「安易な妥協をするな!」と,労働組合の強かった時代には、随分と聞かされた。
「新しい政策は妥協の産物!」つい最近の、大新聞の一面見出しだ。
明治以来か、もっと前からなのかは分からないが、日本人は、この「妥協」という“ことば”が、かなり嫌いらしい。
だが、考えてみたまえ。そもそも民主主義とは、多様な意見や生き方を、互いに話し合って、「妥当なところで折り合う」という、社会のありようなのではなかったのか。
少し古い話になるが、こんな、経験を思い出した。
カナダのブリティッシュ・コロンビア州に、日本人の為の大学・「カナダ国際大学」を創ったときのことだ。
私は初代の事務局長として、教育基本計画や学生寮規則を提案し、カナダ人の初代学長と副学長のアメリカ人と三人の間で議論を重ねた。私が出した原案について、率直な意見を出し合う。学長とは、面識があったが、副学長とは初対面だった。ことに手こずったのは、寮の規則を討論したときだった。アメリカ人の副学長とは感覚がかなり違うのだ。
私が原案をつくったときには、カナダ、日本、アメリカ三カ国の大学から、実例を取り寄せて吟味したのだが、彼はわたしの案に「“un-comfortable”・しっくり来ないな」を連発する。
アメリカの大学寮の規則には、「廊下でスケボーをしないこと」とか、「敷布等を結んだりした綱を使って、窓から出入りをしないこと」など、私たちには“噴飯モノ”のルールが多いのだが、アメリカ人の彼にとっては、どうやら“噴飯モノ”とは思えないらしい。
「学寮に入るのは日本人だし、管理者も日本人、だから日本流で」と説得するのだが、副学長は、どこか落ち着きが悪いらしく“un-comfortable”だと腕組みをする。なかなか納得してくれない。
そこでさらに角度を変えて日本の学生とアメリカの学生の気質の違いを、丁寧に話してゆくと、次第に彼の顔が和んできた。それに連れて、質問も具体的に、建設的になってゆく。
そして5時間、ようやく、「Now I'm“comfortable”」と笑顔になって、三者の考えはまとまった。
私にとって、この副学長が言う「コンファタブル・“comfortable”」という表現が、きわめて印象的だったことを覚えている。
「議論」というものは、参加したモノが理論的に話し合って、互いに「コンファタブル・心やすらかに納得する」ところ、即ち妥協点を探すための言語行為だということを、実感したのだ。
日本人の多くは、この点において、議論・討論というコミュニケーション行為を誤解しているのではないかとワシは憂える。
思うに昔、経営者と組合の対立する“春闘”あたりで、「安易な妥協は許さないぞ!」などと叫んでいたことが、心の底にこびり付いていて、嫌いになったのかも知れない。恥ずかしいことだ。
それとも、「妥協」という言葉自体に、いさぎよさを感じないのは、国民性なのだろうか。しかし、一方で「妥結」や「妥当」という言葉には抵抗がないのに、「妥協」だけが嫌いだというのは、いささか納得できない。
どんな辞書でもいいから、「妥協」の項目を見直すとよい。ことに「妥」には「心をやすらかにする」という意味がある。お互いが納得して、心やすらかに議論を終えたいものである。
私には、「妥協を許さぬ毅然とした態度」だとか「正義の道は真っ直ぐだ」などという態度こそ、危ない思想に思えるのだ・・・
「新しい政策は妥協の産物!」つい最近の、大新聞の一面見出しだ。
明治以来か、もっと前からなのかは分からないが、日本人は、この「妥協」という“ことば”が、かなり嫌いらしい。
だが、考えてみたまえ。そもそも民主主義とは、多様な意見や生き方を、互いに話し合って、「妥当なところで折り合う」という、社会のありようなのではなかったのか。
少し古い話になるが、こんな、経験を思い出した。
カナダのブリティッシュ・コロンビア州に、日本人の為の大学・「カナダ国際大学」を創ったときのことだ。
私は初代の事務局長として、教育基本計画や学生寮規則を提案し、カナダ人の初代学長と副学長のアメリカ人と三人の間で議論を重ねた。私が出した原案について、率直な意見を出し合う。学長とは、面識があったが、副学長とは初対面だった。ことに手こずったのは、寮の規則を討論したときだった。アメリカ人の副学長とは感覚がかなり違うのだ。
私が原案をつくったときには、カナダ、日本、アメリカ三カ国の大学から、実例を取り寄せて吟味したのだが、彼はわたしの案に「“un-comfortable”・しっくり来ないな」を連発する。
アメリカの大学寮の規則には、「廊下でスケボーをしないこと」とか、「敷布等を結んだりした綱を使って、窓から出入りをしないこと」など、私たちには“噴飯モノ”のルールが多いのだが、アメリカ人の彼にとっては、どうやら“噴飯モノ”とは思えないらしい。
「学寮に入るのは日本人だし、管理者も日本人、だから日本流で」と説得するのだが、副学長は、どこか落ち着きが悪いらしく“un-comfortable”だと腕組みをする。なかなか納得してくれない。
そこでさらに角度を変えて日本の学生とアメリカの学生の気質の違いを、丁寧に話してゆくと、次第に彼の顔が和んできた。それに連れて、質問も具体的に、建設的になってゆく。
そして5時間、ようやく、「Now I'm“comfortable”」と笑顔になって、三者の考えはまとまった。
私にとって、この副学長が言う「コンファタブル・“comfortable”」という表現が、きわめて印象的だったことを覚えている。
「議論」というものは、参加したモノが理論的に話し合って、互いに「コンファタブル・心やすらかに納得する」ところ、即ち妥協点を探すための言語行為だということを、実感したのだ。
日本人の多くは、この点において、議論・討論というコミュニケーション行為を誤解しているのではないかとワシは憂える。
思うに昔、経営者と組合の対立する“春闘”あたりで、「安易な妥協は許さないぞ!」などと叫んでいたことが、心の底にこびり付いていて、嫌いになったのかも知れない。恥ずかしいことだ。
それとも、「妥協」という言葉自体に、いさぎよさを感じないのは、国民性なのだろうか。しかし、一方で「妥結」や「妥当」という言葉には抵抗がないのに、「妥協」だけが嫌いだというのは、いささか納得できない。
どんな辞書でもいいから、「妥協」の項目を見直すとよい。ことに「妥」には「心をやすらかにする」という意味がある。お互いが納得して、心やすらかに議論を終えたいものである。
私には、「妥協を許さぬ毅然とした態度」だとか「正義の道は真っ直ぐだ」などという態度こそ、危ない思想に思えるのだ・・・