乱鳥の書きなぐり

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『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 【5】十八丁ウ 井原西鶴  一巻五読了

2020-05-25 | 井原西鶴

 


 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 【5】十八丁ウ 井原西鶴

  

さもしくなしむ、抑(そも/\)丹前風(たんぜんふう)と申ハ、江戸(ゑど)にて

丹後殿前に、風呂ありし時、勝山(かつやま)といえるおんな、

すぐれて、情(なさけ)もふかく、髪かたち とりなり、袖口(そでぐち)廣(ひろ)く

つま高(たか)く、万(よろつ)に付(つけ)て、世の人に替(かハ)りて、一流(りう)是

よりはじめて、後(のち)ハもてはやして、吉原(よしはら)にしゆつ

せして、不思議(ふしぎ)の御かたにまでそいべし、ためし

なき女の侍り

 

さもしく なしむ、抑(そも/\)丹前風と申すは、江戸にて

丹後殿前に、風呂ありし時、勝山(かつやま)と言える女、

優れて、情けも深く、髪形 とりなり、袖口 広く

つま高く、万(よろづ)に付けて、世の人に替りて、一流 是

寄りはじめて、後はもてはやして、吉原に出

世して、不思議の御方にまでそうべし、試し

無き 女の侍り

抑(そも/\)

 そもそも【

 1.《接》説き起こす時に使う語。

2.《副》元来。
 
 (ヨク・おさえる そもそも)
 
 1.おさえつける。おさえつけてとめる。
 「抑圧・抑制・抑止・抑留・謙抑」
 2.さげる。「抑揚」
 
とりなり (身の取り回し)
 

しゆつせして (出世して)

 

 
 



『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 

【1】十六丁ウ 井原西鶴

十三夜の月、待宵(まつよい)めいげつ、いつくハ、あれと須磨(すま)は

殊更と、波(なみ)爰元(こゝもと)に、借(か)りきりの小舟(こぶね)、和田(わだ)の御崎

をめくれは、角(つの)の松原塩屋(まつはらしおや)といふ所ハ、敦盛(あつもり)をとつて

おさえて、熊谷(くまかへ)が付さしせしとほり、源氏酒(けんじさけ)と、たハ

ふれしもと、笑(わら)ひて、海(うみ)すこし見わたす、浜庇(はまひさし)に

舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいつる)花橘(はなたちはな)の

口をきりて、宵(よい)の程ハなくさむ業(わざ)も、次第(したい)に、月さへ

物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、つまなし鳥かと、なを淋(さい)しく

一夜も、只ハ暮らし難(かた)し、若ひ蜑(あま)人ハないかと、有ものに

まねかせててみるに、髪(かみ)に指櫛(さしくし)もなく、顔(かほ)に何(なに)塗(ぬる)事も

十三夜の月、待宵名月、何處はあれど、須磨は

殊更と、波 爰元に、借りきり小舟、和田の御崎

をめくれば、角の松原塩屋といふ所ハ、敦盛をとつて

おさえて、熊谷(くまがへ くまがいか)源氏酒(げんじさけ)と、戯

れしもと、笑いて、海少し見わたす、浜庇(はまびさし)に

舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいづる)花橘(はなたちばな)の

口をきりて、宵(よい)の程ハ 慰む業(わざ)も、次第(しだい)に、月さへ

物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、妻無し鳥かと、尚 淋(さい→さみ 掛詞)しく

一夜も、只ハ暮らし難(がた)し、若い蜑(あま)人ハ無いかと、有(無、有 掛詞)ものに

招かせててみるに、髪に指櫛(さしくし)も無く、顔(かお)に何塗(ぬる)事も

【2】十七丁オ 井原西鶴

しらず、袖(そて)ちいさく、裾(すそ)みぢかく、わけもなふ磯くさく、こゝち

よからざりしを、延齢丹(ゑんれいたん)などにて、胸(むね)おさえ、「昔(むか)し行平(ゆきひら)

何(なに)ものにか、足(あし)さすらせ、気をとらせ給ひ、あまつさへ

別(わかれ)にか、香(かう)包(つゝみ)、衛士籠(ゑじかご)しやくし、擂鉢(すりはち)三とせの世帯道(だう)

具まで、とらされけるよ」と、又の日ハ、兵庫(ひやうご)迄(まで)来(き)て、遊女(ゆうちよ)

の有様、昼夜(ちうや)のわかちありて、半(はん)夜と、せハしく

かきり定めるハ、今にも此(この)津(つ)ハ、風にまかする身(み)とて

、舟子(ふなこ)のよびたる声(こゑ)に、小歌(こうた)を聞(きゝ)さし、或(あるい)は

戴(いたゞひ)て、さし捨(すて)にして行ハ、こゝろのこすハ、のこる

べし、何とやら騒々(そう/″\)しく、是(これ)によこるゝもと、すぐに

風呂(ふろ)に入て、「名(な)のたゝば、水(みず)さします」なとと、口びるそつて

知らず、袖(そで)小さく、裾(すそ)短く、訳も無う磯臭く、心地

良からざりしを、延齢丹(えんれいたん)などにて、胸(むね)おさえ、「昔 行平(ゆきひら)

何者にか、足さすらせ、気をとらせ給い、あまつさへ

別れにか、香包(こうづつみ)、衛士籠(えじかご)杓子、擂鉢(すりばち)、三年(みとせ)の世帯道

具まで、とらされけるよと、又の日ハ、兵庫(ひょうご)迄来て、遊女(ゆうじょ)

の有様、昼夜のわかちありて、半夜と、せわしく

かぎり定めるは、今にも此(この)津(つ)は、風に任まかする身(み)とて

、舟子(ふなこ)の呼びたる声に、小歌(こうた)を聞きさし、或は

戴(いただい)て、さし捨てにして行くは、心残すハ、残る

べし、何とやら騒々しく、是(これ)によこるるもと、すぐに

風呂に入て、「名のたたば、水 さします」などと、口びるそって

【3】十七丁ウ

中高(なかたか)なる顔にて、秀句(しうく)よくいへる女あり、とらえて、

「御名(な)ゆかしき」と問(と)へば、忠度(たゞのり)と申、「いか様 是を只(ただ)は

置(をか)れじ」と、うす約束(やくそく)するよりはや、あがり湯(ゆ)の

、くれやう、ちらしをのませ、浴衣(ゆかた)の取(とり)さばき、火入(ひいれ)に

気(き)をつけ、鬢水(びんみづ)を運(はこ)び、鏡(かゞみ)かすやら、其(その)もてなし

、何国(いづく)も替(かは)る事(こと)なし、風義(ふうぎ)ハ、ひとつきる物、つまたるに、

白帯(しろおび) こゝろまゝ引しめ、「やれたらば 親(おや)方のそん、

久三、提灯(てうちん)ともしや」と、いふかた手に、草履(ざうり)取出し

ゞり戸(ど)出まわり、調子高(てうし たか)に、はうばいを譏(そし)り、

朝夕の、汁(しる)がうすひの、「はさみを、くれる筈(はず)じやが、

たるゝか、しらぬ」と、ひとつとして、聞(きく)べき事にもあらバ

中高(なかたか)なる顔にて、秀句(しゅうく)よく言える女あり、とらえて、

「御名(な)ゆかしき」と問えば、忠度(たゞのり)と申、「いか様(さま) 是を只(ただ)は

置れじ」と、うす約束するより早、あがり湯の

くれやう、ちらしを飲ませ、浴衣の取りさばき、火入れに

気を付け、鬢水(びんみず)を運び、鏡かすやら、其 もてなし

、何国(いづく)も替る事なし、風儀(ふうぎ)は、ひとつ きる物、妻たるに

白帯(しろおび) 心(の)まま引きしめ、「やれたらば 親方の損、

久三、提灯 灯しゃ」と、言う片手に、草履 取出し

潜り戸(ど)いでまわり、調子高 に、はうばいを譏(そし)り、

朝夕の、汁が薄いの、「はさみを、くれる筈じゃが、

足るるか知らんと、ひとつとして、聞くべき事にもあらば

【4】十八丁オ

座敷(さしき)に入さまに、置わたを壁(かへ)につき、立ながらあん

どんまハして、すこし小闇(こぐら)き、中程(ほと)にざして、

雁首(がんくひ)、火になる程(ほと)はまさず、おり/\あくびして

用捨(ようしや)もなく、小便(せうへん)に立、障子(しやうし)引たつるさまも、物(もの)

あらく、からだを横(よこ)に置(をき)ながら、屏風(べうぶ)へだてたる

かたへ、咄(はな)しを仕懸(しかけ)みもだへして、蚤(のみ)をさがし

夜半(よはん)、八つの、鐘(かね)のせんさく、我かこゝろにそまぬ

事ハ、返事(へんじ)もせず、そこ/\にあしらひ、鼻紙(はなかみ)

も人のつかひ、其後(そのゝち)鼾(いびき)のみ、どこやらひえたる

すねを、人にもたせ、「たくよ、くむよ」と、寝言(ねごと)まじりに

、いかに事(こと)欠(かけ)なればとて、いつの程(ほと)より、かく物毎(ものごと)を

座敷に入るさまに、置綿を壁に付き、立ながら あん

どん回して、少し小暗き、中程に座して、

雁首、火になる程はまさず、おり/\あくびして

用捨(ようしゃ)も無く、小便(しょうべん)に立ち、障子(しょうじ)引きたつる様も、物(もの)

荒く、体を横に置きながら、屏風(びょうぶ)隔てたる

かたへ、咄(はな)しを仕掛け、身悶えして、蚤(のみ)を探し

夜半、八つの鐘の詮索、我か心にそまぬ

事は返事もせず、そこ/\にあしらい、鼻紙(はながみ)

も人の遣い、其後(そのゝち)鼾(いびき)のみ、どこやら冷えたる

すねを、人に持たせ、「たくよ、くむよ」と、寝言まじりに

、いかに事 欠けなればとて、いつの程より、かく物事(ものごと)を

【5】十八丁ウ

さもしくなしむ、抑(そも/\)丹前風(たんぜんふう)と申ハ、江戸(ゑど)にて

丹後殿前に、風呂ありし時、勝山(かつやま)といえるおんな、

すぐれて、情(なさけ)もふかく、髪かたち とりなり、袖口(そでぐち)廣(ひろ)く

つま高(たか)く、万(よろつ)に付(つけ)て、世の人に替(かハ)りて、一流(りう)是

よりはじめて、後(のち)ハもてはやして、吉原(よしはら)にしゆつ

せして、不思議(ふしぎ)の御かたにまでそいべし、ためし

なき女の侍り

さもしく なしむ、抑(そも/\)丹前風と申すは、江戸にて

丹後殿前に、風呂ありし時、勝山(かつやま)と言える女、

優れて、情けも深く、髪形 とりなり、袖口 広く

つま高く、万(よろづ)に付けて、世の人に替りて、一流 是

寄りはじめて、後はもてはやして、吉原に出

世して、不思議の御方にまでそうべし、試し

無き 女の侍り

 

 

 

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