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HN天道(てんとう)

恋歌

2007年09月07日 | Weblog
「古今和歌集巻第十一」は「恋歌一」となっている。
古今集20巻に恋歌が占める割合は5巻、「恋歌五」まであることになる。
今日の講座の話。

  その冒頭の恋歌
  読人しらず

  ほととぎすなくやさ月のあやめぐさ あやめもしらぬこひをする哉

恋をすると何事も訳がわからなくなる、というほどの意味で有名な歌らしい。

平安時代は「通い婚」、男が女のもとに通う、という婚姻形態。
勿論一般庶民には縁がない貴族社会のお話だと思う。
社会の頂点に立った貴族は、日常生活は経済的にも困らず、太平の世、暇をもてあまして恋にエネルギーを注いでうつつをぬかしていたと思われる。
「源氏物語」なんかはそのさいたるものだと思う。

暇をもてあまさないと文学なんかは成長しない。
当時はどんな風にして恋人を見つけるんだろう。
女のほうは多分待つしかない、男に「今夜来て」ということは無理だろう。
男のほうは噂とか垣間見た姿を頼りに、和歌に思いの限りを込めて送り、何とかものにしようとしたのだろう。

逢うのは大抵夜だから、今のように照明が発達していない。
薄明かりの中でよく分らんままに夜を過ごしたはずだ。
朝の明かりの中でお互いに「あっ」と驚くこともあったろうと思う。

私も女房の寝顔に「あっ」と驚くことがある。
女房も同様の経験をしていると思う。