紙切れのように小さく折りたたんで心の隅にしまったまま、忘れてしまいたいことが誰にでもある。それを取り出して、決して破らないように丁重に開いていく。向田邦子の「思い出トランプ」はそんな作品だ。
トランプの数と同じ十三の、いい齢をした男と女の物語。紙切れが開かれると、男たちは一様に慌てふためき、女たちは何くわぬ顔をしていつもと変わらぬ生活を送る。
前半の三編「かわうそ」「だらだら坂」「はめ殺し窓」は女の一番気にしているところを愛してしまった男たちの話だ。女たちはそれを許さないとばかりにしっぺ返しをする。
ところが「男眉」の麻は二番目に気にしているところを、夫に揶揄される。しかし決してしっぺ返しはしない。「一番と二番で女の態度がこうも変わるのか」と驚くのが男で、頷くのが女だ。二番目ならば笑って許せるけど、一番目はタブーである。誉めても貶してもいけない。それにしても「かわうそ」の宅次の受難は、ちと度か過ぎるのでは……。
そう思った私の耳もとに、厚子の芝居がかった声が聞こえて来た。「だって、かわうそは残酷なンですもの」と。なるほど「鏡餅」や「牛蒡」に似ているなど、「かわうそ」に似ているに比べたら可愛いものだ。相手が悪かった。
向田邦子を凄いと思った作品である。
2012年10月文章講座
課題「心に残る一冊の本
トランプの数と同じ十三の、いい齢をした男と女の物語。紙切れが開かれると、男たちは一様に慌てふためき、女たちは何くわぬ顔をしていつもと変わらぬ生活を送る。
前半の三編「かわうそ」「だらだら坂」「はめ殺し窓」は女の一番気にしているところを愛してしまった男たちの話だ。女たちはそれを許さないとばかりにしっぺ返しをする。
ところが「男眉」の麻は二番目に気にしているところを、夫に揶揄される。しかし決してしっぺ返しはしない。「一番と二番で女の態度がこうも変わるのか」と驚くのが男で、頷くのが女だ。二番目ならば笑って許せるけど、一番目はタブーである。誉めても貶してもいけない。それにしても「かわうそ」の宅次の受難は、ちと度か過ぎるのでは……。
そう思った私の耳もとに、厚子の芝居がかった声が聞こえて来た。「だって、かわうそは残酷なンですもの」と。なるほど「鏡餅」や「牛蒡」に似ているなど、「かわうそ」に似ているに比べたら可愛いものだ。相手が悪かった。
向田邦子を凄いと思った作品である。
2012年10月文章講座
課題「心に残る一冊の本