おでかけたいむす

名所・旧跡・B級スポット、釣行記までおでかけ情報を現地取材した情報を写真入りで紹介。

笹子隧道 (山梨県大月市・甲州市) 旧甲州街道の難所越え

2016-07-13 21:57:33 | 歴史建築物
笹子隧道

甲州街道の最大の難所は笹子峠でした、この難所を越えるために出来たのが笹子隧道。
昭和13年に開通したトンネルのおかげで交通の便が改善され幹線道路としての役割を果たしてきましたが、国道20号線の新笹子トンネルが開通すると旧道となって交通量もかなり少なくなってしまいました。

大月側の出入り口はいかにも昭和初期を彷彿させるデザイン、平成11年に登録有形文化財に指定されています。

笹子隧道の内部

補修もしっかり行われているので通行には問題ないが、車一台分の幅員しかないので、車のすれ違いは不可能です。

笹子隧道の甲州市側

こちらは甲州市側、大月側に比べるとちょっと味気ない感じですかね。

笹子隧道の地図

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村

blogramによるブログ分析

戸定邸 (千葉県松戸市) 明治時代に作られた徳川家の邸宅

2016-05-06 21:37:37 | 歴史建築物
戸定邸の平面図

戸定邸は徳川昭武の邸宅で1884年(明治17年)に建てられた木造家屋で国の重要文化財となっており、庭園は国の名勝に指定されています。

部屋数は23もあり広い屋敷ですが明治維新後ということなのか作りは質素。しかし木材や調度品等に特級品の物を使っているのはさすが徳川家の邸宅だと感じます。

葵紋付きの長持ち

まず入ってすぐに目につくのが内蔵に展示してある長持ちと水鉢、長持ちは高松宮喜久子妃殿下が徳川慶喜家から宮家に嫁ぐ際に調えられた長持ちだそうです。

戸定邸の客間より


一番の見どころは客間からの庭園になります。

戸定邸の庭園

戸定邸の庭園

この庭園は座敷に座って眺めると一番きれいに見れるように設計されていたが、復元した際に木の配置や植木の高さなどが変ってしまったので、3年を掛けて当時のままに再現する工事をする予定だそうです。

戸定が丘歴史公園の地図

にほんブログ村 旅行ブログ 珍スポット・B級スポットへにほんブログ村

blogramによるブログ分析



豊郷小学校旧校舎群 (滋賀県豊郷町) けいおんの聖地

2016-01-04 21:23:01 | 歴史建築物
豊郷小学校の旧校舎

豊郷小学校旧校舎群は昭和12年の建築で設計はウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏が手掛けました。ヴォーリズ氏は実業家でもあり、青い目の近江商人と呼ばれたそうです、氏については次の機会にもうちょっと紹介したいと思います。

豊郷小学校旧校舎

さて、この旧校舎群は国の登録文化財にも指定されいる美しい建物ですが、アニメ版「けいおん」で舞台となった学校のモデルらしいということで、「聖地巡礼」に訪れる若者も増えているとか。

階段の手摺にウサギとカメ

階段の手摺でウサギとカメが競争・・・

ウサギは寝てしまい

ウサギは途中で寝てしまい・・・

カメが勝つ

カメが先にゴール・・・洒落た手摺になってますね。

ピカピカに磨き上げられた床

いかにも昔の学校という雰囲気ですが、どことなく温もりのある感じです。

軽音部の部室

軽音部の部室もちゃんとありました。

豊郷小学校旧校舎群の地図

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村

blogramによるブログ分析


高麗(こま)郷古民家 (埼玉県日高市) 名主の屋敷だった

2015-03-20 20:33:41 | 歴史建築物
埼玉県日高市の高麗郷古民家

高麗郷古民家(旧新井家住宅)は母屋、客殿、納屋、土蔵等の建物群で構成されており、江戸時代末期から明治時代の建造とされており、国の登録有形文化財に登録されています。(トイレなど一部新築物もあり)

高麗郷古民家の母屋

母屋は江戸時代末期から明治初期の建築と推定されています。

高麗郷古民家の座敷

座敷には入れないので覗くだけ、一部屋の間取りがかなり広いですね。

高麗郷古民家の客殿

客殿は明治39年の建築だそうで、格式の高さを伺える立派な造りですね。


高麗郷古民家の北土蔵

南北に土蔵があり、南側の土蔵は資料展示室になっていました。

無料で入館できるので、巾着田と合わせて見学してはどうでしょうか。

高麗郷古民家の地図

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村

blogramによるブログ分析

根岸森林公園 (神奈川県横浜市中区) 根岸競馬一等馬見所跡

2015-02-03 21:07:27 | 歴史建築物
横浜市の根岸森林公園

横浜市の根岸森林公園は戦前まで根岸競馬場が会った場所。
現在でも馬の博物館やポニーセンターなど馬に関連した施設がありますが、当時の競馬場の遺構として残っているのが丘の上に建っている「一等馬見所跡」

一等馬見所跡(背面)

この建物は昭和5年の建築でアメリカの建築家J・H・モーガンの設計によるもの。
当時は二等馬見所、下見所(パドック)などがあったが、現存する建物は一等馬見所だけです。

一等馬見所跡(側面)

重厚な造りとデザインで圧倒的な迫力があるが、残念なことに保存状態が悪く廃墟となっている。もちろん中に立ち入る事も出来ない。

一等馬見所の設計図

一等馬見所の内部(当時)

設計図や当時の内部を紹介したパネルが設置されいるので、当時の様子を伺うことが出来ます。

横浜には歴史的建築物が数多く有りますが、これほど酷い状態なのは見たことがなく、存在感のある建物だけに異様な雰囲気を感じたのは私だけだろうか?

一等馬見所付近の地図

にほんブログ村 旅行ブログ 珍スポット・B級スポットへ
にほんブログ村

blogramによるブログ分析