夜汽車

夜更けの妄想が車窓を過ぎる

中国、戦争準備のニュース

2013年01月15日 11時48分14秒 | 日記
 今朝のインターネットニュースに中国指導部が戦争の備えをするよう軍に指示した、との記事を見た。また、かつてドイツや日本が戦争に踏み切った事例と比較して中国は必ず暴発する、との記事を2,3日前に読んだ。
 またしても旧約聖書エゼキエル書38,39章が思い出された。”マゴグの地の民衆の王ゴグ、おまえの顎に鈎を掛けてお前を引き出して罰する・・・お前は垣根も門の閂もなく安らかに住む者たちを攻めようと出てくる・・・シバ、デダン、タルシシの商人は言う、”財宝を掠め取ろうとするか?”と・・・ちなみにタルシシとはヨナ書あたりから見当をつければ地中海沿岸地方のようだ。さらに”聖書は言う、”我、剣を我が全ての山に呼び来りて彼を攻めしめん、人々の剣その兄弟を撃つべし・・・彼らはイスラエルの山に仆れん・・・イスラエルの意味はイスラが戦い、エルが神、即ちイスラエルの山とは”神の戦場”。
 中国の内部矛盾はどうあっても戦争をしなければ”指導組織の崩壊”をまぬがれ得ないところまで来ているのでないか?すると昨今のニュースから考えれば対日暴発が最も考えられる。しかしこれこそ何ら正当な理由のない”邪悪な行為”であろう。これに対して西欧は非難の声を上げる。しかしゴグ(中共)は行動に出る、思いもよらず国内混乱、内部崩壊が始まる・・・人間智では考えも及ばない事が・・聖書によれば自然災害らしき記述もある・・起こるのではないだろうか。
 世界経済は歩みを止める、混乱が世界中に波及する、そういう心配も考えられよう。まさにその時、必要になるのが日本人の民度、市民常識、節度、冷静さ、などではあるまいか。しかし中国の一般民衆はどうなるだろうか、気の毒な目に逢う人々も居るのではなかろうか。
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宗教遍歴した理由:イジメ

2013年01月12日 10時41分46秒 | 日記
1.愛情と勘違いした苛め・・・ある種の母親は”自己の依存的性格”つまり自ら”独立した人”としての自信の無さに由来する、”子供の存在が自分の存在と幸せ”に不可欠の要素との内的観念からこれを舐めるように育てる。その舐める行為は厳しい躾と”外界からの心的ヨゴレ”からの遮断である。こうしてその子供は”純粋培養されたひ弱な花”、”お人形さん”になる。結果、厳しい社会でうまく泳げない大人になる。
2.嫉みや自分自身の内的葛藤、或いは家庭内葛藤の発散としての苛め・・・所謂イジメである。
 もの心ついて間もなく父が2.のイジメに逢うのを目撃、自身は1,2両方の苛めを体験、その結果は言うまでもなく宗教に多大の関心、とりわけ”人間社会の葛藤の消滅”を言う終末思想に脚を取られた。これがエホバの証人になった、そして中々抜けられなかった理由である。1.は愛情の仮面をかぶっていたせいで、2.は介入する人があって長く続かなかったせいもあって表面的には私は”何事もない少年”だった。だが心のキズ、今で言うトラウマはかなりのものだった。正直、父を苛んだ人々、私を学校で、また下校途中で苛めた少年たちには今なお強烈な憎悪の念がある。
 ましてや昨近見聞するイジメや体罰にはこう言いたい・・・聖書の神は過失については逃れる方途を用意しているし、悔い改めた者には寛容だが”意図した意地悪”は”邪悪”と処断し非常に厳しい。
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”天に財を積む”、”義なる人の子供が糧請い歩くを・・・”の独断解釈

2013年01月10日 09時04分55秒 | 日記
 人がする仕事を ”対価”の観点から分類すれば ”対価あり”、”対価なし”、”貸し方超過”、”借り方超過”になるだろう。
 対価ありと借り方超過は例えば『円』で報酬を受け取っているからそれで終わる。貸し方超過と対価なしの場合が”天に財を積む”ことになろう。典型的な例はボランティア活動だろう。人や事やモノに仕えるのも似たようなものではなかろうか。
 ある引き篭もり若者が何とか這い上がろうと必死に勉強した、無論誰も知らない。しかし世間はその引き篭もりにだけ眼を向けて勉強の成果に眼もくれなかった。・・・どうなったと思う?
 どういうわけかその勉強の成果でも何でもない方面で何とか生きて行けるようになった。私思うに、これが天に積まれた財の償還だろう。日本で、を例にすれば”見返りのない労”は『円』ではなく例えば『金』で天に預金される。すると、どこの国へ行っても、何時でも、その金が時と場所に必要な通貨になって償還される。
 子供、少年、少女、若者が懸命に勉強する、何かに打ち込む、これらに無駄は一切ない。見返りが得られなかった全てが『天に於ける金』で蓄積される。彼、彼女は人生の何時でも、必要な時期にそれが適切な形で支払われることを経験する。この”天に積まれる”ものを日本人は『徳』と言う。そこから『有徳人』なる言葉が生まれた。
 この『徳』を自分で使い尽くさなかった人の場合、子孫が償還を受ける。賢者ソロモンは箴言の中で言う・・”義なる人の子供が糧乞い歩くを見しことなし”と。
 今、繁栄している人が親や先祖に感謝すべき理由はここにある。同時に貰った徳を遣い尽くさぬようにしなければならない。
 今、苦境にある、将来が見えないと悩む必要はない。人生を全体として捉える、自分を『神』としか表現しようのない存在のほんのわずかな揺らぎと捉える時、その揺らぎに加わった何か積極的なものは全てその波動の要素として蓄積され、やがて必要な時に必要な形になって現象化する。
 これがイエス・キリストの言った”天に財を積みなさい”の真意である。
 引き篭もりの子弟を持つ親たち、子供が置かれた状況に真剣に立ち向かっているならば心配せずに共に歩む、後姿を見守る、その眼差しが大切!、決して前に立ちはだかって騒いではならない。
 企業の面々、”ハローワークで指導するような立ち居振る舞い”が人間の能力ではない。そんなものはあなたの会社に何の新しい価値も付与しない。あなたが払う対価分の仕事しかしない。オーラを識別しなければならない。
 何度就活してもうまく行かない若者、落胆する必要はない。うまく行かなかった就職先はあなたがこの世界に遊学する前に計画した”地球上人間世界”での勉学修行計画書に記載されていない事柄なのだ。必要な時に必要な事が目の前に現われる。
 老人は知っている、”何十年も前のあの苦しみは今日の喜びの為に有った!”
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ドラマ”山本五十六大将”を見ての疑問2

2013年01月09日 16時41分37秒 | 日記
 このドラマでもう一つ印象に残ったのが”報道”である。”民衆を考える理想に向けて誘導するのが我々の使命だ”と言う意味のことが劇中言われた。そのとき、”自分が報道やメディアを嫌いなのはこのことだな!”と気が着いた。
 現在新聞を二つ購読している。大きい見出しがどのように違うかをザッと見るとその新聞の姿勢が見える。政府の方針の何を重要視、従って国家の在りようをどう考えているかも見える。それでいいのだろうか??場合によってはとんでもない方向に民衆を導き、あの1945年8月15日の崖に立たせることになる。これは国家転覆の大罪にも匹敵するのではないか?
 故に思うに、原則として報道は無色透明、”単に事実を伝える”に徹すべきではないのか?報道が国民を”教育”しようとすると考えるとすればそれは”分を超えた”行いではないか? 教育が方向を誤ればどんなに厄介な結果を招くかはごくごく最近の近隣諸国の姿を見れば解るだろう。
 報道人にならなくて良かった。とんでもない罪作りをするところだった。
 
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ドラマ”山本五十六大将”を見ての疑問1

2013年01月09日 16時10分19秒 | 日記
 見ながら”日本人の組織”というものを考え続けた。会社に就職して最初から最後まで内心に微かな苛立ちを覚え続けた特徴、傾向がこのドラマにも垣間見え、やはり苛立ちを覚えながら見た。
 陸海軍があの”八甲田山死の行軍”を吟味していればもう少しはマシな指揮が出来たのではなかろうか?アメリカに敗れた要因は色々あろうが”組織のクセ”もその一要素ではなかっただろうか。組織と言うものの観点から敗戦を吟味してあるのだろうか?不勉強にしてそのような事を論じた書籍などを見た事がない。
 それどころか”組織のクセ、あるパターン”は現在も変わっていないように見える。その同じクセ、パターンでここ20年ばかりの景気の低迷、商品開発の方向錯誤、もっと大きくは政策のズレ、などがあるのではないか?さらに、日本人は集団戦闘に強いと、昔聞いたが、むしろ集団になるとダメになるのではないか?パナソニックもソニーもホンダもオヤジを失ってから輝きが薄れたように思えてならない。
 もしかして日本人はこの重要性に気がついていないのではあるまいか?あまりに解りきった事ゆえに。学生時代、卒業したら企業に就職することが分かっていた我々に大学はこのような方面の何の示唆も言及もなかった。今はどうなっているだろうか?
 経験から、『これらが原因』と考える要素を挙げると次のような点・・・つまり”余りに解りきったこと”なのである。
 1.現場を知らない人々が現場を動かす傾向がある。
 2.決断する立場の人が自らの目・耳で確認しない。伝聞で決定する。
 3、指揮系統が一本に絞られていない。実行者に大して複数の命令系統がある。
 4、秀才が多い。決断者は度胸、決断力と同時に小心で猜疑心が強い、相反する性格を持っていなければならないと思う。典型的な例は織田信長?
 これらに通底する要因として日本人の組織は”学校秀才、試験巧者、弁論巧者、強引者”などが主導する傾向にあるのではないか?
 一方のアメリカは”自分たちはバカだ”、”人間は間違うものである”を出発点としてマニュアル化等を模索、それで月までロケットを飛ばした。
 ”日本再生”と言う場合、一度、”日本人の組織のクセ”を吟味して見る必要がないか??

付記:今日は疲れているからと、人にハンドルを握らせて置いて助手席からぐちゃぐちゃ煩く指図したり雑言を吐く者が居る。”ハンドルを握らせたらドライバーに命を預けろ!” 
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