1月22日(金)、野辺地駅でスーパ-白鳥を見送ってから、青森側ではなく一駅八戸側の駅=千曳駅へ戻りました。
現在の千曳駅は2代目で、何の変哲もない無人駅で廻りには民家もほとんどありません。初代の駅は明治43(1910)年11月15日に官設鉄道の駅として開業したのですけど、東北本線の線路改良工事に伴い昭和43(1968)年8月5日に2代目として現在地に移転しました。
旧駅時代の昭和37(1962)年10月20日に、昨日話をした南部縦貫鉄道が開業して、当時は千曳駅が始発駅でした。
その後昭和43(1968)年5月16日の十勝沖地震で南部縦貫鉄道は全線不通となり、同年8月5日に国鉄東北本線の線路付け替えに伴い、東北本線の廃止区間を借用して野辺地⇔千曳(名称を西千曳に変更)間を延長し、全線復旧・運行再開しました。
その南部縦貫鉄道では、開業時(1962年)に富士重工業にて製造された気動車でバスの部品を利用して製造されたことから、通称レールバスと呼ばれるディ-ゼルカ-が活躍して沿線住民にも親しまれました。
それも利用者減に勝てず、平成9(1997)年5月6日に全線休止となり、以後復活することはありませんでした。廃止時まで運用されたレ-ルバスは、現在旧七戸駅構内で2両とも動態保存されています。
現在の千曳駅は、新駅ですが南部縦貫鉄道とは全然関係のない駅で、まったくひっそりとしております。特に冬場で積雪のある時は↓こんな風に雪の中で駅のホ-ムが孤立しています。
↑1月22日 JR東北本線 千曳駅にて
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貨物や特急列車が通り過ぎるのを撮影して、↓この701系に乗り青森を目指しました。
↑1月22日 JR東北本線 千曳駅にて
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現在の千曳駅は2代目で、何の変哲もない無人駅で廻りには民家もほとんどありません。初代の駅は明治43(1910)年11月15日に官設鉄道の駅として開業したのですけど、東北本線の線路改良工事に伴い昭和43(1968)年8月5日に2代目として現在地に移転しました。
旧駅時代の昭和37(1962)年10月20日に、昨日話をした南部縦貫鉄道が開業して、当時は千曳駅が始発駅でした。
その後昭和43(1968)年5月16日の十勝沖地震で南部縦貫鉄道は全線不通となり、同年8月5日に国鉄東北本線の線路付け替えに伴い、東北本線の廃止区間を借用して野辺地⇔千曳(名称を西千曳に変更)間を延長し、全線復旧・運行再開しました。
その南部縦貫鉄道では、開業時(1962年)に富士重工業にて製造された気動車でバスの部品を利用して製造されたことから、通称レールバスと呼ばれるディ-ゼルカ-が活躍して沿線住民にも親しまれました。
それも利用者減に勝てず、平成9(1997)年5月6日に全線休止となり、以後復活することはありませんでした。廃止時まで運用されたレ-ルバスは、現在旧七戸駅構内で2両とも動態保存されています。
現在の千曳駅は、新駅ですが南部縦貫鉄道とは全然関係のない駅で、まったくひっそりとしております。特に冬場で積雪のある時は↓こんな風に雪の中で駅のホ-ムが孤立しています。
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貨物や特急列車が通り過ぎるのを撮影して、↓この701系に乗り青森を目指しました。
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