思いつくまま感じるまま。

身辺雑記です。
何でもありの記録
HN天道(てんとう)

期待はずれ

2011年04月29日 | Weblog
日帰りのバス旅行に行ってきました。
春日大社、太巌寺、御在所岳ロープウェイ。
藤の花と水芭蕉の見頃のはずでした。

ところがいずれも1週間から10日程度遅れているとのことで殆どまだ「蕾」
かすかに「チラホラ」花が見える程度、水芭蕉は群生しているはずが姿も見えませんでした。

しかしバスのなかでは皆よくしゃべりますね。
夫婦で来ている人は誠に「静か」
男同士、女同士で来ているグループはサエズリが著しい。

帰り着いたときは「今日はホントに楽しかったア」と叫んでおります。

花よりビール、花よりおしゃべり、と言ったところでしょうか。
旅の楽しみは、人とのふれ合いを楽しむことかもしれません。

後ろの席のおばあさん二人は初対面のようでしたが、自分生い立ちから結婚、子育て、飼っている犬から小鳥、亭主のこと、孫のことまでの人生の一部始終を語り終えておりました。

あつかましいおっさん

2011年04月27日 | Weblog
今日英会話の教室に
「見学させてください」とおっさんが入ってきました。

今日はいつもの講師が休みで代わりのアメリカ人講師が来ておりました。
彼の自己紹介が終わり生徒の自己紹介も終わりフリートーキングの時間です。

そのおっさん
「私は長い間英語の勉強してきましたが未だに会話は苦手です」と勿論英語で。
その後延々としゃべります、英語で。
苦手ですと言ったのは嘘かい、と思うくらいしゃべり続けます。
彼は大工をしていたそうでいわゆる「鬼門」の話を更に延々と続けます。

このへんからヒンシュクです。
みんな「ちょっとあんたいつまで一人でしゃべり続けるんかい」と呆れ顔。

この英会話サークルに入って欲しいような欲しくないような。
多分入会してもやめざるを得なくなるんじゃないかい、と思いました。
世界は自分中心に回っていると思っているのかも。

どんな人生送ってきたんだ、お前さん、と言いたい感じです。

ボランティアのお手伝い

2011年04月25日 | Weblog
今日は何かと忙しい日です。
午前中はヨガ教室、申し込みの抽選に当りました。
又もや男子は一人だけ、あとは全員昔女子でした。
終わると細胞が少しだけ若返るような気がします。

午後は某デイケアサービスでかみさんのボランティア活動のお手伝い。
かみさんは司会と落語、日本舞踊の友達5人、私は運転手および場所の設営。
1時間少々のボランテイァでした。
最後は「柿の木坂の家」と「りんごの歌」を入所者を含めて全員で歌いました。

夜は90分間のダンスのレッスンが控えております。

ああ忙し。

統一地方選

2011年04月23日 | Weblog
当市でも市長と市議会議員の選挙が明日行われる。
いずれも誰に投票するか決めてない。

市民の皆さんは何を基準にして投票するのだろうか。

私は立候補者のひととなりを殆ど知らない。
市の広報に載っているそれぞれの方たちの主張を読んでは見るが大体よく似ている。
立会演説会なんかもやっているのかも知れないが聞きに行ったことも無い。

選挙運動も後数時間、うるさいほど選挙カーで大声で回ってくる。

ただ「○○○をよろしくお願いします」だけでは分からない。
最後だから何とか名前だけでも印象付けようとしているのかもしれない。

あんまりうるさい奴は敬遠かな。
いつも投票には散歩がてら行くことにしている。

ドジを踏む

2011年04月23日 | Weblog
かみさん温泉旅行、おばあちゃんら7人を引き連れて一泊旅行だ。
今夜は全部ひとりで、という訳。

風呂にはいろうとお湯はりの電源を入れてしばらくすると「出来ましたよ」の合図がピッピッと鳴る。
「よっしゃ」と風呂場で蓋を開けると湯は空ら。
風呂の栓をしていなかった。

空なのになんでピッピッと鳴るんじゃい、と怒ってもしようがない。
一定時間だけ湯はりをしたら終了する仕組みだなと分かった。

仕方ないので空の湯船に入って「湯はり」のボタンを押す。
なかなか湯は増えてこない。
寒いので湯船の底に膝を折立てて仰向けになって、少ない湯を手でお腹のうえにまわしながら湯が増えてくるのを待つ。

とんだドジだったわい。
笑ってやって下さい。

農耕民族の横並び主義

2011年04月20日 | Weblog
皆が田植えを始めたら「田植え」の時期だ、短い期間に仕事を終えなければならない。
皆で助け合い自分も助けてもらう。
稲刈りも同じこと。
自然と気象にあわせてみんなと同じ格好で働くことが必要だ。

みんな野良着で働く。
背広では働けない。

大工場の工場長も作業着を着ている人は多い。
実際に工員と同じ作業をする訳ではないから、本当は必要で無い。
「君たちと同じ釜の飯を食ってるぞ」という意識のファッションだ。

政治家もその辺のところは敏感だ。
一旦事有ればいつも真新しい作業着ファッションで登場する。
勿論シミひとつない。
「国民と共に痛みを分かちあって働いておりますぞ」
と表明している。

レンホウさんの縦エリも消えた。
地味な服装で「私も働いておりますわよ」と言う姿勢だ。

「俺はデスクワーク専門の頭脳集団だから、作業服はいらねえ」と言う政治家も居っていいかもしれないが、それはそれでヒンシュクを買うかもしれない。

最近は背広になったり作業着になったり、その日の気分で替えているのかなと思われる政治家も多くなった。
作業着が本当に汚れるほど仕事して欲しい。

それにつけても福島原発の第一線で死ぬ思いで働いている下請け・孫請けの社員には頭が下がります。
もう少し待遇を改善してやれよ、と言いたい。
奴隷扱いかい。

人のために何かを

2011年04月19日 | Weblog
人は他人との関わりの中で生きている。
ひとりきりでは生きられない宿命がある。

「誉められる」
「感謝される」
「信頼される」
これは気持ちよくなれる関係だ。

「けなされる」
「嘲笑される」
「馬鹿にされる」
「欠点を指摘される」
「疎外される」
これは気分を沈みこませる関係だ。

日常的にこんな関係の中で生きている。
ただ道を歩いているだけでも人との間に頻繁にそんな関係が生じる。

そしてそのひとつひとつに感情が揺り動かされる。
勇気が出てきたり、落胆したり挙句の果てには絶望したりまでする。

ボランティア活動に携わる人たちは、生き生きと活動している。
ひとのために何かをしているという意識は精神衛生上は大変よろしい。
さりげなく活動する人は更にいい。

震災義捐金
堂々と宣言して大枚を義捐金として拠出するひと。
人知れず大金を寄付している人。

いずれも素晴らしい。

「今あなたにうたいたい~和田アキ子に捧げる歌~」

2011年04月17日 | Weblog
和田アキ子の歌を一度は歌ってみたいと思っていた。
歌唱力抜群の彼女の歌を歌うのは到底無理、声質も全然違うしと思っていたが、それでも彼女の歌には惹かれる。

1曲だけでも練習してみようと「今あなたにうたいたい」を選んだ、と言うよりたまたま最近聞いたからだと思う。
親友の加藤登紀子が和田アキ子のデビュー20周年にあわせて作った曲だと書いてある。

「あなたのために」
彼女は誰のために歌っているのだろうか。
それは歌う人自身の思いでいいと思う。

彼女は過去に出会った多くの人たちを脳裏に浮かべて歌っているような気がする。
いつも思いがこもったような歌い方をする。

「あっしにゃチョイト無理かもしんねえな」とは思うが、とりあえずはキチンと覚えてキチンと歌うことに挑戦しよう。
声量は違うから彼女のようには歌える訳ないけど。
紅白ではマイクを外してあの声量だったし。

それにしてもこの歌いいよな。