第四部 Generalist in 古都編

Generalist大学教員.湘南、城東、マヒドン、出雲、Harvard、Michiganを経て現在古都で奮闘中

ポリクリ・卒前教育について問います。自分はどうするか?

2017-04-12 03:24:04 | 総合診療

皆様こんにちわ。

大学教員になり半年、大学は正直楽しいです。見えなかった知らなかった勉強に成ることが山ほどあり、毎日新鮮でワクワク生存しております。

最近はタイトルのような事を考える様になりました。そもそも、色々な若者と接してきましたが、人それぞれでモチベーションの高い人を教育するのはとても簡単です。手腕の見せ所は、あまりやる気がない、勉強したくないなどの若者をどう彼らにとって(ココ大事、教育側や組織の為では無い)良い方向に支援するにあるかと感じる様になりました。
 
数多くの色々な病院の研修医の先生と接して、並びに最近は卒前教育として沢山の医学生達と接しさせて頂いて気づく事が多々あります。それはある一定の割合でどの場所の、どの学年の、どのような集団においても、Motivated peopleとwithout な人がいるという事です。 2:6:2の法則がパシッとなりたつなぁという感覚です。
 
最近、目の覚めるような経験をボーっと論文を読んでいたら気付きました。それはVygotosky先生の提唱した、The zone of proximal development 1)で、Vygotosky先生の考え方は極めて人類の教育の本質をついていて、色々な分野で応用されているのですが(天才児の教育方法、第二言語の習得、障害児教育、成人期教育、computer教育2)などなど)自分の臨床教育における経験で試行錯誤...失敗と成功を繰り返しつつ長い間悩んでいた事がどうもクリアカットに説明できるのではないかと考えるに至りました。
 
この下記のグラフをみて頂きたいのですが、
図は引用: http://www.education.vic.gov.au/school/teachers/teachingresources/discipline/english/proflearn/Pages/velszopds56.aspx
 
横軸は学び手の能力、縦軸は難易度とすると、ちょうど緑色の帯ZPDに当てはまる事が「学び」として成長・達成感・満足感などが高く教育効果としてベラボウに良い領域です。Zoneの上は自分ひとりでは達成できず不安を強く与えてしまい、まだ能力が達していない人に高度な内容を与えるとストレスと不安で伸びなくなります(患者さんを30人持たせたり、イキナリ処置させたり、怒鳴ったり・・)また、逆にZone下は一人で完遂できる内容であり、とても退屈に感じ、興味や意欲を減少させやすいです。
 
振り返って見てください、見学ばかりのポリクリや実習は退屈でヤキモキしたり、逆に急にやってみろと言われて焦ったり(良い経験でしたが・・)しませんでしたか?
医学生や研修医の多くは学びたがっています、成長したがっています。一方で例外も居ることも事実です。
逆に教育側はタスクや介助を出さずに何も考えないで、個人個人をみずに集団として見学と放置をしていなかったか?全国の医学生と話していて、感覚として説明できます。
だから闘魂外来に全国から休みを利用して、交通費を払ってまで参加されるのかと感じました。
 
単一方向での大講義制をしく本邦の卒前医学教育では多くの場合このLevel of competenceとchallengeを考える事ができない(機会が少ない)ので、極端に難しかったり、極めて退屈に感じられやすく、最終的に学生は眠り姫・王子に化けてしまいやすいです。
 
ここから学んだ事は、教育現場においては、「集団をみて教えようとするのでは無く個人を見る」ということです.
Not see the forest for the trees, and not see the trees for the forest.(森をみて木を見ず・・逆もしかり) 
ですね。
実は、僕が尊敬する師匠や数多くのメンター達は極めてこのZoneに落とし込むのが非常に上手いのだと気付きました、そして個人の能力とポテンシャルを見抜き、考え、適切に指導と介助を与える。
つまりコミュニケーション能力が極めて高いです。 
当たり前と言えば、当たり前ですが、そんな自分の悩み感心事が既に言語化して生まれる前に論文にされていたという事にちょっとした感動を覚えました。
 
僕らは、結局は自分が受けた教育をそのまま次世代へ引き継ごうとする習性が有り(良くも悪くも・・)、畢竟それを認識して自分の代でModifyしていかない限りは自分が教えてもらったようにしか教えれません。だから自分が医学生の頃に受けた教育や研修医の頃に受けた教育を客観的に認識しなければ、往々にしてそのまま同じ事を繰り返す事があります(これも良くも悪くもですね)。
先日黒川清先生が「良い教育とは恩返しをする事で、良い教育を受けたものしかできない、だから義務でもある」という事をお話しされていました。
 
ついつい自分が育った医学生・研修医の時と同じような集団や環境や考え方を想起してしまうのですが、よくよく考えると勿論教育側も受け手も人それぞれなので、そこに教育者と受け手とのGapが大なり小なり必ず生まれます。個人の能力に合わせて、このThe zone of proximal developmentにどう学び手に課題を与えて、温かい目で(だけど教育側はやや不安に)適度に見まもっていくかが教育者の手腕なのかと感じました。
 
1)  Vygotsky, L.S. (1978). Mind and society: The development of higher psychological processes. Cambridge, MA: Harvard University Press.
2)  Kozulin, A., Gindis, B., Ageyev, V., Miller, S. (2003). Vygotsky’s educational theory and practice in cultural context. Cambridge: Cambridge University Press.