京都で定年後生活

2013年3月60歳で定年退職。

美術館と庭園めぐり、京都の四季の行事と花を綴ります。

葬儀、戒名、墓のことを考える

2013-05-22 14:53:31 | 定年後生活
今日は30度越えの夏のように暑い日です。
午前中、用事を済ませ、いつもは昼から散歩がてらでかけるのですが、
急な暑さで、体調をくずしかねないので、家にいることにしました。
今年初めて、扇風機を出して、微風にあたり、思いをめぐらせています。

昨年、40年来の友人が癌で亡くなりました。
友人が痩せ細っていく姿をみるのは、非常につらいものでした。
葬儀に参列し、人生の無常を否が応でも思い知ります。
私も60歳となり、そろそろ墓のことなどが頭をよぎります。
私は次男坊で地方出身ですが、いま住んでいる京都で、
最後を迎えることになると思います。
田舎の親のお墓に入ることはないので、私の代で墓を決める必要があります。
私の宗教観はたぶん仏教です。たぶんと言うのは、キリスト教のように、洗礼を
受けた訳でもないし、私は仏教徒だとどこへも宣言したこともないからです。
でも、仏教の教えは賛同することが多いので、自称仏教徒のはしくれと思っています。
そんな私ですが、どうしても戒名には違和感があります。
なぜ全く馴染みのない、中国式の漢字をつけられないといけないのか、
納得がいきません。
できれば、私の実名が入った、○○居士にできないのでしょうか。
遺族が墓参りのとき、実名入りの方が親しみがわくと思いますが。

葬儀は基本的に、遺族のためのものだと思っています。亡くなってからでは、
どんな口もだせません。ただ、私の希望とすれば、身内だけで済ます家族葬で
いいと考えています。

墓も基本的には同じ考えですが、こればっかりは、
私の一存できめることはできないので、妻との相談が必要です。
死者は土に還るという思いもあるので、樹木葬もいいかなと、
独断と偏見で考えたりもしています。
でも私自身は、墓にあまり執着する気はないです。
故人にとっては、墓の大小だとか、立派だろうが、貧弱だろうが、
もはや関係のないことだからです。

以上、新参定年退職者がとりとめのないことを考えました。



中庭のハナミズキです。強い日射しをやわらげてくれます。

無職ということ

2013-05-22 11:05:48 | 定年後生活
新たな銀行口座を開設するため、とある銀行に行きました。
受付で書面が渡され、現在の職業を記入する項目があります。
無職という言葉が頭を過り、一番最後にあった、無職の欄にチェックしました。
3月末に定年退職して、この時初めて、
私は無職なんだという現実を突きつけられたような気がしました。
そして、なにかうしろめたいような感情も沸きました。
職についていない人は、無職と言うのだと、頭では理解していますが、
まだ、何となく受け入れがたい気持ちがあるようです。
大学を卒業し、38年間、一生懸命働いてきたではないか。
そして、雇用延長を選択せず、自分の意思で無職になったはずではないかと、
自分に言い聞かせました。

私は現在、主夫見習い中です。まだまだ、中途半端で、掃除機をかけても、
妻から時々、ゴミが落ちていると指摘を受けます(笑い)。
それにまだ、洗濯はさせてもらっていません。
職業欄に、主夫(見習い)などがあれば、いいのですが。




今日の庭の花です。