みなさま こんにちわ。
今回は、開業医や内科医の先生から相談されるので自分なりにまとめた、「一般内科医やクリニック医師のための渡航前ワクチンの考え方」を馬鹿な自分はバカなりに作ってみましたので、お送りいたします。最近は、渡航前ワクチンの相談がチョイチョイあるのですが、広大な面積に人口70万人のしまね県では中々高額の輸入ワクチンを揃えるのは(ペイが取れないので)想像以上に難しいなぁと考えています。(情報は2018年2月現在とします)
人も医師も少ないところで働くようになると(出雲はまだ大都会ですが)、昔のように理想論を振りかざすのはやめるようになり、考え方の変化もありました。いかんせん、田舎の患者も医師もいない場所では、出来ないことはできないのです。
大事なことは、患者さんやクラインアントさんの負担や希望や、何をしに、どこにいって、どんなリスクがあるのかを、まるで一緒に海外滞在したかのように話す(楽しくなりすぎて雑談が増えますが)事かと感じています。これにはネットの整備が重要です。最近では自分のER時も、雲南でさせていただているTW外来時もネットが使えるようにしてもらっていますので、「英語+ネットの捜査力」はもはや無敵であることを実感します。
コンサルトケースの紹介
海外実習予定の医学生がクリニックを受診した。
特に既往はない23歳男性(北海道出身)。交換留学でバンコクの大学病院で実習することが決まっている。期間は2ヶ月間を予定。今のところ、あまり現地での旅行などは考えていない。調べたところ、タイへ渡航する際に推奨されるワクチン、A型肝炎、B型肝炎、破傷風、狂犬病、日本脳炎、腸チフス、マラリアが挙げられていた。教科書通りに、これらを全て接種と予防を勧めたところ、自費で多額の費用がかかる為にどうしても必要最小限にして欲しいと懇願された。また留学開始は2週間後とのことが判明した。医師はどうしたら良いか困ってしまった。
はじめに
日本人の海外出国者は年間1700万人を超えており、以前は訪れることもなかった国や地域への渡航が増えて来ている。今回のケースのように我々現場の臨床医にとって渡航医学の知識はますます必要なものになってきている。需要を受けて日本渡航医学会のホームページに掲載されている渡航者外来リストには国内106施設が掲載されているが(2017年10月現在)、筆者の住むような島根県などの地方では県内に無い場合も多く(筆者:準備中)、その場合は内科医や総合診療医が自己研鑽をしながら行っていることも多いかと思う。本稿では渡航前ワクチンをどのように考えて接種するか要約する。
2) 臨床上の問題点は何か?(何処に行くのかではなく、何をするのか?)
先行研究から日本国民は海外渡航時における予防意識が乏しいことがわかっている。それに拍車をかけてトラベルクリニックの数の少なさ、医師の渡航医学の教育機会の欠如、さらには未承認ワクチンの問題が事態をさらに複雑化している。途上国に1ヶ月間滞在した場合に、推定罹患リスクは旅行者下痢症で約20-40%とされ、デング熱流行地域では1%未満、狂犬病リスクのある動物咬傷は約0.3%、A型肝炎が0.04%、腸チフスが0.03%、日本脳炎は0.0001%程度と考えられている(1) 。それらのリスクを大きいか、小さいかを考える為には現地での活動を注意深く予測することが重要である。渡航前ワクチンのみならず、丁寧なアセスメントによる医療情報の提供と教育を個別オーダーすることで、渡航者のリスクを極限まで減らす事を最重要視する。
渡航前ワクチンが複雑に感じるのは臨床上の問題を適時考えながら総合的に判断しなければならないところにある。これは抗生剤の使い方と同じように表1に示すような診療の軸を考える。全てをカバーすると言うのも節操がないが、カバーしきれないのも問題であるために、【何処に何時いくのかだけではなく、何をするのか?】により着目する。渡航前ワクチンは数値化できない複雑な情報を可能な限り集めて判断することがChoosing wiselyである。また過去の接種歴が最も重要であるため母子手帳や接種記録があれば必ず持参させる。まずは後述するKeyワクチンを抑えることで理解が進むと思う。
3) 重要ポイントと実際の使い方
抑えるべきKeyワクチン要点ココだけ!!
往々にして渡航者が受診するのは直前であることが多く、出発まで残された時間がどれくらいあるかを考える。また世界的に当たり前に使用しているワクチンが国内で承認されていない事も多い。一部の採算がとれる専門クリニックでのみしか輸入ワクチンは輸入していない現状があるために本書の読者層を考慮して国内承認薬で統一して解説する。なおポリオと腸チフス、マラリアの予防内服に関しては紙面の都合上割愛するが、入手困難な輸入ワクチンの必要性が高いと判断した場合は専門外来へ紹介することが望ましい。(しかし島根の行政に問い合わせたところ、それをやっているのはありません、無理なものは無理でございます!)
A型肝炎:汚染された飲料水・食事などからの経口感染である。途上国への渡航時には最も考えるべきワクチンであり原則接種と考える。例外のみ覚えると本邦の高齢者(70歳以上)では抗体を保有している事が多いために一般的には接種を推奨していない。
処方例)エイムゲン(国産) 3回(0、2-4週間後、6ヶ月-2年後)
B型肝炎:途上国への渡航者でリスク(医療・美容・性交渉等)のある者を特に考慮する。特に東南アジア・アフリカなどの途上国では無症候性キャリア率が高い。世界的には150カ国以上で小児に接種されているルーチンワクチンでもある。
処方例)ヘプタバックス-Ⅱ(国産) 3回 (0、4週、5-6ヶ月)
破傷風トキソイド:野外活動や怪我の可能性がある渡航者全員に考慮する。本邦では現在DPT3種混合ワクチンとして接種されているが、1968年以前はない。よって平成27年時点で46歳以上の渡航者は3–8週間開けて少なくとも出発前に2回は摂取するべきである。また定期接種後も10年毎に追加接種が必要。
例)沈降破傷風トキソイド 基礎接種:3回(0、3~8週間、12~18ヶ月)。10年以内に受けていれば1回のみ。
狂犬病ワクチン:日本は世界的にも珍しい狂犬病を撲滅した国であり、医療者含めて狂犬病への意識は高くない。発症後は100%死亡するために予防が特に重要である事、暴露後予防接種の費用がさらに高額になる事が臨床上問題である。犬やコウモリなどの動物との接触は予期しない形で起こり、特に野外での活動が多い場合や医療機関で暴露後予防摂取ができない場合には必要と考える。
例)乾燥組織培養不活化狂犬病ワクチン(国産) 3回(0、4週間、6-12ヶ月)
黄熱ワクチン:地域性が特に強く、赤道周囲のアフリカ、南米で流行している。重症化した場合には約半数が10日以内に死亡するとされ、特に入国のためにはワクチン接種が義務づけられている国もある。弱毒生ワクチンであり、1回の接種で良い。日本では検疫所とわずかな関連施設でのみしか事実上接種ができない為に紹介が必要。後述するFORTHで最寄りの検疫所を確認されたい。
例)検疫所(関連施設)へ紹介
日本脳炎ワクチン:インドから日本にかけて東南アジアへ渡航する場合に考慮する。感染が成立するためにはブタと蚊の媒介が必要であるために、発展途上国でもそれらが存在しない大都市部ではリスクはかなり低い。郊外の農村部などへの移動や滞在の可能性がある場合は接種を検討する。なお、平成28年まで北海道出身者は定期接種が行われていない。
例)ジェービックV (国産) 3回(0、1-4週間、12ヶ月)
髄膜炎菌ワクチン:世界的に髄膜炎ベルトとして有名なサハラ沙漠周囲への渡航者は積極的に考慮する。サウジアラビアのメッカ巡礼での流行は世界的問題であり、入国する場合に要求される。それ以外には医療従事者、米国への留学などで必要となること多い。
例)メナクトラ(4価 国内承認済)1回(2歳以上推奨)
これらのKeyワクチンは渡航者外来では最低限必須のものであるために上記の図を参照し、どのような地域に感染のリスクがあるか大きく視覚的に覚えておくと役に立つ。しかし実際に相談される滞在先(国)は自分が行ったことがなくイメージがない事も多い。その場合は下記の有用なサイトで必ず毎回調べる。これが非常に役に立ち、とても安全に現時点で最先端のことを知ることができる。個人的には慣れと圧倒的な使いやすさからCDCを頻用している。単に滞在先の選択を行い、小児、慢性疾患、船旅、留学、免疫低下者、妊娠者、ボランティア活動、友人や家族の訪問などをチェックするだけで、滞在先の疫学やルーチンの推奨されるワクチン接種一覧、感染形式、接種方法だけでなくワクチンで防げない感染症の注意点や、滞在時に注意すべきことなどの有用な情報がワンクリックで手に入る。また厚生労働省が運営しているFORTHは日本の現状を考慮した上での情報が多く使いやすい。是非、読者のみなさまも一見頂きたい。
CDCのトラベルヘルス:どこに何をしに、どれくらいの期間いくのか、どのような健康状態かなどで必要なワクチンなどがリストアップできます
https://wwwnc.cdc.gov/travel
4) 最後に
本来渡航前外来は遭遇しうる健康被害を最小限にコントロールすることが目的であり、ワクチン接種は渡航前受診の仕事の一部である。重要な事は、その地域にどのようなリスクがあり、どのような予防方法をとるか、一人一人と話しあい適切に指導を行う事にある。さらに、渡航前は定期予防接種についてキャッチアップするベストタイミングであり他稿で主に述べられているワクチンに対しても必ず確認し必要に応じて接種を行う。
引用文献)
1) 渡邊浩 トラベルクリニックの現状と今後の展望. 日本渡航医学会誌 Vol.10/No 1. 2016
2) CDC traveler's Health. https://wwwnc.cdc.gov/travel
3) 厚生労働省検疫所 FORTH. www.forth.g.jp
4) WHO International travel and Health. http://www.who.int/ith/vaccines/en/
5)日本渡航医学会ホームページ http://jstah.umin.jp/
参考図書)
キーストンのトラベル・メディシン 岩田健太郎(訳)
※この文章は、師匠からの命を頂き、下記 雑誌に載せていただいた原稿をModifyしました。図がどうしても小さくなるために読みにくい点がありましたら、こちらをご一読ください。
https://www.igaku-shoin.co.jp/journalDetail.do?journal=91639