
川端康成が雪国の冒頭で「国境の長いトンネルをぬけると」と記した上越分水嶺をくり貫いた長大な隧道を、
東京、新潟間ノンストップのMax トキは、暗い闇に放たれた光の矢のように駆け抜けていった。
一瞬、溢れる光に射竦められ、車窓からの風景が一変した。
そこは見渡す限り青田の広がる茫洋とした、どこまでも青い草の海だった。
あきらかに私の暮らす土地の風景とは異なる。
北国の光と風に、その豊穣さに胸がいっぱいになる。
新潟で特急いなほに乗り換えて、日本海沿岸を北上する。
次第に海岸線にへばりつくような狭い土地の風景が続き、懸崖に咲くスカシユリの姿が目に留まる。
佐渡の岬に咲くスカシユリの群生を、その昔、いがりまさしの写真集で知った。
こんな人の暮らしのそばで、それが普通に咲く姿に感動している(笑)
この先も、小さなひとつ、ひとつに目を奪われてしまうのだから忙しい。
鶴岡着は正午過ぎ。
旅の計画を、あれこれ算段しているときには、想いに上ってくることもなかったのに、
鶴岡を前にして想いが至った。
「鶴岡は藤沢周平の文学世界の舞台じゃないか。あの「蝉しぐれ」や「花のあと」の舞台となる海坂藩が、ここ鶴岡だと云われている」
とたんに通過点と思っていた街への旅情が募る。
ところが降り立った駅前の風景は、どこにでもあるような地方都市の景観。
パスの発車時刻まで余裕があるので、少し街を歩いてみた。
やはり面白味もないショッピングモールや郊外店が軒を連ねる。
唯一、印象に残ったのは、はっとするような綺麗な女性が多い。
それは下校時間の女子学生も着物姿の年配の女性も、みんな凛として美しい。
そうだ。ここは角館の近くじゃないか。
姿形の美しさは間違いなく遺伝してゆく。
そうか、ここは「おふくさん」の子孫たちが暮らす土地なんだ。
大鳥行きのバスは、一日四本駅前より出ている。
終点二つ手前のバス停、大鳥登山口から本来の登山口である抱滝ダムまで三時間ばかりの林道歩きとなる。
夏季限定で7/14~8/12までマイクロバスが運行されるようだ。
でも、それまで待っているとヒメサユリの花期を過ぎてしまう。
(例年、七月中旬くらいまでは大丈夫なようですが、花には旬の時期がある)
今回、初日は大鳥登山口にある朝日屋に泊まり、翌朝、大鳥池畔の大鳥小屋か、時間に余裕があれば以東小屋まで足を延ばしてみることにした。
市街地をぬけるとバスは田園地帯を走り、次第に山間へと入ってゆく。
ダム湖沿いの道はくねくね曲がりながら、幾つかの天井から清水の垂れる暗いトンネルを通過し、周囲の緑がいっそう濃くなる。
白い幹のブナが林立し、涼しげな影を落としている。
「あっ、鼓動が少し上がってきた」(笑)
バスの運転手さんが「この次、大鳥登山口で降りたら、目の前、朝日屋さんだから」と教えてくれる。
「ありがとう」と礼を言ってY字路の角に建つ宿の玄関前に降り立つと、終点の西大鳥まで空っぽのバスは走り去ってゆく。
玄関で「こんにちは」と声をかける。
出迎えた宿の女将さんが、すぐに部屋に案内してくれ「お風呂湧いてるから」と手回しがいい。
早速前夜、寝不足の夜行バスの疲れを取りに浴場へ。
広い浴槽で足を延ばしていると、泊り客がひとり扉を開ける。
「山ですか?」と訊ねると「釣りだ」と答える。
私は釣りをやらないが、井伏鱒二や開高健たちの綴ってきた渓流釣りの文学世界に傾倒した時期がある。
ちくま文庫から出ていた「イワナの夏」は良かったなぁ。
串田孫一やアルプの山文学のように、失われた遠い昔の風景やおだやかな郷愁の時間が甦ってくる。
さて千葉からきたという宿の常連らしい釣り客。
「尺(30cmくらい)は釣れますか?」と水を向けると「いやぁ、今日は29cm。でも、この間は40cm超えたよ」
と途端に饒舌になる。しばらく彼の釣り自慢に耳を傾ける。
温めのお湯に浸りながら話を聞いていると、なんだか山間の鄙びた湯治宿にて、まったりと「つげ義春の世界」に迷い込んだような心地。
その日の宿の泊り客は私を入れて5人だった。
夕食は山の幸三昧を期待していたが、意外と海の食材が多い。
ズラリと玄関内の壁に貼られた釣果の魚拓のようにイワナやヤマメそして伝説のタキタロウは無理だろうが鱒科の魚を期待していた。
藤沢周平の作品にも、よく地元の食材が登場するように、ここ庄内地方には数多くの旬の食材があるようだ。
ハゼの仲間だという(土地の名前を聞いたが忘れた)魚の煮物に、夏が旬だというイワガキ。
熱々の御飯にかけると美味しいというネギの刻みや豆腐料理に土地の漬物。そして山菜の煮物はどっさり。
麦酒を呑みながら、あれこれ摘まみ、たらふく食べた。
隣に座った二人連れの釣り客も常連らしく、しばらく二人だけで話していたが、
麦酒からお酒に変わる頃には、私に話を向けてきた。
釣り談義をしばらく聞いた後、山の話になり朝日連峰の情報を色々語ってくれた。
「昨日は、大鳥池の対岸で熊の親子を見た」とか、稜線の水場の話「銀玉水は、ぜひ飲みなさい」とか。
話の途中から彼らが福島から来ていることが分かった。
被災地への交通手段を、あれこれ訊ねた。
やはり海沿いの鉄道は無理みたいだ。
福島から三春方面への内陸鉄道を利用しようか?
でも彼らと話していて、興味本位で被曝した被災地を訪ねることに抵抗感もある。
山の格好をした明らかに遊び目的のおやじが、ずけずけと彼らの日常へ踏み入る無神経さ。
だんだん独り相撲しているようなプレッシャーを感じ始める。
食事の途中で、宿の若主人が「明日は抱滝ダム手前まで車で送ります」と言ってくれる。
泊り客には、こんなサービスをしてくれるらしい。
これなら、また秋にでも訪ねることも可能だ。
黄金色に輝くブナの森と稜線の草紅葉とミネカエデやナナカマドの真紅は好いだろうなぁ。
これから始まる山旅を飛び越えて、先の季節へと思いをはせるところが、いかにも短絡的だ(苦笑)
その夜は、山間地にしては少し蒸し暑い寝苦しい夜だった。
(冒頭の画像は以東岳手前の尾根より眺める朝日連峰縦走路。左奥の尖った山が主峰、大朝日岳。遠いなぁ。
そして下の画像は、今回の山旅のハイライトより一足先にヒメサユリ、別名、乙女百合。)
自然の恵みをつくづく感じます。
自分で登るのも好きですが、山行記を読むのも好きです。
特にランスケさんの臨場感溢れる文体が良いですね。
全体→地方→宿→釣り→福島→主目的と文章の流れも素晴らしい。
渓流釣りはニジマス程度ですが、このイワナは半端な大きさではありませんね。
美人の話、海坂藩の話、被災地の話、ヒメサユリの話・・・興味は尽きません。
今後の話に期待します。
やっと先程、2日目を書き終えました。
当初は朝日連峰山行記として一回でまとめるつもりでした。
ところが書き始めたら、長い長い。
とても一回では書き切れません(苦笑)
実は今日もハイライトを含めて終わらせように思っていました。
やっぱり無理。
さて明日は、いよいよ主稜線歩きのハイライト。
これに残りの画像と山旅のクライマックスを注ぎ込む予定。
えっ?また延びるかも。
う~ん判りませんね。
主稜線歩きのハイライトも首を長くしてまっております。
種々の理由もあり山に行けていません。
稜線を渡る風を感じる画像がいくつもならぶのでしょうか?それとも・・・
おそらく流れ星さんなら一週間、この地に滞在しても足りないだろうと(笑)
北国の春は圧倒的な生命の横溢です。
是非、レーサーさんと機会を作ってください。
私は、御存知の通り、生態としての植物よりも、その環境に息づく生命の美しさに魅かれます。
だから目についた対象しか写していないので、その他、流れ星さんなら目の色を変えるような植物は素通りしているかもしれません。
ご容赦を。
そして四国で見られる花は、ほとんど無視しました。
でもアカモノは、あまりに可愛いので(そして矢鱈に目につく)シャッターを切りました。
それと、あまりに群れ咲く群生写真も外しました。
日本人の原風景は、照葉樹林ではなく、この東北の落葉樹林にあると確信しています。
森と花の風景に心底癒された山旅でした。
あっ2日目、熊に会いました。
書き損ねたけど。