Landscape diary ランスケ・ ダイアリー

ランドスケープ ・ダイアリー。
山の風景、野の風景、街の風景そして心象風景…
視線の先にあるの風景の記憶を綴ります。

津波の墓標 / 石井光太

2013-02-14 | 

 

 入院生活三日目、時間は緩慢に流れる。

 ただ安静にしていること以外、何もすることがない。

 完全看護のシステムの下、病院スタッフが三度の食事と清潔で快適な生活を維持してくれる。

 その上、病棟全体が音をたてない静かな環境を常に保持してくれる。

 本を読む上で、これほど恵まれた環境は、またとない。

 二年前の入院では、ありあまる時間を利用してドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読破した。

 さて今回は、慌ただしい入院だったので、ゆっくり本をチョイスする時間がなかった。

 連休前に本屋の店頭で目に留まった石井光太の「津波の墓標」と数年前新聞書評に魅かれ購入したまま

 不幸にも積読の運命にあった朝吹真理子の二冊をバックに詰め込み慌てて病院へ向かった。

 

 さて一冊目の「津波の墓標」だ。

 未曾有の惨事をもたらした震災は、メディアを奮い立たせ数多の関連書籍が出版された。

 その中でも石井光太の遺体安置所に焦点を絞ったノンフィクション「遺体」は、取り分け評価の高い一冊だった。

 震災における報道で、よく耳にしたのがあれほど被災地に溢れた死体をメディアは意識的に

 我々の目から遠ざけたという批判だった。

 津波が押し寄せ、逃げ惑う人を呑み込もうとする寸前でカメラは切り替わる。

 確かにメディアでは事前に報道協定が結ばれ、死体を撮ることを避けたようだ。

 しかし、夥しい死体が撮影されなかったわけではない。

 フリーの契約カメラマンは、当初からの出版社の要請通りに死体を撮り続け、

 被災者の顰蹙を買い続けたようだ。

 それでも彼らは良心の呵責に苛まれながら、被災者の罵声を浴び、ひたすら「すいません」と

 謝りながら仕事のためにシャッターを押し続けた。

 最も悪質だったのが、興味本位に近県から訪れる一般の人たちだったようだ。

 「凄い。凄い」と数人で被災地を訪れ、瓦礫の中に転がる死体にカメラを向け写真を撮り続けたという。

 あまりの目に余る行為に、当地で活動していた自衛官や消防団員に咎められ、

 やっと渋々退去した姿が被災地では目撃されたようだ。

 

 「絆」に象徴されるような人と人の美しい善意ばかりでは、決してなかった。

 津波の被害から命からがら生き延びて、その上肉親も失ったのに、

 その傷口に塩をすり込むような鬼畜の所業もあったようだ。

 海外メディアが報じたような秩序正しい日本人の姿ばかりではなかった。

 やっぱり天災の後、秩序が崩壊すると人の心も壊れるようだ。

 

 そんな事例をひとつひとつ石井光太は丹念に拾ってゆく。

 私も昨夏、最も津波の被害の大きかった石巻を訪れた。

 駅を降り立っても、ロータリーは整然として津波の惨禍を思い浮かべるような風景とは程遠かった。

 駅前にいた人に道を訊ねた最後に「意外と石巻も復興が早かったですね」と呟いてしまった。

 とたんに、その人の顔がこわばり表情が固まってしまった。

 死者3445人。行方不明493人を出した記憶が、そう簡単に癒えるわけがない。

 そんなことにも思いが至らない私は阿呆だった。

 

 石井光太の「津波の墓標」は、間もなく二年が経過する3・11の風化しようとしている記憶を

 生々しく呼び覚ましてくれる。

 ページを捲るたびに突き刺さるように現地の姿が(慟哭が)胸に迫ってくる。

 未だ遺体の上がらない人たち。PTSDの繰り返す揺り戻しに立ちすくむ人たち。

 二年くらいの時間で、あの日の記憶が癒えるはずがない。

 

 被災地の荒涼とした風景と私自身の立ち位置が、情けないほど乖離している。

 

津波の墓標
石井光太
徳間書店

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6 コメント

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Unknown (木下)
2013-02-14 16:17:59
 八丁からの登りで、山を下りる貴方と挨拶をした時、菅氏の様子が普段とは異なると感じましたが、貴方が怪我をしている事実に気が付きませんでした。妙な因縁か、今回も貴方に遅れて、私も右脚を痛めました。もっとも、私の場合は、事故というより自損行為に近いと反省しています。貴方の早期回復を祈ります。
返信する
お見舞いありがとうございます (ランスケ)
2013-02-14 17:07:00
木下さん、わざわざお見舞いの書き込み、恐縮です。

あのときは私自身が、捻挫くらいに軽く考えていたので木下さんの反応は当然です。
お互いに人より危険な場所に足を踏み入れる傾向があるので、自分自身の安全確保には気を付けましょう(笑)
何度も繰り返しますが「自力下山」が山登りの基本です。

今日は津守さんと三浦さんからもお見舞いの電話を頂きました。
皆さん、困ったおじさんの所業に、わざわざありがとうございます。
返信する
生きる (ホッホ)
2013-02-16 22:28:44
石井光太原作「遺体」を君塚良一・脚本・監督
で映画「遺体明日への十日間」が2月23日より
全国ロードショウです。
主演は、西田敏行 公式サイトが
http://www.reunion-movie.jp/です。

そして、石井光太と君塚良一の対談が、
http://www.cdjournal.com/main/news/-/49504です。

震災で亡くなった方の尊厳、遺体安置所に横たわる遺体は死体ではなく、遺族や助かった人々とともにある遺体として表現されています。

ランスケさん手術は無事済みましたか。
お見舞いに行きます。



返信する
骨折は痛い (ランスケ)
2013-02-17 07:54:17
おはようございます。
寝不足です…

昨日、手術でした。
麻酔が切れると、ズキンズキン絶え間ない鈍痛が続いて
結局一晩中寝返りを繰り返していました。
関節の骨折は、リハビリが痛いよと脅かされています(苦笑)

トレンディドラマの君塚良一と石井光太の組み合わせは違和感がありますね。
さてお手並み拝見。

津守夫妻と一緒に来ますか?
お待ちしています。
(退屈だよぉ〜)
返信する
仕事復帰 (misa)
2013-02-17 22:19:56
聊か無謀ではありますが現場復帰いたしました
PC入力中心に皆様の好意に甘えての復帰です
昨日装具のかたどりをし半分スリッパでの歩行
こんなことになってあらためて五体満足が如何に幸せであるかを痛感です
来週末は高樽氷曝の予定でしたが無理です
白猪の滝への話もありますが歩行が無理だと思います
仲間の好意はありがたいのですが6月の京都行の計画でも立てることにしましょうか
入院、OPにならなかっただけでも良しとして日が薬と申します
お互い完全復帰目指しじっと耐えましょう!
全快登山でもしますか?
返信する
リラックス (ランスケ)
2013-02-18 08:16:55
えっ、仕事復帰?
休めない人ですね(苦笑)

先日のNHKのエネルギー特集を観ていました。
経済のシステムに雁字搦めに絡め捕られて強迫観念に駆られた人たちが
目先のリスクに目の色を変えていました。
10年先100年先を見ようとしない人たちが、企業論理を優先させ、
未来にどんどん償却できないような負債を先送りしています。

misaさんも、一息入れて肩の力を抜いてみては?

昨日、ホッホさんと津守夫妻がお見舞いに来てくれました。
お花や沢山の食べ物の差し入れありがとう。
確かに病院食は質素だけど、あんなに間食していると、
私は退院する頃には豚になっちゃうよ(笑)

朝吹真理子の「流跡」と「きことわ」を読み終えて、今はEUの送電網を題材にした「ブラックアウト」を読んでいます。
今日は朝吹真理子について書いてみようか。
なんでもっと早く読まなかったのか?
この人の言葉が粒立つような文体は好きだ。
返信する

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