『身毒丸 』 折口信夫 18 頼んで来ても伝授さつしやらなんだ師匠が、われだけにや伝へられた揺拍子を持ち込みや、春日あたりでは大喜びで、一返に脇役者ぐらゐにや、とり立てゝくれるぢやろ。
「折口信夫全集 第十七巻」中央公論社
1954(昭和29)年11月
「折口信夫全集 27」中央公論社
1997(平成9)年5月
揺拍子。
それを、円満井では、えら執心ぢやといふぞ。
此ばかりや瓜生野座の命ぢやらうて、坂下や氷上の座から、幾度土べたに出額をすりつけて、頼んで来ても伝授さつしやらなんだ師匠が、われだけにや伝へられた揺拍子を持ち込みや、春日あたりでは大喜びで、一返に脇役者ぐらゐにや、とり立てゝくれるぢやろ。
根がそのぬつぺりした顔ぢやもんな。
けんど、けんど、仏神に誓言立てゝ授つた拍子を、ぬけ/\と繁昌の猿楽の方へ伝へて、寝返りうつて見ろ。
冥罰で、血い吐くだ。
二十年鞨鼓や簓ばかりうつてるこちとらとつて、うつちやつては置かんぞよ。
制多迦(せいたか)はとう/\泣き出した。
自身の荒ら語は、胸をかき乱し、煽り立てた。
けれどなあ、かういふ風に、長道を来て、落ちついて、心がゆつたりすると一処に、何やらかうたまらんやうな、もつと幾日も/\ぢつとしてゐたいといふ気がする。
『身毒丸 』 折口信夫 1 信吉法師が彼(身徳)の肩を持つて、揺ぶつてゐたのである。
『身毒丸 』 折口信夫 2 此頃になつて、それは、遠い昔の夢の断れ片(はし)の様にも思はれ出した。 / 父の背
『身毒丸 』 折口信夫 3 父及び身毒の身には、先祖から持ち伝へた病気がある。 身毒も法師になつて、浄い生活を送れ」
『身毒丸 』 折口信夫 4 身毒は、細面に、女のやうな柔らかな眉で、口は少し大きいが、赤い脣から漏れる歯は、貝殻のやうに美しかつた。
『身毒丸 』 折口信夫 5 あれはわしが剃つたのだ。たつた一人、若衆で交つてゐるのも、目障りだからなう。
『身毒丸 』 折口信夫 6 身毒は、うつけた目を睜(せい)つて、遥かな大空から落ちかゝつて来るかと思はれる、自分の声に ほれ/″\としてゐた。
『身毒丸 』 折口信夫 7 芸道のため、第一は御仏の為ぢや。心を断つ斧だと思へ。かういつて、龍女成仏品といふ一巻を手渡した。
『身毒丸 』 折口信夫 8 ちよつとでもそちの目に浮んだが最後、真倒様だ。否でも片羽にならねばならぬ。神宮寺の道心達の修業も、こちとらの修業も理は一つだ。
『身毒丸 』 折口信夫 9 放散してゐた意識が明らかに集中して来ると、師匠の心持ちが我心に流れ込む様に感ぜられて来る。あれだけの心労をさせるのも、自分の科だと考へられた。
『身毒丸 』 折口信夫 10 accident
『身毒丸 』 折口信夫 11 そのどろ/\と蕩けた毒血を吸ふ、自身の姿があさましく目にちらついた。
『身毒丸 』 折口信夫 12 住吉の神の御田に、五月処女の笠の動く、五月の青空の下を、二十人あまりの菅笠に黒い腰衣を着けた姿が、ゆら/\と陽炎うて、一行は旅に上つた
『身毒丸 』 折口信夫 13 其処は、非御家人の隠れ里といつた富裕な郷であつた。瓜生野の一座は、その郷士の家で手あついもてなしを受けた。
『身毒丸 』 折口信夫 14 accident