7/5にシャシャンボの花をupしましたが、今小さい実をつけています。噛んでみると、確かに酸っぱい味がします。しかし、日本のブルーベリーとは言われているものの、とてもその味には及びません。大きさもブルーベリーの半分以下。花はブルーベリーとそっくりだったのに・・・馬酔にも似た白い小さな花でした。我家のブルーベリーは、防虫を怠ったせいか今年は実がありません。
木曽川流域の3市町・各務原市、犬山市、岐南町が木曽川学協議会を平成16年に設立。機関誌「木曽川学研究」(年刊)を出して4年。A4判、300ページ余の分厚い本が4冊送られて来ました。(写真は創刊号)
その研究分野は、木曽川考古学・歴史学部会、木曽川自然環境部会、木曽川民俗学・伝統文化部会に分かれています。
木曽川学のシンポジウムが開催されていることは知っていましたが、こんなに充実しているとは思いませんでした。創刊号は、壬申の乱のことなどが掲載されています。執筆されているのは学者ばかりです。その方々が、我家の長屋門を見学に来られたのです(12/1up)。この度、門見学のお礼として立派な研究書が贈られ恐縮しています。こちらこそお世話になったのに・・・
4冊とも表紙の写真は同じで、向かって左側が愛知県、右側が岐阜県。愛知県側に小さく犬山城が見えます。鉄橋は名鉄電車(犬山線)が走っています。
木曽川学協議会の皆様、ありがとうございます。
その研究分野は、木曽川考古学・歴史学部会、木曽川自然環境部会、木曽川民俗学・伝統文化部会に分かれています。
木曽川学のシンポジウムが開催されていることは知っていましたが、こんなに充実しているとは思いませんでした。創刊号は、壬申の乱のことなどが掲載されています。執筆されているのは学者ばかりです。その方々が、我家の長屋門を見学に来られたのです(12/1up)。この度、門見学のお礼として立派な研究書が贈られ恐縮しています。こちらこそお世話になったのに・・・
4冊とも表紙の写真は同じで、向かって左側が愛知県、右側が岐阜県。愛知県側に小さく犬山城が見えます。鉄橋は名鉄電車(犬山線)が走っています。
木曽川学協議会の皆様、ありがとうございます。
今年の12月は、民生委員の交替の時期です。任期を終えた人は辞められ、その後の新任がこの町では16人。半数近く交替しました。私はまだ一期3年を終えたところです。一昨日は、長期務めている人が表彰されました。舛添厚生労働大臣と、岐阜県知事の辞令書もいただいてきました。3年前は尾辻大臣のものでした。
民生委員は自治会長らと共に小学校の道徳教育の参観に来るよう知らせがあり、昨日出かけました。写真は、一年生の授業風景。文渓堂(岐阜県)の教材から、「はしのうえのおおかみ」です。強い動物ほどやさしいということを教えています。他のクラスは、未熟児で生まれた妹のことや、海外の童話、家のお手伝いとか授業内容が工夫されていました。写真の先生はマタニティドレス。これも教育にいいでしょう。
民生委員は自治会長らと共に小学校の道徳教育の参観に来るよう知らせがあり、昨日出かけました。写真は、一年生の授業風景。文渓堂(岐阜県)の教材から、「はしのうえのおおかみ」です。強い動物ほどやさしいということを教えています。他のクラスは、未熟児で生まれた妹のことや、海外の童話、家のお手伝いとか授業内容が工夫されていました。写真の先生はマタニティドレス。これも教育にいいでしょう。
蛸の干物です。本当は、これが海浜に干されている姿を写真に撮りたかったのですが・・・
日間賀島西港に午後下船した時、店先に干されている姿を見て、明日朝日とともに撮ろうと思っていたら、翌日は雨。干物はもう片付けられていました。夕日があんなにきれいだったのに・・・
でも、お昼頃から晴れて、常滑散策は傘なしで大丈夫でした。
干物には蛸飯のレシピが付けられていましたが、かるく炙った方が塩味がきいておいしいです。明石でも同じものが見られます。
日間賀島西港に午後下船した時、店先に干されている姿を見て、明日朝日とともに撮ろうと思っていたら、翌日は雨。干物はもう片付けられていました。夕日があんなにきれいだったのに・・・
でも、お昼頃から晴れて、常滑散策は傘なしで大丈夫でした。
干物には蛸飯のレシピが付けられていましたが、かるく炙った方が塩味がきいておいしいです。明石でも同じものが見られます。
日間賀島の旅の帰りに、久しぶりに常滑(とこなめ)に寄りました。下車したのは、45年ぶり。日本六古窯の1つである焼物の町から、中部国際空港もある町に変身しました。空港の1つ手前の駅で下車。土管や焼酎瓶が廃物利用され、石垣の石の代わりにはめ込まれています。(写真下)駅前からつづく「やきもの散歩道」を歩きながら、陶磁器のショッピングもできます。いつも見る美濃焼とは、少し違うような気がして記念にひとつ買い求めました。女6人でティータイムを取り、帰途につきました。
上の写真は重要文化財の登り窯。中の写真は、町のあちこちに残る古い煙突の1つ。蔦が這っているものもありました。

上の写真は重要文化財の登り窯。中の写真は、町のあちこちに残る古い煙突の1つ。蔦が這っているものもありました。


同窓会で、三河湾に浮かぶ小島・日間賀(ひまか)島に出かけました。知多半島の先端近くにあり、奈良時代から漁業が続いている小島で、人口約2000人。周囲5km。名鉄河和から高速船で20分。かつてはフカ漁もありましたが、今はタコ、フグ、海苔中心で、頻繁に観光客が船で渡ってきます。
聞くところによれば、最近下関のフグも不足がちでこの島からも送られているとか・・・
島の資料館には、蛸漁などの変遷が分かる漁具や写真が展示してあります。蛸は比較的繁殖力が強いのですが、養殖は出来ないそうです。兵庫県にいたころ、よく明石の蛸を「魚の棚」に買いに行ったことを思い出します。写真は料理の最後に出た蛸飯。
下の写真は西港から見た入日。
聞くところによれば、最近下関のフグも不足がちでこの島からも送られているとか・・・
島の資料館には、蛸漁などの変遷が分かる漁具や写真が展示してあります。蛸は比較的繁殖力が強いのですが、養殖は出来ないそうです。兵庫県にいたころ、よく明石の蛸を「魚の棚」に買いに行ったことを思い出します。写真は料理の最後に出た蛸飯。
下の写真は西港から見た入日。

国語学者・斉藤孝氏の講演会のチケットを頂いたので、名古屋まで聞きに出かけました。40代の若さで、ベストセラーを出し一世を風靡している人はどのような人かと思ったら、随分明るくて驚きました。国語学をここまで楽しめるものにした功績は大きいのではないでしょうか。著書「声を出して読みたい日本語」は、古典から近代までの作品を網羅してあります。最後に著書通りいっせいに音読。「平家物語」の那須与一の場面を音読すると、中学のとき、それを習った教室を思い出してしまいました。「・・・扇のかなめぎは・・・ひィふつとぞ射きッたる。・・・」などなど。
先生は、時には大きく「上機嫌」とプリントしたTシャツを着て歩き、これに振り向く人は、背中には「意味もなく」と書いてあるのに気づき納得するとか・・・そのシャツを見ながら世の中の人が、先生のように、みな上機嫌であったらどんなにいいかと思いました。撮影禁止のため、写真は会場のホテルの前から撮った秋の名古屋城石垣。Gさん、ありがとう。
先生は、時には大きく「上機嫌」とプリントしたTシャツを着て歩き、これに振り向く人は、背中には「意味もなく」と書いてあるのに気づき納得するとか・・・そのシャツを見ながら世の中の人が、先生のように、みな上機嫌であったらどんなにいいかと思いました。撮影禁止のため、写真は会場のホテルの前から撮った秋の名古屋城石垣。Gさん、ありがとう。
長屋門展示室を公開して一年。これまで約200人のお客様を迎えました。昨日は、木曽川学研究所のご一行様を迎え、専門家の貴重なご意見を聞くことができ、公開して本当によかったと思っています。
N大学名誉教授、古文書研究家の方々から有り難い助言を受けました。時代が不明でラベルも付けられなかった壺が鎌倉時代のものと分かり、父が生きていたらどんなに喜んだでしょうか。その四耳壺は、父が多治見で拾い集めた破片を、苦労して石膏でつなぎ合わせたものです。その形式から古いことは分かりますが、時代が特定できませんでした。(写真下)
古文書は私が関西にいたころ、古文書教室に通い、解読していましたが、まだ一部残っています。
N大学名誉教授、古文書研究家の方々から有り難い助言を受けました。時代が不明でラベルも付けられなかった壺が鎌倉時代のものと分かり、父が生きていたらどんなに喜んだでしょうか。その四耳壺は、父が多治見で拾い集めた破片を、苦労して石膏でつなぎ合わせたものです。その形式から古いことは分かりますが、時代が特定できませんでした。(写真下)
古文書は私が関西にいたころ、古文書教室に通い、解読していましたが、まだ一部残っています。
