なぜ病気になったのか、という問いはあまりしたことはありません。
が、なぜ病気は私を選んだのだろうと考えたことは何度もあります。
どちらの問いも、一体何が違うのよ!という総ツッコミが聞こえてきそうですが、私の中ではニュアンスが違いまして、前者はかなり後ろ向きの問いなのにたいし、後者は多少なりとも前向きな発想です。
病気になったのだけれども、きっと意味があるのだろうし、何か私がすべきことを提示されているのだろう
と、考えています。
しかし、残念ながらその答えは出ていません。笑
あたりもついていません。ま、そんなもんですよね。
そんな中ではありますが、「病気になってよかったこと」は割とたくさんありまして、自分でも気づいています。
病気にならない方が良かったに違いないのですけれども、でもその中でもよかったなあということはたくさんあります。
私には大切で素敵で稀有な友人・知人がいるんだということを改めて教えてもらいました。
その私の知人のひとりは、清楚で凛とした佇まいの、落ち着いた美しさのある女性です。
出会いは中学生ですが、中学生の時からそのような感じでしたので、当時は特に憧れを通り越して雲の上の存在のように思えました。
綺麗な人にはどこか腹黒いところがあったりするのも仕方ないと思うのですが、そういった裏のない、不思議なひとです。そうですね、心がきれいなんですよね。外見は内面を表すと言いますしね。
そんな素敵な人が私の友人です。
以前、「自分が生きている限り、誰かひとりでも幸せになってくれたら」と思ってお仕事をしていると話しているのを聞いて、なんて素敵な考え方を持ち合わせながら生きているんだろうと感銘を受けました。
私は私に何ができるのかばかりを考えていた時期で、できないことに目が行きがちだったのです。
困っている人を助けたいとか、そういう発想でもありました。マイナスからゼロに、そういう思考でしょうか。
だから、「誰かがひとりでも幸せに」という考え方は私に圧倒的に足りない考え方だと、目から鱗でした。
友人から感銘を受けられるなんて、私はとても幸せだと思いました。
その友人が、最近、私のことを心配してくれて
「深呼吸してる?」
と連絡をくれました。
いやー、見事に忘れていましたよ。
すぐさま、ふうふうと深く深く呼吸を3度ほどしまして、肩の力が抜けるのを感じました。
知らず知らずのうちに肩に力が入っていたのだと驚きました。
見抜かれていて恥ずかしいなと思う一方で、心底感謝しました。
私にはまだまだ自分にしてあげられることがある。筋トレ、栄養、ダイエットに薬、そういうことではなくて、いたわること。
すっかり忘れていたような気がします。
私は生活していく上で一番大切なことを忘れていたのかもしれません。
こうしてひとつずつ、成長していけたらいいなと思います。