『身毒丸 』 折口信夫 19 分別男や身毒の予期した語は、その脣からは洩れないで、劬る様な語が、身毒のさゝくれ立つた心持ちを和げた。
「折口信夫全集 第十七巻」中央公論社
1954(昭和29)年11月
「折口信夫全集 27」中央公論社
1997(平成9)年5月
分別男は、長い縁を廻りまはつて、師匠のゐる前まで、身毒を引き出した。
源内法師は、目を瞑つて、ぢつと聞いて居た。
分別男の誇張して両方をとりもつた話ぶりに連れて、からだ中の神経が強ばつて行くやうに思はれた。
自身がまだ氷上座に迎へられて行かなかつた頃、瓜生野家の縁の日あたりで、若かつた信吉法師の口から聞かされた一途な語を、目のあたりに復、聞かされてゐるやうに感じた。
彼の頭には、卅年前と目の今の事とが、一つに渦を捲いた。
さうして時々、冷やかな反省が、ひやり/\と脊筋に水を注いだ。
彼は強ひて、心を鎮めた。
さうして、顔もえあげないでゐる身毒の、著しくねび整うた脊から腰へかけての骨ぐみに目を落してゐた。
分別男や身毒の予期した語は、その脣からは洩れないで、劬る様な語が、身毒のさゝくれ立つた心持ちを和げた。
『身毒丸 』 折口信夫 1 信吉法師が彼(身徳)の肩を持つて、揺ぶつてゐたのである。
『身毒丸 』 折口信夫 2 此頃になつて、それは、遠い昔の夢の断れ片(はし)の様にも思はれ出した。 / 父の背
『身毒丸 』 折口信夫 3 父及び身毒の身には、先祖から持ち伝へた病気がある。 身毒も法師になつて、浄い生活を送れ」
『身毒丸 』 折口信夫 4 身毒は、細面に、女のやうな柔らかな眉で、口は少し大きいが、赤い脣から漏れる歯は、貝殻のやうに美しかつた。
『身毒丸 』 折口信夫 5 あれはわしが剃つたのだ。たつた一人、若衆で交つてゐるのも、目障りだからなう。
『身毒丸 』 折口信夫 6 身毒は、うつけた目を睜(せい)つて、遥かな大空から落ちかゝつて来るかと思はれる、自分の声に ほれ/″\としてゐた。
『身毒丸 』 折口信夫 7 芸道のため、第一は御仏の為ぢや。心を断つ斧だと思へ。かういつて、龍女成仏品といふ一巻を手渡した。
『身毒丸 』 折口信夫 8 ちよつとでもそちの目に浮んだが最後、真倒様だ。否でも片羽にならねばならぬ。神宮寺の道心達の修業も、こちとらの修業も理は一つだ。
『身毒丸 』 折口信夫 9 放散してゐた意識が明らかに集中して来ると、師匠の心持ちが我心に流れ込む様に感ぜられて来る。あれだけの心労をさせるのも、自分の科だと考へられた。
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『身毒丸 』 折口信夫 11 そのどろ/\と蕩けた毒血を吸ふ、自身の姿があさましく目にちらついた。
『身毒丸 』 折口信夫 12 住吉の神の御田に、五月処女の笠の動く、五月の青空の下を、二十人あまりの菅笠に黒い腰衣を着けた姿が、ゆら/\と陽炎うて、一行は旅に上つた
『身毒丸 』 折口信夫 13 其処は、非御家人の隠れ里といつた富裕な郷であつた。瓜生野の一座は、その郷士の家で手あついもてなしを受けた。
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