草むしり作「わらじ猫」後13
大奥のお局さま わらじをくわえた犬
心配されていたお局様の腰も順調に快復に向かった。若様もこの頃で乳母によく懐き、夜中にお局様の寝床の中に潜りこんでくることも無くなった。上様もお夏のお方様とは仲睦まじく、若君を連れだって中庭などを歩いておられる。
心配事が無くなったせいか、お局さまの大奥での采配もますます冴え渡ってきた。今日も伊達殿と紀伊殿の縁談をひとつまとめた。さて明日はどの藩の縁談をまとめようかと思案していた。
「……………」
もの思いにふけっていて、そのままウトウトしてしまったのだろう。気がつくと部屋の中が暗くなっていた。もう夕暮れ間近なのだろう。さっき鳴いていたのは犬であろうか。ウツラウツラとした意識の中で犬の鳴き声を聞いた気がした。
―私としたことがうたた寝などしてしまった。
お局さまは誰にも見られていないか、部屋の中を見回した。少し空気を切れ換えようと中庭に面した襖を開けた。中庭の広間では小柄な女中が犬を遊ばせていた。
若君の乳母様の飼っているのは、狆という種類の小さな犬だった。犬の世話は部屋子のお玉にまかせっ放しだった。ところがお玉は実に犬の躾が上手で、乳母様の狆もお玉の言うことならよくきく。
お玉は毎日欠かさずに、明け方と夕暮れに狆を散歩させている。今も大奥の中庭を散歩させていたところだった。中庭の中央には広場があり、月見や花見の宴が催されるが普段はただの空き地になっている。お玉はここで鞠を放り投げて犬を遊ばせていた。今も鞠を放り投げたところだった。少し遠くに放りすぎたようだ、拾いに行ったきり犬がなかなか帰ってこない。
犬は鞠を銜えて戻ろうとしていた。すると池の端に植わっている松の木の下に鼻緒の切れたわらじが、片一方だけ落ちていた。犬は銜えていた鞠を口から放すと、わらじを銜えてお玉のところに持っていった。
お局さまは見るとは無しに女中が犬を遊ばせているところを見ていた。如何したのだろうか、鞠を追いかけて行ったきり犬が帰ってこない。遠くに飛ばしすぎたんだろと思っていたら、犬がやっと帰ってきた。
尻尾をくるくると振りながら女中のところに大急ぎで帰ってくる姿がなんともあいらしかった。よく見ると犬が銜えて帰ってきたのは鞠ではなかった。女中も犬の銜えて来たものを見ながら頭をひねっている。
―あれはいったい何を銜えて来たのだろうか。しかし犬も可愛いいものじゃ。
―あれはいったい何を銜えて来たのだろうか。しかし犬も可愛いいものじゃ。
とお局様は思った。
おわり
明日よりマーガレット・ミッチェル作荒このみ訳「風と共に去りぬ」第2部のあらすじ
を連載いたします。
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