この頃、自分で直接仕事をしない自分をよく見つける。
誰かに仕事をやらせて、その人を指導し間接的に仕事に携わるやり方が続いている。たぶん、指導的な立場に立つ機会が多くて、いつのまにか恒常化して当たり前の習慣になっているのだと思う。反対に自分ではやろうとしない自分がいることも確かである。「部下を育てるため」「組織で仕事をするため」「客観性を持たせるため」等という口実も十分に用意されている。しかし . . . 本文を読む
「人は何のために生きるのか」と時々疑問に思える時がある。 少年の時からの大疑問であり、未だに解決しているとは思えない。この頃のひとつの解答は「より良く生きる」と言うことである。「生きる目的はこれだ」と断言するのは無謀であり困難である。断言した途端に人生の広がりが固定されてしまう。人の人生は無限の広がりを持っており、毎日無限の広がりに向かって何某かの努力をしているのが現実であろう。努力のないところに . . . 本文を読む
平成16年2月末の北海道南部を襲った北の嵐はすごかった。
ちょうど出張中で、仕事が終わったのが土曜日だったので、せっかくだから日曜日スキーをして千歳空港から東京へ帰ろうと言うことになり、札幌国際スキー場で朝から午後2時くらいまで豪快なゲレンデ滑降を楽しんでいた。スキー場は多少吹雪いてはいたがそれほどでもなく多少重い春の新雪を楽しんでいた . . . 本文を読む
年末に向けて、直筆で大量の文字を書く機会が増えた。
近頃はキーボード入力が多いので直筆の機会が少なくなっており、たまに大量に書き物をすると、中指の第一関節にできた昔のペンだこが退化しているため、ペンがあたる部分が痛くなってくる。私は比較的筆圧は高い方で、力を入れて書く癖がついている。ある書家の方から「かな釘流」の流派を冗談でいただいたような悪筆である。基本的にはペンの持ち方が悪いのであるが、 . . . 本文を読む
昨年末は帰省して親孝行をしてきた。
84歳になる父親は以前よりも元気になって顔色も良くしっかりとした話が出来、弁舌も爽やかである。母親も相変わらずである。その父親の忠言は「金はあるのか?」「酒を呑みすぎるな」の二つである。50過ぎの中年おじさんを未だに子ども扱いしているが、その思いやりに胸がジーンとして感動してしまう。帰り . . . 本文を読む