思いつくまま感じるまま。

身辺雑記です。
何でもありの記録
HN天道(てんとう)

天満天神繁盛亭

2007年10月31日 | Weblog
地下鉄「南森町」を出て天神橋筋商店街を3分ほど歩いて「大阪天満宮」の横に「天満天神繁盛亭」がある。
落語を聴きにいってきた。

女房が受講している落語講座の講師をつとめている「桂枝三郎」の落語を聞くためだ。
6時半から9時までの一人舞台。
3つの出し物だ。

こじんまりとした建物で客席も2階席を入れても200席くらいなのだろうか。
ほぼうずまっていた。

さすが話芸のプロだなと感心する。

最初のイントロで若手がひとり話をした。
今回が初舞台だと自分で言っていた。
「平林」の名前を題材にした落語で、女房が目下練習中の落語だが、この若手は途中から緊張して顔は強張りかなり間違えていた。
それも間違えてはいけない名前まで間違えて、最後のオチにうまく結びつかない状態まで混乱していた。
最後にふらふらして席を立ち、やっとの思いで退場したような有様。
ほんとに初舞台だったようだ。

ひょっとしたら女房のほうがマシかもしれない。
あれを聞いて女房は自信つけたかもしれない。
「場数」を踏む、これが自信繋がるのだろう、若手さんもそのうちに自信もついて成長していくのだろう。

ことばの乱れ

2007年10月30日 | Weblog
今日の講演のタイトルは「ことばの乱れ」
今回の10年ぶりの広辞苑の改訂にも一分野を担当したと言う某大学教授。
女子大に勤務しているので女子大生が使うことばについていろいろ講義されていた。
所謂「若者ことば」である。

通勤のシャトルバスの中での女子大生の会話を紹介していた。
ほんとに宇宙人の会話のようだ。
殆ど理解できない。
もちろん極端な例を挙げているのだと思うが。

ひとつ面白いと思ったのは、男性よりも女性のほうがことばに敏感で新語もどんどん取り入れていく傾向があるそうだ。
確かにブログを読んでいても40代までの女性は若者ことばを上手に取り入れて使いこなしているなあと思う。

それは女性のほうが若い人と会話する機会が多いこともひつの要因だが、女性は子供の頃からことばに対する「縛り」が多いためことばに敏感になる傾向があるんだといっていた。

「女の子がそんなことばを使ってはいけません」
「そんな乱暴なことばはダメ」

とかであろう。

誤用されることばも多いそうだが、誤用が一般的になってしまえばその誤用が正しいものとしての地位を占めるようになる。
そのことばの持つ響きから連想することが多いので、そういう使い方になってしまう。
本来の使い方とは違うと主張しても通用しなくなる。

 情けは人のためならず

「情けをかけるのはその人のためにならないよ」、と思うのは間違いで本来の意味は「人に情けをかければ回りまわって自分に帰ってくるのだから結局は自分のためになるのだよ」と言うことらしい。

まあ現実にこんな言い方はあまり使わないけどね。

亭主の長袖シャツ

2007年10月29日 | Weblog
前回のダンスレッスンを休んでいた彼女に聞いた。

「この前は休んでた?」
「ええ、突然の用事が出来てね」
「そうだったの」
「亭主の長袖シャツよ」
「え?」
「亭主が明日のゴルフに着て行く長袖シャツがない、と言い出してね。2着あったはずが1枚もない。明日ゴルフにいけないと騒ぐの。私も探し回ったけど無いのよね。それも私がダンスに出かけようとしている時間に言い出すのよ。仕方ないから私が知ってる店に電話したら8時ごろまでは開けてるからというので私が長袖シャツ買いに行ったわよ、それでこの前のレツスンは来れなかったの」

と言うお話。
従順な奥さんだこと。
うちの女房なら
「長袖シャツ無くて出来ないんなら、ゴルフなんか行くの止めなさいっ」
と終わるとこだ。
私は、ゴルフはとうの昔に止めてますけど。

昨日・今日

2007年10月28日 | Weblog
昨晩は近所のカラオケの店に「演劇のポスター」を貼らせて貰いに行った。
今回のポスターはÅ2版でなかなか立派な出来、派手すぎず地味すぎず、結構格調高く出来上がっていると気に入っている。

これから1ケ月間ずっと貼ってあることになる。
入ってくる客も「これ何?」と興味深かげに見る。
よくよく見れば小さな字で私の名前もキャストの一人として書いてある。
このポスターがどれほどの効果があるかは分らない。

とりあえず4人は見に来てもらえることになった。

そして今日は市の文化祭でダンスを披露する日だ。
今日まで3ケ月くらい練習してきたことになる。
1時間半前に集合、しばし練習する。
本番はホールで披露。
最初はワルツのペア、次は私達5組がチャチャ、そしてダンス講師のタンゴ、最後に飛び入り歓迎の「巡り合いパーティ」

まあまあ、うまくいった。
打ち上げは某ホテルでの昼食バイキング、20人ほどが参加して3時過ぎまで「おしやべり」が続いた。
私は車なのでビールは飲めない。
ちくしょう、と思ったがまあ楽しく過ごした。

秘密の友人(Secret Pal)

2007年10月27日 | Weblog
今日の昼ぼんやりテレビを見ていた。
こんな話だった。

アメリカのある小学生が熱を出して母親は風邪かと思ったが治らないので病院に連れて行った。
検査は1日かかった。
そして結論は癌にかかっていることが分る、悪性リンパ腫で相当進行していて半年の命だと宣告される。
それから家でその小学生の闘病生活が始まる。
治療の副作用で頭髪も全て抜けてしまう。

暫くは学校の友達からたくさんの手紙が来る。
「早くよくなってね」
「また学校に出てくる日を待ってるよ」
そんな手紙を毎日心待ちにして生きていく。

毎日郵便が配達されるのを郵便受けで待っている。
次第に手紙の数が減っていき、少年は友達からだんだん忘れられていくような寂しさを感じ始める。

母親は寂しげな息子に心痛め、意を決して息子の友人に会いに行って、また手紙を出してくれるように頼みに行く。
暫くの間友人達の手紙が続くがそれも次第に回数は減っていく。

母親は自分が手紙を書く決意をする。
そして「秘密の友人」という匿名で息子宛の手紙を毎晩書き始める。
いつも、手紙の最後の差出人名に「Secret Pal」と書いて息子宛に発送していたのだ。

息子もその手紙を毎日心待ちにして生き延びていく。
半年の命と宣告されながら、その何倍もの命を生きた。

あるとき息子は「秘密の友人」宛に返事を書いて母親のところに持ってくる。
この返事を出して欲しいと母親に頼む。
母親は困ってしまって一晩悩む。
そして息子が書いた返事の手紙を開封してみる。

「秘密の友人」へ、と題した返事。
クリスマスの贈り物に貰った青色のセーターがとても嬉しかったことなどが書いてある。
そして最後に
「長い間ありがとうママ」と書いてある。

息子は「秘密の友人」が自分の母親であることを知っていたのだ。

しかし、母親はまた「秘密の友人」として返事を書く。
こうして2人の文通は暫く後に彼が死ぬまで息子と「秘密の友人」として続いた。

家で孤独な闘病生活を続ける彼にとって手紙が届くことは「命」だったのだ。

2人とも泣かせるじゃねえか、クソッ。

曇り空

2007年10月25日 | Weblog
日が差したと思うとまた今にも降り出しそうな曇り空になる。
とうとう外出することを止める決心がついた。

特に目的のない外出予定だからいくらでも取り消しがきく。
せいぜい本屋に立ち寄るかカラオケの店に飛び込むか、ただ訳もなく散歩するかだ。

はっきりした目的意識があれば天候に関係なく行動する。
流されるままに生きていると天候にさえ行動を左右される。

そんなことを思いながらブログを書いている。
ソファーで寝転がっているよりはいいかもしれない。

広辞苑

2007年10月25日 | Weblog
「広辞苑」と言えば「広辞苑によれば…」と言われるほど日本語辞書として権威ある辞書のようです。
今回また改訂版が発刊される予定とのこと。
お値段も結構高い。

我が家にも改定前のそれが置いてある。
しかし、今回は「売れるんかいな」と思ってしまう。

活字離れが進んでいる昨今、意味のわからない言葉・漢字に出会ってもそれを調べてみようとか考える人がどの程度いるのかなと思ってしまう。
パソコンが普及して現在はパソコンのキーをたたくほうが簡単にアクセスできる。
辞書もPCに入っている。
分厚い辞書を開けてみようという気にもならないのではないか。

私も細かい字を読むのが苦痛になってきて殆ど電子辞書しか使わなくなった。
それも活字が大きく見えるように設定している。
「広辞苑」もその電子辞書に収まっている。
それと殆どはインターネットで用を済ますことができる。

今回の広辞苑は新しいカタカナ語とか、若者言葉とか新造語などを含めて焼く1万語追加されているとか。
新語が増えるペースは年々ピッチが速まっているそうだ。

そのうちに若者と年配者間では言葉が通じなくなるかもしれない。