いったい、だれがこんな作品を必要としたのだろう?
文句が無いわけではないが、それなりよく出来ていた前作は、あれはあれでキチンと完結していたわけで、それにこんなわけの分からないモノを付け足しする必要は、全くいっていいほどない。
そもそもが「銀河鉄道999」というのはマザコンの話であり、それは、この物語の重要な要素のひとつだと思う。
鉄郎の母親の死のシーンが重要な位置を占めるのも、メーテルが母親に瓜二つなのも、さらには、前作でメーテルが母親に歯向かうのも、それがためである。
ところが、完結編とされたこの話では、マザコンではなくファザコンというのが重要な要素になってしまっている。
製作者の気持ちはわからなくはないが、正直、よけいなことである。
おまけに、前作以上に説明不足の感があり、掘り下げればそれなりのエピソードになりそうなこともあっさり通り過ぎてしまうものだから、はっきりいって話がすごく浅いような印象が残る。
前作もかなり説明不足のところはあったが、それはアニメや原作の漫画というバックボーンがあったがために許されたことで、そうでないこの作品で、同じ手法が通用すると思うのは、正直、製作者の手抜きとしか思えない。
個人的に、前作はそれなりに楽しめただけに、こんな形の続編は、非常に残念である。
文句が無いわけではないが、それなりよく出来ていた前作は、あれはあれでキチンと完結していたわけで、それにこんなわけの分からないモノを付け足しする必要は、全くいっていいほどない。
そもそもが「銀河鉄道999」というのはマザコンの話であり、それは、この物語の重要な要素のひとつだと思う。
鉄郎の母親の死のシーンが重要な位置を占めるのも、メーテルが母親に瓜二つなのも、さらには、前作でメーテルが母親に歯向かうのも、それがためである。
ところが、完結編とされたこの話では、マザコンではなくファザコンというのが重要な要素になってしまっている。
製作者の気持ちはわからなくはないが、正直、よけいなことである。
おまけに、前作以上に説明不足の感があり、掘り下げればそれなりのエピソードになりそうなこともあっさり通り過ぎてしまうものだから、はっきりいって話がすごく浅いような印象が残る。
前作もかなり説明不足のところはあったが、それはアニメや原作の漫画というバックボーンがあったがために許されたことで、そうでないこの作品で、同じ手法が通用すると思うのは、正直、製作者の手抜きとしか思えない。
個人的に、前作はそれなりに楽しめただけに、こんな形の続編は、非常に残念である。