今日は何時もなら富戸へブダイ釣りに行くのだが・・・
ここ何年も大晦日から正月休みに入るので
毎年31日には朝から夕方までのんびり富戸の磯で過ごしていた
今朝も行こうかとは少し思ってはいたのだが・・・
5時頃起きてのんびりしていたら行く気が失せてしまった
どうも釣り目的で有りながら
竿作さんのおじさんやおばさんに会うのも楽しみのだった様だな
おじさんが他界してしまいおばさんも息子さんの所へ寄せるとのことだった
おばさんに電話をしようと何時も思ってはいるのだが・・・
もしすでに息子さんの所に行ってしまったのであれば連絡は出来ない
店を遣られていた家の電話しか知らないからね
あの家を引き払ってしまっていたら声を聴くこともお会いすることも出来なくなってしまう
でも元気でいてくれればそれで良い・・・
伊豆は気候も良い所だけに長く余生を過ごしてくれる事だろう
良く聞くことだが・・・
おじさんが長年店を遣ってはいたが釣りと盆栽が大好きだったので
年中釣りに出かけていたり息子さんの家に有るそれはそれは立派で年代物の盆栽の世話をしに出掛けて
店はおばさんが何時も切り盛りしているような恰好だった
亭主関白の様な夫婦に思える感じだったけど・・・
それでおばさんは皆さんが苦労している人だって言っていた・・・
だが私が思うにそれでいておばさんはとても幸せそうだったよ
おじさんの事を何時も大事に大事にしていたんだよね
またおじさんに怒られちゃった~何って楽しそうによく話しをしてくれていた
おばさんはおじさんの事を心から愛していたんだよ
こんな私と一緒になってくれたんだ・・・何ってよく言っていた
そんなおばさんだけにおじさんがいなくなってしまった今
気落ちしてしまわないかが一番の心配だ・・・
我が家でも親父とお袋の仲が良く親父が居なくなってお袋は気弱になり
2年後親父の後を追う様に行ってしまったからね
この間お線香を上げに行った時話はしたのだけど
此れからはおじさんの供養をおばさんが確り遣って行かないと
おじさんの此れからの生活が苦労してしまう様になっていまうからね・・・
息子さんや娘さんじゃ無くおばさんが遣らなきゃいけないんだよ・・・ってね・・・
私と竿作さんとの付き合いはさほど長いものじゃなかったけど
数十年前ブダイ釣りの餌について磯でお会いした方と話している中で
その方に竿作さんの事を聞き次の時竿作さんに初めて餌を買いに行ったんだ
その時はおじさんの母親が居て餌を買ったんだが
次の時はおばさんが居て同じ様にひじきを買った
その時おばさんが沢山の八朔を私にくれたんだよね
買いに行くのは2回目でしかなくその時おばさんに会うのは初めてなのに
そんな私に袋いっぱいの八朔を渡して食べて下さいって・・・
その後私もお返しにとちょっとしたお土産を持って行くようになり
その都度おばさんやおじさんは私にと色々な物を持たせてくれた
餌代を取らない時も有ったっけ・・・
でも商売だからと言って無理やり餌代は置いていっていたけどね
行くと早く磯に行き場所取りしたかった気持ちは強かったけど
ついついストーブにあたりながらお茶をご馳走になって話し込んでしまっていた
6時に店を開けるのだけど6時半まで待っても開かないと電話して開けてもらってね
そんなこと思っているとやはり釣り目的なのだが
竿作さんに行きおじさんやおばさんとお会いして話をするのも
楽しみの一つだったんだ・・・ってね。
ここ何年も大晦日から正月休みに入るので
毎年31日には朝から夕方までのんびり富戸の磯で過ごしていた
今朝も行こうかとは少し思ってはいたのだが・・・
5時頃起きてのんびりしていたら行く気が失せてしまった
どうも釣り目的で有りながら
竿作さんのおじさんやおばさんに会うのも楽しみのだった様だな
おじさんが他界してしまいおばさんも息子さんの所へ寄せるとのことだった
おばさんに電話をしようと何時も思ってはいるのだが・・・
もしすでに息子さんの所に行ってしまったのであれば連絡は出来ない
店を遣られていた家の電話しか知らないからね
あの家を引き払ってしまっていたら声を聴くこともお会いすることも出来なくなってしまう
でも元気でいてくれればそれで良い・・・
伊豆は気候も良い所だけに長く余生を過ごしてくれる事だろう
良く聞くことだが・・・
おじさんが長年店を遣ってはいたが釣りと盆栽が大好きだったので
年中釣りに出かけていたり息子さんの家に有るそれはそれは立派で年代物の盆栽の世話をしに出掛けて
店はおばさんが何時も切り盛りしているような恰好だった
亭主関白の様な夫婦に思える感じだったけど・・・
それでおばさんは皆さんが苦労している人だって言っていた・・・
だが私が思うにそれでいておばさんはとても幸せそうだったよ
おじさんの事を何時も大事に大事にしていたんだよね
またおじさんに怒られちゃった~何って楽しそうによく話しをしてくれていた
おばさんはおじさんの事を心から愛していたんだよ
こんな私と一緒になってくれたんだ・・・何ってよく言っていた
そんなおばさんだけにおじさんがいなくなってしまった今
気落ちしてしまわないかが一番の心配だ・・・
我が家でも親父とお袋の仲が良く親父が居なくなってお袋は気弱になり
2年後親父の後を追う様に行ってしまったからね
この間お線香を上げに行った時話はしたのだけど
此れからはおじさんの供養をおばさんが確り遣って行かないと
おじさんの此れからの生活が苦労してしまう様になっていまうからね・・・
息子さんや娘さんじゃ無くおばさんが遣らなきゃいけないんだよ・・・ってね・・・
私と竿作さんとの付き合いはさほど長いものじゃなかったけど
数十年前ブダイ釣りの餌について磯でお会いした方と話している中で
その方に竿作さんの事を聞き次の時竿作さんに初めて餌を買いに行ったんだ
その時はおじさんの母親が居て餌を買ったんだが
次の時はおばさんが居て同じ様にひじきを買った
その時おばさんが沢山の八朔を私にくれたんだよね
買いに行くのは2回目でしかなくその時おばさんに会うのは初めてなのに
そんな私に袋いっぱいの八朔を渡して食べて下さいって・・・
その後私もお返しにとちょっとしたお土産を持って行くようになり
その都度おばさんやおじさんは私にと色々な物を持たせてくれた
餌代を取らない時も有ったっけ・・・
でも商売だからと言って無理やり餌代は置いていっていたけどね
行くと早く磯に行き場所取りしたかった気持ちは強かったけど
ついついストーブにあたりながらお茶をご馳走になって話し込んでしまっていた
6時に店を開けるのだけど6時半まで待っても開かないと電話して開けてもらってね
そんなこと思っているとやはり釣り目的なのだが
竿作さんに行きおじさんやおばさんとお会いして話をするのも
楽しみの一つだったんだ・・・ってね。