天津に、「ドーナツ」という日本語学習サークルがあります。
3年前の2009年6月28日に誕生し、今では、天津市の日中交流会や各種スピーチコンテスト、カラオケやアフレココンテストを主催するまでになっています。
また、天津日本人会や日本企業の方々に学生を紹介するときに、「ドーナツのメンバーです」というだけで通じるようになってきました。
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ソニーが初めてラジオを作ったとき、ドイツでは全く知られていなかったそうです。
そこで、営業責任者は、「よし、ドイツの喫茶店で「ソニーをください」と言って、店員が「ソニーはラジオですよ」と言われるようになるまで、頑張ろう」と決めたそうです。
そして、さまざまな苦労をして、2年後には、喫茶店の店員が「ソニーですか?私も持っています」と言ってくれるぐらいにまでなりました。
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3年前には誰も想像していなかった「各大学の学生が集まって、自分たちに必要な活動をしていく」という状態が、天津に生まれ、会議も誕生パーティーも、1年間のスケジュールも、自分たちで決められるようになりました。
このことを一番嬉しく思うのは、「ドーナツなんて勉強の邪魔だ」「天津の各大学が協力するなんて無理だ」と言われても活動を続けてきた初代のメンバーたちでしょう。
批判する人のほうが多い中で、蒔きつづけた種が、ようやく芽を出し始めたのです。
初代のメンバーはもう大学を卒業して社会人になっていますが、今の天津の大学生達が他の大学の学生と交流できるのは、その人たちのおかげです。
「天津には何もない、北京がうらやましい」と言いながらも、自分たちでできることを積み重ねてきた結果が、
現在の天津です。
ソニーのラジオとは同じではありませんが、天津のドーナツと言えば、日本語サークルのことだと分かる人が
本当に増えてきました。
あのときの苦労は、他の人には分からないかもしれませんが、自分たちのしてきたことを誇ってもいいと私は思います。
そういう気持ちを込めて、ドーナツの3周年をお祝いしたいと思います。
これからも、天津の学生たちのために何ができるのかを考え続けていってください。
3年前の2009年6月28日に誕生し、今では、天津市の日中交流会や各種スピーチコンテスト、カラオケやアフレココンテストを主催するまでになっています。
また、天津日本人会や日本企業の方々に学生を紹介するときに、「ドーナツのメンバーです」というだけで通じるようになってきました。
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ソニーが初めてラジオを作ったとき、ドイツでは全く知られていなかったそうです。
そこで、営業責任者は、「よし、ドイツの喫茶店で「ソニーをください」と言って、店員が「ソニーはラジオですよ」と言われるようになるまで、頑張ろう」と決めたそうです。
そして、さまざまな苦労をして、2年後には、喫茶店の店員が「ソニーですか?私も持っています」と言ってくれるぐらいにまでなりました。
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3年前には誰も想像していなかった「各大学の学生が集まって、自分たちに必要な活動をしていく」という状態が、天津に生まれ、会議も誕生パーティーも、1年間のスケジュールも、自分たちで決められるようになりました。
このことを一番嬉しく思うのは、「ドーナツなんて勉強の邪魔だ」「天津の各大学が協力するなんて無理だ」と言われても活動を続けてきた初代のメンバーたちでしょう。
批判する人のほうが多い中で、蒔きつづけた種が、ようやく芽を出し始めたのです。
初代のメンバーはもう大学を卒業して社会人になっていますが、今の天津の大学生達が他の大学の学生と交流できるのは、その人たちのおかげです。
「天津には何もない、北京がうらやましい」と言いながらも、自分たちでできることを積み重ねてきた結果が、
現在の天津です。
ソニーのラジオとは同じではありませんが、天津のドーナツと言えば、日本語サークルのことだと分かる人が
本当に増えてきました。
あのときの苦労は、他の人には分からないかもしれませんが、自分たちのしてきたことを誇ってもいいと私は思います。
そういう気持ちを込めて、ドーナツの3周年をお祝いしたいと思います。
これからも、天津の学生たちのために何ができるのかを考え続けていってください。