流離未踏

流れの果てにあるものは・・青天霹靂

田中一村展 奄美の光 魂の絵画

2024年11月02日 | 芸術みたいな・・
2024年10月31日
田中一村の幼年期から最晩年の作品まで観られるというのだから来ないわけにはいかないですよね。

帰り際ですが、そんな思いの人が多いのか?
平日の昼前だというのにものすごい数の人の行列。30分くらい待たないと入れないかも。

東京都美術館 (東京都台東区上野公園8-36)
2024年9月19日(木)~12月1日(日)

観たいと願っていた「彼岸花」が公開されるというのだから嬉しさもひとしお。
代表作の「不喰芋(くわずいも)と蘇鐵」、「アダンの海辺」そして、未完の大作、近年発見された初公開作品も多数出品されるのだから・・タマリマセン!

初めて「彼岸花」を観た時の印象が衝撃的でこの画家に心重なる想いが今も惹きつけられる要因なのかもしれない。

見上げるほどに大きく堂々と描かれたタケニグサ。
そして右下に小さく、それでいて凛とした姿の彼岸花。

お互いに毒を持つ野草だが、それでいて薬効もある。
猛々しさを感じるタケニグサの姿はあたかも弁慶。そして、右下に描かれた牛若丸はキラリと光る若武者。

絵の最下部が保存状態が悪くて破れたのか、それとも幼かった頃と同じように気に入らないから破り捨てたのか・・大事な部分なので疑問は残る。

「東京時代」の少年期から青年期。
才能がほとばしり過ぎてシャープな文字や線の上手さが嫌味にみえるほど。
鼻っ柱の強さ、気位の高さを感じる。

「千葉時代」
南画と決別、画風がやわらかく人や動植物に対するまなざしに思いやりを感じる。中年になって丸くなった?

そして、九州、四国、紀州への旅で更なる変化を感じる。
花開く寸前、身をたわめてるような雰囲気で胆力の強さを感じる分妙にじれったい。

「己の道 奄美へ」
最愛の姉の死がきっかけになったのかわからないが、奄美に移り住む。

そして、「アダンの海辺」
オレンジ色に輝くアダンの実に目を奪われがちだが、それはまやかし。
刻々と色が変化して流れゆく夕雲、アダンの木の根元の砂礫が・・もう、タマリマセン。

砂浜の砂粒にこの絵の真髄があると思う。
粗いサンゴの粒が徐々にちいさく・・どんどんちいさく、そして粉々になって水際でキラキラ光り輝く。奄美の砂なのか?それとも細かいガラスの粉を振りまいたのか?

「彼岸花」もそうだが、この画家は自分の思いを片隅に燃え上がらせるように描く傾向がある。
「アダンの海辺」の中央に描かれた黄金色の光を放つアダンの実に誰しも目を奪われるが、「ほんとうは違うんだよね」と画家は言いたいのだろうか?

ニヒルと言うか、ダンディと言おうか?困った性格だね。

そして、さぁこれから・・というときに旅立つ。
カメラ好きなので、彫刻やコラージュの技法も加わった晩年の作品を夢想するが、それは夢のまた夢。

つぎにまたもう一度観たいという願いも・・夢のまた夢になるのかな?