方、お子さんたちとみえる方・・

最初からハンカチでずっと涙を拭いている方・・。

ご主人を家に連れて帰りたくて、泣きながらご相談に見えたOさんの奥様も見えています。
やっぱり、まだまだ悲しみは癒えません。
「もっと早く連れて帰ればよかった…。病院の先生がなかなか帰してくれなくて、本当に悔しくて・・」
私の手を握り締めて、やはり細くなった肩をずっと震わせていました。

懐かしいお顔の皆様と、ご挨拶しながら、一人一人の患者さんとのエピソードが思い出されます。
スタッフも、他のステーションのみんなも、ご家族の中に入ってお話に夢中です。

そして、あの素敵なAさんのお嫁さんの笑顔もありました。
今日は、優しそうなご主人と一緒です。
Aさんも、とても素敵な方でした。(「お別れの後でも・・>」「思うようにはいきません」)
ご家族全員にあだ名をつけて、何よりお嫁さんと仲が良くて、お嫁さんは『コマドリさん』。
そう、ぴったりのニックネームです。
私は、コマドリさんに会って、こんなに素敵な人と出会えたことを、本当に感謝しました。
人を愛してやまない人。
「最初に好きなっちゃえばいいのよ。」そういって笑う人。
ご主人のお父さんを、誰より愛した人。
それは、今でも寸分たがわず、横にいるご主人がにこにこと妻を見る笑顔が、どれほど彼女をいとおしく思っているかがわかります。
「歌、まだ歌ってますか?」私が聴くと、「もちろん、歌っているわ。」
「コマドリさんのうた、聞きたかったんだけど・・」「歌いましょうか?歌っていいのなら、一曲歌いたのだけれど。」
彼女は、声楽家です。
おうちには、レッスン用の大きなピアノがありましたっけ・・。
「もちろん大丈夫に決まってるけど、聴いてくるから待っててね」
当然それはウェルカムなわけで、会の終了もちかずいた頃に、登場していただきました。

「伴奏もマイクもいりません。」って。

そうして彼女は語り始めました。
「昔からずっと、遠くに行ってしまった大切な人を思い出すたびに、歌っていた歌です。」
「磯部 俶作詞・作曲 遥かな友へ」

一呼吸おいて、こまどりさんは、美しい声で歌いだしました。


  静かなよふけに いつもいつも
  思い出すのは お前の事
  お休みやすらかに たどれ夢路
  お休み楽しく こよいもまた

  明るい星の夜は はるかな空に
  思い出すのは お前の事
  お休みやすらかに たどれ夢路
  お休み楽しく こよいもまた

  寂しい雪の夜は いろりの端(はた)で
  思い出すのは お前の事
  お休みやすらかに たどれ夢路
  お休み楽しく こよいもまた


彼女のよく通る歌声と、この美しい歌詞は、出席した人々の心を打ち、それぞれの遥かな人へと届いたようでした。

そのあとは、全員で「里の秋」を歌い、涙がご家族の頬を伝いました。

私の隣に座っていたOさんの奥様は、声にならずにずっと泣いていました。

そして、会の終わるころには、そばにいたご家族同士ですっかり打ち解けあって、お互いを励ましあったりしながら、お互いの思いを共有していました。

実は、小澤先生のやり方には、反発する声やうがった見方をする声もあるのは事実です。
そりゃあ先生だって人間なので、時にはびっくりするような飛ばし方もして、追いつけない時もありますが、どんなことを言われても、やっぱり小澤先生はすごいなぁ・・と思います。

いろんなことを言う人たちはいるけど、これだけの患者さんのご遺族に声をかけて、こんなに集まって「自分の時にも絶対にお願いします!」そう言ってもらえるのですから。

プラスだったりマイナスだったり、それは確かにあるけれど、それを補ったりもらったりする人たちも周りに集まっている。

人間だから、もちろん合わない人だっているだろうけれど、少なくとも在宅診療をするのに、いろんなハードルつけて、自分の都合のいい患者しか見ないようなことは、絶対にしない先生です。

在宅緩和ケアは、これからの分野だと思います。
「こうでなくてはいけない」ではなく、もっともっと柔軟にならなくてはいけないと思います。
私も、今日確信が持てました。
自分は、押し流されないようにしようと。


秋なので・・

2010-10-02 21:38:45 | 日々のあれこれ
やらなきゃいけないことは、たくさんあるのだけれど、秋風なんかも感じたく、泉川沿いを少し散歩しました。



週中に、患者さんから「泉川の乗馬クラブの下側に彼岸花がきれいに咲いているよ。」と聞いていたので、阿久和道路から入って、遊歩道を歩いてみました。
今日は結構気温が高くて、汗ばむくらいの暑さでしたが、河原はもう秋の気配・・。



夏に干上がりかけた小川は、このところの雨で水量を戻し、小さな魚もうれしそうです。
小川のきらめきも、夏とは違った柔らかな陽ざしを浴びて、優しく輝いていました。

ところどころにまとまって咲く彼岸花。
   

秋ですね。 


そのあとは、遅ればせながら母のお墓参りに行ってきました。

娘が水桶を持って後からついてきます。
花を飾って、水をかけて、ごみや古い花をかたずけて・・・
お線香の香りがお墓を包みます。

「遅くなってごめんねー。お兄ちゃんが受験だから、応援してね。」
「家族みんなが、健康でいられるようにちゃんとまもってね。」

都合のいいことばかりお願いしたので、「あんた、なにしにきた?」って、苦笑されたかもしれません。

帰りに、「つきみのサティ」によって、映画「海猿」の混み具合を見たら、10分後の放映がまだまだ空いていました。
ラッキー!
娘と二人、念願の「海猿」を3Dで見ることができました。(3Dだと300円高いんですが・・)

いやいや、やっぱり「海猿」好きです。

今回、CMでラストメッセージだの「さようなら」だの言うので、怖くて見る勇気がなかったのですが、先に見たスタッフが「見に行っても大丈夫だと思いますよ~。」とそっと囁いてくれたので、見ることができました。

「それじゃあ面白くないだろー!?」と言われそうですが、万が一の想定は、とても耐えられないので、いいんです。

今回、服部という後輩潜水士役の三浦翔平君、よかったですよ~。
恐怖に怯える表情もとてもいい。
そして、我らが仙崎 大輔、やっぱりかっこいい。
佐藤隆太ももちろんいいです。

そして、仲間の潜水士達の出動シーンには、毎回鳥肌が立ちます。

うんうんよかった~。

こういう映画を見ると、単純な作りの私は、とっても元気なります。

よっしゃ!私も頑張ろう!って。

で、気が付けばすでに夜の気配・・・
帰って夕飯を終え、さらにK1まで見てしまい、ああー!まだスライドの完成が遅れる~!!

何やってんだか、秋の一日でした。

専任ケアマネ登場!

2010-10-01 23:40:20 | 訪問看護、緩和ケア
念願の専任ケアマネが、今日から出勤となりました。

家はすぐそばだったのに、うちで募集しているの気が付かなかったらしいんです。

今回、広告で気が付いてくれて、今月某グループホームから転職してくれました。

とはいえ、グループホームのケアマネさんだったので、在宅は初めてとのことで、今日一日でかなり衝撃だったようです。

全然焦らなくていいですから!ゆっくりやればいいですよー。
すぐに覚えますから~。とかいいながら、しっかりいろんなことをお願いしていました。

訪問看護ステーションの居宅は、医療ニードの高い人が多いし、かなり複雑な事情の方も多いので、ちょっとびっくりしたようですが、それでもおじけずくことなく、出来ることはどんどんしてくれる、頼もしい仲間が増えました。

ちなみに、今日は休日診療所の玄関に設置する「訪問看護師募集!」の看板の原案も出来上がり、なんだかいい方向に向いていきそうな予感です。

この看板、出来上がりはかなり派手なものになりそうで、設置したらお見せしますね。
なにしろ、向かいの郵便局から一目でわかるように、とお願いして作ってもらったもので、相当目立ちます。
先日引っ越した、めぐみ在宅クリニックの巨大な看板には負けますが…(もと日産ショールームの看板にそのまま書いてある・・

あとは看護師が増えるのを待つばかり・・と思言ったら、制限つきで来てくれているスタッフから、「12月から、週4回3件まで働きます。」というお言葉が。

思わず「あなたが好き!」とハグしてしまいました。

そうして、ちょっとしたきっかけから、運気は好転するんです。

ただ、かわりにヘルパーさんがピンチになっています。
月~金毎日来れるヘルパーさん、来てくださーい。

明日は、遅ればせながら母のお墓参りに行きます。(お母さん、遅くなってごめんねー)

そして、だめだしされたスライドの訂正と抄録を作ったらやっと一息つけます。

あさっては、めぐみ在宅クリニックの「追想の集い」です。
去年亡くなったご家族が集まられ、関係者とともに故人を偲びます。

毎年、ここで懐かしいご家族と再会するのが、とても楽しみな私たちです。