NO-251みなさん、ほんの少しご無沙汰しました。横須賀の元気ハツラツフェスタの写真展が無事に終わり少しほっとしてますが、ブログを少し書けないでいたことを申し訳なく思っています。
写真展は横須賀のNPO法人元気ハツラツ明るいまちづくりの佐藤昌久代表様をはじめ、各関係協力団体のみなさまのご厚意により今回も参加させて頂きましたことを深く感謝しています。本当にありがとうございました。
マイクパフォーマンスは完璧の横須賀元気ハツラツ明るいまちづくりの佐藤代表。
法人名のように本当に元気がある団体です。色々な舞踊にパフォーマンス。屋台などの出店もあるから初めて来た人は、何のお祭り?って思うだろう。
衣装もきれいだったベリーダンスの演舞にハワイアンダンス。
今回も、よさこいから歌に楽器演奏あらゆる演舞のスケジュールがぎっしり詰まったフェスティバルでした。たくさん撮りたかったのだけど、写真説明に追われてみんな取れませんでごめんなさい。
13日の12時頃、僕たちのスタッフの歓声が聞こえたので振り返ると、強制避難区域で一人動物の命を守るわれらの大将松村直登がそこにいた。スタッフのみんなの笑顔。笑顔。笑顔。僕も嬉しかった。
松村は着いて間もなく、新聞記者やジャーナリストや報道関係者の取材に追われ、この横須賀に来ても本当に忙しい男であった。初日の日に僕は僕で、彼が取材を受けている間は支援者や横須賀市民の皆様に写真説明をしていたので、会場では彼と全く話せなかった。
松村を待つ写真展会場。もう一つの会場にも写真展ブースを頂いたのだが、初日は顔を出せなかった。
支援者、市民のみなさんに写真説明をする松村代表。
もちろん松村も会場にいるときは彼は彼で写真説明をしていたわけだから、接点は本当になかった。彼がここに来る意義は大きい。何故なら福島の強制避難区域のありのままを、痛烈に話せる男だからである。
彼は今、被災地の現状をいつものように落ち着いた口調で語った。町の状況。残された動物の事。放射能除染の事。原発の事。もちろん農水省や環境省などの現在の対応なども語ったが、最後に原発反対!を訴え締めくくった。
マイクを力強く握り熱く語る松村代表。余談だが、彼の前にちょこんと立っているのが松村の小さなガールフレンドのじゅなちゃん。20分も彼が話す間、腕も痛くなっただろう。ずっと腕を上げて手作りの段ボールのボードを持っていた。
お母さんに痛くなるから下げて持つように言われたのに、最後までずっと下げなかった。この日、3回は松村のマイクスピーチがあったが3回とも腕を上げたままでいた。あとでじゅなちゃんのおばあちゃんに聞かされた。それが泣かせるのだ。
「じゅなは背が低いからみんなに見えるように」と松村のためにみんなに見てほしいから下げるのは嫌だったらしい。(嬉し涙)じゅなちゃん本当にありがとう。
僕らの願いは原発ゼロである。未だに返れない故郷を持つ我々被災住民にとって、原発から撒き散らされた放射能は憎いなんて言葉で片付けられないものである。
今回参加させて頂いて、いつも横須賀の人は温かいと思った。ここに松村を応援してくれる人がたくさんいる。横須賀のみなさん本当にありがとうございました。
写真展は横須賀のNPO法人元気ハツラツ明るいまちづくりの佐藤昌久代表様をはじめ、各関係協力団体のみなさまのご厚意により今回も参加させて頂きましたことを深く感謝しています。本当にありがとうございました。
マイクパフォーマンスは完璧の横須賀元気ハツラツ明るいまちづくりの佐藤代表。
法人名のように本当に元気がある団体です。色々な舞踊にパフォーマンス。屋台などの出店もあるから初めて来た人は、何のお祭り?って思うだろう。
衣装もきれいだったベリーダンスの演舞にハワイアンダンス。
今回も、よさこいから歌に楽器演奏あらゆる演舞のスケジュールがぎっしり詰まったフェスティバルでした。たくさん撮りたかったのだけど、写真説明に追われてみんな取れませんでごめんなさい。
13日の12時頃、僕たちのスタッフの歓声が聞こえたので振り返ると、強制避難区域で一人動物の命を守るわれらの大将松村直登がそこにいた。スタッフのみんなの笑顔。笑顔。笑顔。僕も嬉しかった。
松村は着いて間もなく、新聞記者やジャーナリストや報道関係者の取材に追われ、この横須賀に来ても本当に忙しい男であった。初日の日に僕は僕で、彼が取材を受けている間は支援者や横須賀市民の皆様に写真説明をしていたので、会場では彼と全く話せなかった。
松村を待つ写真展会場。もう一つの会場にも写真展ブースを頂いたのだが、初日は顔を出せなかった。
支援者、市民のみなさんに写真説明をする松村代表。
もちろん松村も会場にいるときは彼は彼で写真説明をしていたわけだから、接点は本当になかった。彼がここに来る意義は大きい。何故なら福島の強制避難区域のありのままを、痛烈に話せる男だからである。
彼は今、被災地の現状をいつものように落ち着いた口調で語った。町の状況。残された動物の事。放射能除染の事。原発の事。もちろん農水省や環境省などの現在の対応なども語ったが、最後に原発反対!を訴え締めくくった。
マイクを力強く握り熱く語る松村代表。余談だが、彼の前にちょこんと立っているのが松村の小さなガールフレンドのじゅなちゃん。20分も彼が話す間、腕も痛くなっただろう。ずっと腕を上げて手作りの段ボールのボードを持っていた。
お母さんに痛くなるから下げて持つように言われたのに、最後までずっと下げなかった。この日、3回は松村のマイクスピーチがあったが3回とも腕を上げたままでいた。あとでじゅなちゃんのおばあちゃんに聞かされた。それが泣かせるのだ。
「じゅなは背が低いからみんなに見えるように」と松村のためにみんなに見てほしいから下げるのは嫌だったらしい。(嬉し涙)じゅなちゃん本当にありがとう。
僕らの願いは原発ゼロである。未だに返れない故郷を持つ我々被災住民にとって、原発から撒き散らされた放射能は憎いなんて言葉で片付けられないものである。
今回参加させて頂いて、いつも横須賀の人は温かいと思った。ここに松村を応援してくれる人がたくさんいる。横須賀のみなさん本当にありがとうございました。