富貴寺大堂をご覧下さい。

階段を上り詰めた時、衝撃を受けました。
なんて美しいんだろう。
2日続けて行きました。
国東半島の寺院群を巡ることは今回の旅の目的でもありました。
六郷満山文化〔ウィキペディアより〕
古来国東半島にあった山岳信仰の場が、
奈良時代末期から平安時代にかけて寺院の形態を取るようになったものである。
古来の山岳信仰が、近隣の宇佐神宮及びその神宮寺である弥勒寺を中心とする八幡信仰、
さらには天台系修験と融合した結果、
神仏習合の独特な山岳仏教文化が形成されたと言われる。
今日でも、33の寺院と番外に宇佐神宮を加えた「国東六郷満山霊場」(国東半島三十三箇所)が構成されている。
国東半島を四方から眺めてみると
半島全体が一つの山(火山)であったことが分かります。
両子(ふたご)山(720m)を中心とする火山群です。
両子山から派生する六つの地域が六郷です。
両子山の両子寺が六郷満山の中心です。
国東全体のことですが天台宗が多く、
西叡山の名前も残ることから、
比叡山系密教の色合いが強いです。
本堂などは火山岩をくり抜いた所にあり、
行場としての修業の場所でもありました。
両子寺、文殊仙寺、岩戸寺、天念寺、長安寺などに行きましたが
富貴寺大堂の衝撃で他の印象は薄れてしまいました。
国東には国東塔が多く見られます。

門の両側には仁王さんがいらっしゃいます。


修業の堂には岩をくり抜いて建てられています。

再び富貴寺大堂を





受付で秋にいらっしゃいと言われました。
イチョウの黄葉です。
山門に2本のイチョウの木があります。
想像してみると、やはり行ってみたい気がします。
ちなみに富貴寺大堂は国宝に指定されています。

階段を上り詰めた時、衝撃を受けました。
なんて美しいんだろう。
2日続けて行きました。
国東半島の寺院群を巡ることは今回の旅の目的でもありました。
六郷満山文化〔ウィキペディアより〕
古来国東半島にあった山岳信仰の場が、
奈良時代末期から平安時代にかけて寺院の形態を取るようになったものである。
古来の山岳信仰が、近隣の宇佐神宮及びその神宮寺である弥勒寺を中心とする八幡信仰、
さらには天台系修験と融合した結果、
神仏習合の独特な山岳仏教文化が形成されたと言われる。
今日でも、33の寺院と番外に宇佐神宮を加えた「国東六郷満山霊場」(国東半島三十三箇所)が構成されている。
国東半島を四方から眺めてみると
半島全体が一つの山(火山)であったことが分かります。
両子(ふたご)山(720m)を中心とする火山群です。
両子山から派生する六つの地域が六郷です。
両子山の両子寺が六郷満山の中心です。
国東全体のことですが天台宗が多く、
西叡山の名前も残ることから、
比叡山系密教の色合いが強いです。
本堂などは火山岩をくり抜いた所にあり、
行場としての修業の場所でもありました。
両子寺、文殊仙寺、岩戸寺、天念寺、長安寺などに行きましたが
富貴寺大堂の衝撃で他の印象は薄れてしまいました。
国東には国東塔が多く見られます。

門の両側には仁王さんがいらっしゃいます。


修業の堂には岩をくり抜いて建てられています。

再び富貴寺大堂を





受付で秋にいらっしゃいと言われました。
イチョウの黄葉です。
山門に2本のイチョウの木があります。
想像してみると、やはり行ってみたい気がします。
ちなみに富貴寺大堂は国宝に指定されています。