
時系列が変になってしまうのですが『長門峡』のことを少し・・・・
前にもちょっと書きましたが私は高校生の時に中原中也の詩にハマリました。
いまだに何篇か暗唱できる詩もあります。
中也の詩のおもしろさは言葉のリズム感と不思議な世界観にあると思います。
そんな中也の詩のなかで『冬の長門峡』はちょっと違う感じがします。
かわいがっていた長男を亡くし 心と体がすっかり弱ってしまった中也は故郷山口に帰ります。
そんな中で詠まれたのが『冬の長門峡』です。
この詩を読んで私はどうしても長門峡に行ってみたくなり 母にひとり旅で長門峡に行ってみたい、と話したのですが許可は下りませんでした。
まあそうでしょうねえ、若い女の子がひとりで行くような場所にしてはちょっと寂しすぎるかもしれません。
中也の歌碑を見つけました。

長門峡の流れは空虚な心の中也にどのように映ったのでしょうか?

思ったより穏やかな流れだな、と思ったのですが・・・・

場所によっては 流れが激しく、水も怖いくらい多く流れている場所もありました。


最近映画の舞台になった場所をファンが巡る『聖地巡礼』が流行っていますが ここ長門峡は私にとっての『聖地巡礼』だったと思います。