田舎暮らしの日々是好日

山羊とともにのんびりと農家生活をしながら日頃の憂さ晴らしをつぶやきます。

金の生る木を庭に植えて

2015-10-15 03:05:25 | 日記

 金の成る木があるならば、
  庭の片隅に植えおいて、
   好きな貴方と眺めて暮らし
    千年も万年も生きたいものだ。



 現金のなる木があるはずもないが、
  お金に代わる種を産み落とす木は
   数多くあるようだ。

 果樹農家はそれで生計をたてているし、
  植木屋もまたしかりである。


 私の子供の頃は屋敷内に蜜柑(シークァーサー)の大木がいくつもあった。
 お菓子が売られていない時代には
 果物がおやつがわりだった。

 ばんじろー(グワバ)や蜜柑泥棒は子供の遊びと
 大目にみられていた。

 何処何処の屋敷や畑には
 おいしい蜜柑があることをみんな知っていた。
 競って泥棒した想い出がある。

 悪意があっての泥棒は
 こっぴどくしかられたので
 いいこと悪いことの加減を身をもって覚えた。

 蜜柑の持ち主の人柄も子供たちはみんな知っていた。
 蜜柑の木に上れない子供ために
 持ち主に代わってよじ登って
 とってあげたりした。
 


 体育祭の頃に食べられる蜜柑(キカイミカン)は人気があったが
 それがある屋敷は数が少なくて
 とても羨ましかった。

 だれもが、それを盗ったらしかられることを知っていた。
 だから
 盗るにしても一個か二個。
 
 ぽけっとにつめこむ盗り方は
 泥棒だと」
 私は思っていた。

 子供心のあの蜜柑欲しさを考えると、
 蜜柑の木は 金の成る木だろうかとふと思う。

 屋敷には数種類の蜜柑を植えているが、
 数年来の台風の被害で今年も実りが少ないけれど、
 木の勢力を持ち直してきている。



 屋敷内には50本ほどうえてあるが、
 蜜柑の木は九年母
 成るのが待ちどうしい。

  誰の句だったろうか・・・、
  上の句が思い出せない。

   みかんの香せり  冬がまたくる。