モノトーンでのときめき

ときめかなくなって久しいことに気づいた私は、ときめきの探検を始める。

植物の知恵と戦略 ① フクジュソウのニッチな生き方

2009-01-25 09:01:35 | 植物の知恵と戦略

今年から、気になっていた不思議な植物の生き方をテーマとして取り上げていこうと思う。年間で20テーマも取り上げられたら上出来と考えているがはたしてどうなるだろうか?

第一回は、 『フクジュソウの光を集める花とその生き方』

(写真)パラボラアンテナのようなフクジュソウの花


フクジュソウの花は、黄金色に輝いている。
陽がさすと花びらが開き、太陽を追いかけて動く。そして陰ると閉じる。
花の形は、深皿のようだがよく見るとパラボナアンテナのようでもある。
ここに、フクジュソウの知恵があった。

フクジュソウの生態は面白いということを以前ふれた。 (興味があればこちらを)

簡単にまとめると、フクジュソウはこんな特徴を持っている。
1.落葉する広葉樹林の南東の斜面に自生する。(落葉するので陽がさしやすい立地戦略)
2.雪が消える頃に雪を割り地上に顔を出し花を咲かせる。(競争が少ない時期を選択)
3.花は陽の光を受け開き、陰ると閉じる。また花は陽の光を追いかけて動く。(悪環境に適したオペレーションの仕組み)
4.花が咲いてから茎と葉を伸ばし、日光を一杯に受け光合成で根に養分を蓄積する。(受粉を優先しその次に自分の生存)
5.この間2-3ヶ月ぐらいで、他の植物が葉を出す頃には日陰に埋没するので、地上部が枯れて地下で冬眠に入る。(無駄なエネルギーを使わない省エネ生存)

わずか2-3ヶ月しか地上に顔を出さないで生存している植物があること自体不思議だが、これがフクジュソウが生存してきた生き方で、この限られた時間・立地。競争環境を最大限に生かす仕組み出来上がっていたから驚く。

生物の究極的な目的は、自分の遺伝子を数多くばらまき種の生存を高めるところにあるという。イギリスの動物行動学者ドーキンス(Richard Dawkins 1941-)は、『THE SELFISH GENE(生物=生存機械論)』という著書で“生物は遺伝子の乗り物だ”とまで言い切っているが、個体は死亡しても遺伝子は受け継がれていくので、なるほど一理ありと思う。

植物にとって、“受粉”が遺伝子をばらまく重要なイベントとなる。
フクジュソウは、虫媒花であり虫を集めてその身体についた花粉を受精しタネを作るだけでなく、自分の花粉を虫に手助けしてもらいばらまく。

虫を引き寄せるために、普通は蜜を作り花粉を食糧として提供したりしているが、フクジュソウは蜜を作らない。
なぜかという理由はわからないが、蜜を作るということはエネルギー多消費型で割が合わないのだろう。この蜜を作ったタイプは淘汰されて現在のタイプが生き残ったのかもわからない。(あくまでもこの説は推測です。)

黄金色に輝くフクジュソウの花びらは、光を反射しやすい色彩とパラボラアンテナ状の形で、花の中央部に太陽光を集める働きをしているという。
外気と5~6℃違うというので、花の中は別世界を提供することになり虫たちにとっては暖が取れる。温まった身体は活動的になり花粉をつけた虫たちが飛び廻ることになる。

自分の花粉をつけた虫が飛び廻ってくれることはこの上ない満足なのだろう。
これでめでたしめでたしで終わってもよいが、まだ先があった。
北海道大学の工藤岳准教授の実験では、雌しべが受粉した花を二つのグループに分けその種子の結実を観測した。第一のグループはそのままで、第二のグループからは花びらを取り除いた。

これは、パラボラアンテナのように光を集める働きは、虫を呼ぶためにあるのかそれ以外のことのためにあるのかを実験で観察したのだが、受粉後花びらを切り取ったグループでタネを作ったのは50%だったが、花びらを切り取らなかったグループでは70%がタネを作ったという。
フクジュソウの暖を作り出す仕組みは、虫をひきつけるだけでなく、自分のタネを作り出すのにも一役買っていたという。

“利己主義な遺伝子”
これをドーキンス風に解釈しなおすと次のようになる。
フクジュソウは、虫たちに暖を提供し、食糧としての花粉も提供する。
何と素晴らしいことではないかということで、これを虫たちに彼らの利益を提供するので『利他主義』とするが、この仕組みがうまく機能・循環することはフクジュソウ個体の遺伝子が生き残ることであり素晴らしいほどの『利己主義』なのだ。
ということになる。

遺伝子はわがままで利己主義だ。というのがドーキンスの説だが
フクジュソウの生き残り方は、狭い隙間をぬったニッチな生き方であるが、
他の植物との競争、昆虫との共存などで合理的で効率的な生き方がされている。
地球温暖化と都市化がフクジュソウの生存環境を狭めているが、地球の寒冷化はその生存領域を広げる予感がする。
厳しい環境での生き方として一つのモデルケースとなりそうだ。

いろいろな生き方がないと環境の変化に適応できない。
『植物の知恵と戦略』という今回のテーマでは、そのいろいろな生き方を植物から学んでみようと思う。
ただし、ドーキンスの説を社会学に適用するのは土俵が異なるのでいただけない。
たとえば、株式会社の資本=株も利己的な遺伝子かもわからないが、利他的な行為がない利己主義は循環しないので破綻するはずであり破滅に導く。
昨今の自分だけ生き残ろうとする首切りは、存在している社会を崩壊させるものでもあり、どの社会で生き残ろうとしているのか選択する余地がないはずだ。

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