台風
台風の余波だろうか。明け方から降り始めた雨は次第に雨脚が強くなり、すぐに本降りになった。その日私は雨の中、車を走らせていた。せわしげに往復するワイパーは、フロントガラス越しに交換の時期を教えていた。
突然前を走っていた車がスピードを落とし、何かをよけるように大きく曲がってそのまま走り去った。ハッとしたと同時に感じた嫌な予感は的中し、見たくもないものを見てしまった。雨の中道路に倒れていたのは二匹の子猫だった。しかも一匹はまだ生きていた。
見なかったことにして通り過ぎ、帰りは違う道を帰ろうと思っていたのに。気が付くと通り慣れた道を走っていた。目は自然と生きていた子猫の方に向いた。「もう死んでいる」と思った時に子猫が頭を上げた。それでも知らん顔して通り過ぎたのだが、家に帰るとすぐに車をUターンさせた。
子猫はその日ずっと眠ったままだったが、翌日目をさましてかすれた声で鳴いた。運の強い猫だと思ってラッキーと名付けた。
ところが収まらないのは前から我が家にいた猫のハナコだ。子猫だから仲良くなれるだろうと思った、私の考えが甘かった。ハナコの怒ること怒ること。以来台風はずっと我が家に停滞したままだ。
2013年11月
ラッキーや
明け方ラッキーの夢を見て目が覚めた。ラッキーを拾ったのは昨年の台風の日だった。雨に打たれて道路のアスファルトの上に、へばり付くように倒れていた。そして今年、盆前の台風の日に突然姿が見えなくなった。台風が去年の忘れ物を取りに来たのだろうか。
翌日ご近所の方が首輪を拾って届けてくれた。慌てて落ちていた所に探しに行くと、近くの藪の中に網が落ちていた。それは去年私が田圃に張った網だった。しまい忘れていた物を、鹿が角にでも引っかけて運んだのだろうか。ラッキーはこれを私に教えたくて、首輪を落として行ったような気がする。
夢の中のラッキーはどこかの優しいご夫婦に拾われていた。とても元気で前脚の縞模様が美しく、尻尾がフワフワとしていた。私が抱くと「ああ、お母さん」と鳴いた。「一緒に帰ろう」と言うと、腕の中をすり抜けて走ってどこかに行ってしまった。
さようならラッキー。もう帰ってこないんだね。寂しかったけれど少し安心した。
「立ち別れ 因幡の山の 峰に生うる まつとし聞かば 今帰り来む」戸口に張った猫の帰って来るおまじないを書いた紙が、いつの間にか剥がれていた。
2014年12月