Blog of 俺 by 俺 for 俺

自分の自分による自分のためのブログ。
だったけど、もはや自分の備忘録としての映画やドラマの感想しかないです。

いやなこと

2005年09月28日 18時50分32秒 | Weblog
じーさんが死んで、
今まで忘れていた嫌なことを思い出してしまった。
それは「死」。
人は死んだら本当にどうなってしまうのだろう?
今まで得てきた思い出や知識はどこにいってしまうのだろう?
その前に死ぬとはどういう感じなのだろう?
寝て、そのまま永遠に目覚めないということか。
本人にはまったく意識がないわけか。
でもそれってつまりどういう感じ?
火葬されても熱いって感じないんだよね?
まわりでみんなが悲しんでいるのを知らないわけだよね?
全然わからない…。
ああ、もう少しこの世の中がメルヘンチックであってほしかった。
メルヘンチックというより、
もうちょっとファンタジーな感じにしてほしかった。
死んでも生まれ変わって前世の記憶が残ってることもあるとか、
ドラゴンボールや幽遊白書みたいに、
死んだらあの世に行って、
そこで永遠に生きていけるとか。
ファイナルファンタジーⅩみたいに、
死してなお行き続けることができるとか。
あるいは神龍に頼んで永遠の命とかほしいなぁ。

死んだらどうなるのだとうということを考えただけで、
なんか胸が痛くなる。
これは片思いのときとは別の痛さだ。
体全体が何かに押しつぶされそうな感じになる。
前も同じようなことをブログに書いた気がする。

そんなわけでこれからはあまり考えないようにしたい。


でも、誰かが死ぬたびに、
考えてしまうんだろうなぁ。

とうとう

2005年09月27日 23時28分50秒 | Weblog
祖父が完全にいなくなった。
死んだばかりのときは、
もしかしたらまだ意識があるんじゃないかとか、
いきなり目をあけるんじゃないかとか、
そんなこと思ってたけど、
祖父が死んで5日たった今日、
改めて顔を見て、それはないなと思った。
当初と比べるとだいぶ様子が変わってきて、
なんかミイラっぽくなってた。
本当に死んでいるんだと実感できた。
つい1週間前まで生きていた人が
いきなり他界して、
隣の部屋で横たわっていた。
でもそれは寝ているわけではなく、
死んでいるのだ。
もう決して動かないのだ。
そして今日、火葬した。
生まれて初めて立ち会って、
骨を骨壷に入れた。
ついさっきまで人の形をしていた人が、
小さな白い欠片の集まりになっていた。
骨は軽く、カラカラと音を立てていた。
もう肉も血もない。
ただの骨だけとなっていた。
親父は喪主としていろいろ挨拶していたが、
35年後、俺が喪主となったとき、
きっと泣かずにはいられないだろうな。

そういえば昨日、今日と
けっこう多くの人が来てくださったけど、
俺は知らない人とか多くて、
どれが親戚でどれが友人かもわからなかった。
それなのに向こうは俺のことを知っているというケースが多く、
軽くてんぱった。
どうやら小さいとき会ったことがあるらしい…。
そんな中、親父の中学時代の親友が4人来ていた。
男女2人ずつだ。
俺は最初親戚か会社の人かと思ったが、
後で紹介されて、親父の仲良しグループだとわかった。
親父には友達がいないと思っていたから、
ちょっと感動した。
卒業してもう40年近く経つのに、
こうして来てくれるなんて、
なんて素晴らしい友達なのだろう。
同時に俺は倉田たちの顔が思い浮かんだ。
俺の両親が亡くなったときに、
あいつらは来てくれるのかな。
きっと、俺にとっての倉田やいのさんが、
親父にとっての彼らなのだろう。
なんかじーんときた。

思ったこと。

2005年09月24日 23時51分44秒 | Weblog
よく「死んだように眠っている」とか
「まるで眠っているように死んでいる」
って表現使われるけど、
実際、死んだ人と眠っている人は全然違う。
祖父を見ればわかる。
そりゃ体は冷たいし、色も白くなっているけど、
そうじゃなくて、表情が違う。
祖父は本当に穏やかな顔をしている。
きっと安らかに永眠に入ったのだろう。
これは寝ている人には見られない表情だ。
天寿を全うした人間の顔は、
どんなに幸せな人がどんなに最高の環境で寝たとしても、
つくることはできないだろう。

ひと段落。

2005年09月24日 00時05分52秒 | Weblog
いろいろ書きたいことはあったけど、
昨日は急だったので、
祖父に対する想いを書いてみた。
なんだかんだで両親も泣いていた。
でも一日経つとけっこう冷静になっていた。
俺もそうだけど。
子供のときに死んだり、
交通事故とかで亡くなったりすると、
いつまでも悲しみに暮れるものらしいが、
やはり寿命で死ぬと、
ある程度あきらめというか、
まあ仕方ないことなんだなと、
運命を受け入れる気になるらしい。
実際、祖父の死に顔はなんだか微笑んでいるようだ。
今、隣の部屋に安置されている。
体は冷たく、顔は真っ白だ。
祖父は何度も早くし死にたいと言っていたそうだ。
確かに、動かぬ体では生き地獄のようなものかもしれない。
俺ももし植物状態とか末期がんとかになったら、
延命措置などせずにさっさと死なせてもらいたい。
今日は父の姉とその主人、亡くなった祖父の親戚、
それと母方の祖母が来てくれた。
俺は、出かけてて祖父の親戚と祖母には会えなかったが。
明日も特に人が来る予定はないようだ。
両親いわく、あまり人に知らせてないらしい。
というより、知らせる人がいないらしい。
人が死ぬとたくさんの人がやってきて、
みんなで泣くといったイメージが俺にはあるのだが、
実際、寿命で死んだ場合には、
まずその人の友達とかはみんな同じような年齢なので、
ほとんどの人がすでに他界してしまっているらしい。
仮に生きていたとしても、会いに来れるほど元気ではないとか。
さらにうちの祖父は昨日も書いたとおり、
ホントに性格が悪かったらしく、
友達自体少ないらしい。
まさに身から出たさびというわけらしいのだ。
それでもなんだかかわいそうだが。
まあいつまでも悲しんでいてもしょうがない。
俺は祖父が動けなかった分まで、一生懸命生き、
死ぬそのときまで元気に動いていていたいと思う。

大野一郎。

2005年09月23日 01時09分21秒 | Weblog
生年月日はわからない。
趣味も知らない。
でもただ一つだけ言えることがある。
それは彼が俺の祖父だということだ。

今日の夜8時24分、母親からメールが来た。
俺はバイトだったので実際に見たのは9時過ぎだったが。
「おじいちゃんが危篤だから、早く帰ってきてね」
という内容だった。
そして8時40分頃、祖父は他界した。

はっきり言って俺は祖父が嫌いだった。
理由はわからない。
小さい頃はよく遊んだし、
けっこうなついていたと思う。
でも歳をとるごとにだんだん毛嫌いするようになった。
考えられる原因は一つしかない。
俺の両親だ。
別に両親のせいにするわけじゃないけど、
俺の両親は祖父のことを嫌っていた。
俺が小さいときから。
俺の名前は「哲朗」。
祖父の名前は「一郎」。
名前がかぶらないように、
あえて「朗」にしたのだという。
それなら最初から別の名前にすればいいのに。

祖父はわがままだった。
そして自己中だった。
両親はそんな祖父の性格をひどく嫌っていた。
彼は昔、税理士としてバリバリ稼いでいたそうだ。
自分の事務所も持っていて、
かなり贅沢をしていたらしい。
ただ、そのときに稼いだお金はすべて肉とゴルフに消えたようだ。
その代償かどうかは知らないが、
祖父は重度の糖尿病に悩まされていた。
結局、足腰が弱り、5年前から同居するようになった。
時間が経つにつれ、どんどん祖父は弱り、
最終的には歩けないほどにまで足は使い物にならなくなった。
それでも彼の傲慢で自己中な性格は変わっていなかったようだ。
両親は日々、祖父の世話をしながら、イラついていた。
そんな両親を小さい頃から見てきた俺は、
無意識のうちに彼を嫌いになったのかもしれない。

でも俺も個人的な感覚で彼を嫌いになったこともある。
俺は以前、自分の容姿をとても嫌っていた。
別に誰かに何を言われたわけでもない。
ただ自分の醜い顔が大嫌いだった。
どうせなら誰もがうらやむような美しい容姿で生まれたかった。
そしてその醜い顔は祖父に似ていたのだ。
俺は彼をひどく恨んだ。
彼の血が体を流れているだけで吐き気がし、
その血を追い出そうと
必死にカッターで腕を切り刻んだこともあった。
まあ2年ぐらい前だけど。
一種の精神病だったかもしれない。
うちは隔世遺伝らしく、
顔と性格に関しては俺はまったく両親に似ていない。
祖父母に似ているのである。
それも父方。
大野家の血は強いらしく、
母方の面影はまったくない。
母方に似れば、もう少しマシな顔だったと思う。
もちろん性格も。

そんなわけで、俺の祖父に対する思いを考えると、
俺は彼が死んでもきっと何も思わないだろうと、
常に思っていた。
でも今日、母からメールが来て、
俺はすぐにバイト先を飛び出した。
そして家に着いたのは9時30分。
俺が祖父の死を知ったのはその時だった。
涙が出た。

果たして祖父は幸せな人生を送れたのだろうか?
戦争を体験し、老後は肩身狭い思いをし、
本当に幸せだったのだろうか?
俺が涙を流した理由は、
祖父が死んだことが悲しかったということもあるが、
祖父がみじめで同情したというのもある。

祖父は茨城出身だ。
だから親戚や古くからの友人の多くはそっちに住んでいる。
東京で頼れるのは俺らかわずかな親戚だけである。
父には姉がいるが、仙台に住んでいるため、
基本的にはノータッチ。
ほとんど俺の家族が面倒を見ていた。
といっても会話らしい会話はなかったと思う。
うちは両親共働きなので、
昼間は家に誰もいない。
朝食は朝母親が作るから出来立てを食べれるが、
実は昼食もそのとき作っておいて、
母が出勤する前に祖父の部屋へ持っていき、
お昼になったら食べてねといった感じだ。
しかも母は帰宅する時間も遅かったため、
夕食をとる時間は不規則だった。
会話も父や母が布団をしきに行ったり、
薬を飲ませてあげるときに少しするだけで、
後は何もなかったような気がする。
まあ両親は仕事で疲れているし、
彼らは祖父を嫌っていたから、
話したくないのはわかっていたが。
たまたま俺が家にいるとき、
祖父の様子を見たことはあるが、
ほとんどテレビを見ているか、寝ているかのどちらかだった。
まあ足はその機能をほとんど失っていたし、
移動するときは手を使ってお尻をすらしていたぐらいだから、
それ以外、できることはなかったのだろう。
それでも週に何回かはホームヘルパーの人や、
老人ホームの人が来て、祖父としゃべっていたようだ。
それが唯一の彼の楽しみだったのかもしれない。
時に笑い、時に泣いてたそうだ。

祖父は孤独だったと思う。
両親も本気で嫌っていたかどうかはわからないが、
少なくとも俺にはそう見えた。
1日中、家にいて、トイレに行くこともできず、
ただひらすら時間が経つのを待つだけの生活。
彼が生きているときは何も思わなかったけど、
今考えると、本当にかわいそうだと思う。
でも俺は何もしなかった。
バイトや学校の課題、サークルなどがあって、
時間もそんなにあるわけじゃなかったけど、
それは言い訳でしかない。
もっと話してやればよかったと今少し後悔している。
祖父はトイレに行けなかったので、
部屋は臭かった。
だから俺はあまり近づかなかったし、
呼ばれてもシカトしたりしていた。
でも祖父の立場になって考えてみると、
それはとても寂しいことだ。
自分は動くことはできない。
それでも何かを求めることはある。
そんなとき、家にいることがわかっているのに、
誰も来てくれない。
どれだけ寂しかったことだろう。
そんなことを以前考えたことがあった。
まだ祖父が生きているときに。
でも結局行動に移さなかった。
めんどくさかったし、
やっぱり俺は祖父が嫌いだった。
でも、今さら何を思おうが、すべては遅すぎるのだ。
彼はもう、いないのだから。

19日、祖父は俺を呼んだ。
「てっちゃん」と。
俺はそのとき洗濯物を干していた。
祖父はボケていたから、
俺は適当に「何?」と返事をした。
「何かあったの?」と祖父は聞き返した。
「別に」俺はそっけなく応えた。
結局、それが最後のやりとりとなった。
20日、俺がディズニーランドに行っている間、
祖父は背中の痛みを訴え、病院に運ばれた。
そして今日、逝ってしまった。

俺が最後、祖父とちゃんと言葉のキャッチボールをしたのは、
やはり10年以上前になってしまう。
今日死ぬことがわかっていれば、
もっと接したのに。
って思ったけど、そんなギリギリのやりとり、
思いやりでもなんでもないよね。

つい4日前までいつものように部屋にいたのだ。
俺の名前を呼んだのだ。
それがあっという間にいなくなってしまった。
本当にあっけない。
人の死は。
なんだかんだで祖父は祖父なりの人生を歩んだはずだ。
80年以上もこの世界で存在していたはずだ。
それなのに死ぬときはほんの一瞬。
なんて、なんて切ないのだろう…。
なんてやりきれないのだろう…。
俺がからんでやれば、
もっと長生きできたかもしれないなぁ。

結局祖父が死ぬその瞬間を看取った人はいない。
両親は仕事で、俺はバイトだった。

俺は両親が死ぬその瞬間には立ち会いたいと思う。
俺が定年で退職した後なら、
きっと大丈夫だと思う。
でも、俺がまだバリバリ働いている頃だったら、
両親の死に立ち会えないかもしれない。
仕事だったり、下手したら海外出張かもしれない。
今のような生活をしていたら絶対後悔する。
今はまだたくさん迷惑かけてるけど、
3年後、就職して、ある程度貯金もたまったら、
なるべく早いうちに何かしてあげたい。
死んでしまったら、もう何もできないのだから。
迷惑かけっぱなしで、それに対して何もしてあげないで、
他界されたら、俺はただのバカ野郎だ。

父方の祖母は10年以上前に病気で亡くなっている。
これで父の両親はいなくなってしまったわけだ。
今は何とも無いようなそぶりをしているけど、
きっとすごく寂しいんだろう。
親父とは小さい頃は遊びまくっていたけど、
今ではまったく何もしていない。
今度からんでみようと思う。



そういえば、祖父はよく両親に悪態をついていたし、
ボケていてわけのわからない発言もしていた。
知り合いでも誰だかわからないと言っていた。
でも、祖父がどんな状態であれ、
彼は俺のことだけはしっかり認識していた。
笑顔で「てっちゃん」と呼んでくれた。
でも俺は………。
ごめんね、おじいちゃん。






岩本班打ち上げ。

2005年09月22日 00時53分02秒 | Weblog
ふー、ただいま。
今日はKBF夏合宿の岩本班の打ち上げでした。
俺はバイトがあったため少し遅れていきましたが、
昼飯をぬいたおかげで、
めっさ肉食いまくりでした。
思ったより人が多くて、
ちょー盛り上がりました。
俺は焦げた肉を炭と化す作業にいそしんでいました。

さてさて、きっと1次会で終わるんだろーなーと思っていたら、
なんと2次会でカラオケ行きました!
プリクラ撮り終わった後、
みんなでカラオケ747というところに行きました。
店員の女性がみんなギャルでびっくりしました。
人数が多いので3部屋に分かれました。
俺の部屋は長岡さん、片山さん、三次さん、井坂さんでした。
三次さんは歌がうまくてびっくりです!
井坂さんはあまり聞いたこと無いと言ってる割には、
森山直太郎の「さくら」が上手でした。
いや、モノマネ大会に出るんじゃないかと一瞬思いました。
俺はリンダリンダをこの前のノリでやろうとして、
やりきれませんでした。
もうちょっと空気読もうと思います。

さて、尿意を催しながらも続いて3次会で
バッティングセンターに行きました。
俺はエアホッケーやったり北斗の拳やったりしてました。
北斗の拳はパンチ連打することがマジ疲れました。
どうやら俺には北斗神拳は伝承できなさそうです。

ここまで来たのだからもうちょっといたい!
ということで村奈さんを促し、
なんと4次会の「村奈飲み」ができました!
俺と長岡さんと村奈さん、
渡部、やん、モンローさんというすごく不思議な、
普段のKBF生活では決してくっつかないような
そんなメンツで行きました。
だからこそとても新鮮で楽しかったです。
村奈さんはゲームメーカーでした。
どんどん自分のペースに相手を引きずり込んでいました。

そして今帰宅。
昨日のディズニーの余韻がまだ残っている中、
今日の企画も楽しかった!
明日は……レポートです……。
ホントヤヴァイ……。
がんばります。
おやすみなさい。

5年ぶりの帰還。

2005年09月21日 09時21分46秒 | Weblog
日本最大のレジャー施設、東京ディズニーリゾート。
そして俺の第2の故郷、東京ディズニーランド。
今日、俺はここに5年ぶりに帰郷したのである。
ってかただのKSCの企画なんだけれども。

昨日は遅く帰ってきた俺だが、
今日はディズニーランドのためにがんばって早く起き、
はやる気持ちを抑えながらが、舞浜へと向かった。
5年ぶりだったから駅周辺もパーク内も少し変わっていた。
さらに今はハロウィン期間中なので、
パーク内はそれ用の装飾が施され、
ちょーかわいい雰囲気を作り出していた。

うちらは人数が多かったため、今日は3つの班に分かれて行動した。
俺ははじめ、川内、武知、ともろー、
えり、ともこちゃんと同じ班だった。
とりあえず最初はみんなで
ホーンテッドマンションのファストパスをもらいにいき
(実は今日がファストパス初体験)、
その後に班別行動となった。
途中で謎のカメラクルーを見かけたが、
まあ何かの撮影だろうということで誰も気に留めなかった。

俺らの班はまずテンションを高めることから始めようということで、
しょっぱなからスペースマウンテンへと向かった。
50分待ちもなんのその、いざ出発!
5年ぶりだったからスペースマウンテンの感触なんて
すっかり忘れていた。
でもだからこそ、純粋に楽しむことができた。
スピードは速いし、距離も長かったし、
すっごく興奮できた。
おかげでみんなのテンションは一気にMAXまで上昇!
次のアトラクションへレッツゴー!
というところで、さっきのカメラクルーと再会。
どうやら一人の女性を映しているようだ。
誰だろうと思った矢先、ともろーが一言。
「あれ、中野美奈子じゃね?」
そんなバカなと思ってよく見てみたら……
ホンモノじゃん!
中野美奈子フジテレビアナウンサーだった。
ちょーかわいい。
ありゃミス慶應になりますよ、ダンナ。
どうやら『めざましテレビ』の収録のようだった。
みんなで「後輩です!」って言いながら近づこうかと思ったけど、
それはさすがに空気読んでないのでやめた。
まわりには写真を撮ってる人がたくさんいたが、
スタッフが止めていてた。
隣に目をやると、なんとともろーも撮っていた。
そして止められていた。

次に俺らが向かった場所はカヌー。
実はこれも初体験。
けっこう昔からあるアトラクションなのにね。
途中で雨が降ってきて大変だったけど、
クルーのお兄さんがちょー盛り上げてくれたので、
俺らもそれに応えて一生懸命こいだ。
「がんばっていきまーーーーっしょい~~~!!」
という掛け声ではなかったが、
普通に「もーりもり、もーりもり、もーりもり」
というテンポのよいリズムを刻んでいた。
普通じゃないか…。

そうこうしているうちにホーンテッドマンションの
ファストパスの時間が来たので、一同はそこへ向かった。
『ナイトメアビフォアクリスマス』のキャラ総出演による、
ハロウィン仕様となっていたため、
怖いというよりはむしろちょーかわいいという感じになっていた。
細かいところまでしっかり作りこまれていて、
つくづく俺はディズニーランドの職人的側面に感銘を受けた。

ホーンテッドが終わっても集合時間までには微妙に時間が空いていたので、
みんなでイッツ・ア・スモール・ワールドに乗った。
これもリニューアルされたんだっけ…?
なんか前よりもきれいになっている。

これが終わってみんなと合流。
ティーカップのところでは九鬼さんやかなのいる班が
めっちゃカップをまわしまくってた。
九鬼さんなんて、スタートの合図があった直後に
猛スピードで回転させてたから。
うちのサークルの人がいるカップだけ回転速度が10倍ぐらい速かった。
ムックさんとかマジ死んでた。

昼飯にピザを食って、班のメンバーチェンジ。
次は俺、そん、ともろー、
りな、ゆりちゃん、ともこちゃんだ。
結局最後までこのメンバーでいるとになるのだが、
いやー、楽しい楽しい。
今日はなんか知らないけどめっちゃ混んでて、
多分小学生とか、運動会の振り替え休日なんだろうけど、
どのアトラクションも長蛇の列ができていた。
そんな中、俺らはビッグサンダーに150分、
スプラッシュに110分という脅威の待ち時間を経験した。
でもそのおかげでいろいろ話せて盛り上がった。
俺はともこちゃんと同じ書店アルバイターとして、
本の話をしたし(実は彼女、かなりの読書家)、
りなを交えて映画トークもした。
ゆりちゃんは何やらフランス語でえぐっているようだったし、
そんはカリブの海賊で並んでいるとき、
プルートとガブタス(ヴァンパイア・テディー)
のかぶりもので何やら謎のオブジェを作っては
小さい子に見せびらかしていた。
ともろーはジョニー・デップと化していたが、
たまにプルートとフュージョンとして
ジョニー・デップルート、
またはジョニー de プルートになっていた。
りなは本当に怖がりで、
ビッグサンダーやスプラッシュで並んでいるときは、
始終、魂が抜けかけていた。
でもビッグサンダーとスペースを気に入ったみたいだ。

夜のパレードと花火を見終わって、
みんなでおみやげを買いに行って、
門限のやや早めなともこちゃんを見送って、
(俺はおみやげ買うために並んでいたら前のバカップルが
 時間くったせいで、集合写真に写れなかった……。ちくしょう……。)
そしていよいよラストスパート!!
俺、わたる、けーし、川内、そん、
りな、えり、そしてまきさんの8人は、
「Gを感じよう」というテーマの下に、
再びスペースマウンテンへ向かって猛ダッシュを開始した。
閉園間際だったのですぐにアトラクションに乗ることができた。
まきさんはスペースマウンテンに乗っている間、
「星が…」とか「速い…」などと
武士らしからぬ発言をしていたようで、
終わった後もなんだか顔色がすぐれなかったが、
みんなの「まきさんにトリプルマウンテンを制覇してもらいたい」
という強い願いにより、次なるマウンテン、
ビッグサンダーを目指した(スプラッシュはすでに経験済みらしい)。
お客はなんと俺たちが最後だったので、
あの暴走機関車はKSCの貸切状態!
一人一席という超贅沢な乗り方を満喫することができた。
夜のディズニーランドはとてもきれいで、
特にライトアップの仕方が実に芸術的である。
そんな景色を眺めながらビッグサンダーで風を切るというのは、
本当に気持ちよくて、みんなでシャウトしまくっていた。
まあ、そのおかげで集合時間に遅れることになってしまったのだが…。
みなさん、ごめんなさい。
最後、写真を撮って(これは写れた!)、
今日のデイズニー企画は無事終わりましたとさ。

ああ、本当はまだ書きたいこと、
いっぱいいっぱいあるんだけど、
もう眠いし、長くなりすぎちゃうので、
この辺でお開きにしたいと思います。
企画してくれた、ゆみさんとかなにちょー感謝!!
今日は本当に、ほんっとうに楽しかった!
マジちょー楽しかった!!
やっぱKSC最高!ディズニー最高!俺最高!
フォーーーーーゥ!!
ファンタスティックフォーーーーーゥ!!!

底辺企画第2弾 ~奥山を慰める会~

2005年09月20日 01時10分33秒 | Weblog
さてさて、前回に引き続き、
今日ありましたよ底辺企画!
今度は新キャラ後藤も加わり、
場の空気は一気にヒートアップ!
イエーイ!
みたいな感じでは全然なかったけれど、
とても楽しかったです。
家でレポート書いてたらすっかり時間を忘れてまして、
普通に30分以上遅刻ですよ。
ごめんなさい。
着いたら俺の席にはビールが置かれていた。
しかーし、最近の俺はビールを無効化するアビリティがあるから、
何事も無く普通に飲みました。
やっぱ肉うめー。うますぎて食いすぎて、
最後、冷麺頼んだのに8割残しました。
お店の人、ごめんなさい。
そして奥山ドンマイ。
2次会はカラオケへ。
1時間だけだったけど、とても実りある1時間だった。
最後の「リンダリンダ」と「トレイントレイン」は熱かった。

そして奥山ドンマイ。
人生そのうちいいことあるさ。
本気で好きになった人に2回か3回連続でフラれてしまうと、
自分から人を好きになることってなくなるよね…。
少なくとも俺はそうだ。
まわりにはかわいい子や面白い子、いっぱいいるし、
好きになれるような子もいっぱいいるけど、
そのたびに昔の失恋したときの思い出がよみがえり、
「あんなに辛い思いをするなら好きになるのはやめよう」
という結論に達する。
まあ実際はそんな昔の失恋したときの思い出なんて、
今では単なる笑い話でしかないのだけれど、
いざ誰かを好きになろうとすると、
自然とあきらめてしまうのである。
無意識のうちにそうなってしまう。
本能の1つとして脳に刻み込まれてしまったようだ。
そりゃもちろん向こうからきてくれたら
全然ウェルカムなんだけどね~。
まあもう大学生活ではなさそうだな。
そしてもう一生なさそうだな。
でも今は他にやりたいことあるし、
将来もきっと何かやっているはずだから、
そこまで女性をほしいとは思わないけれど。
ただの強がりになってしまうのかなー。
「まあ、どうせ俺には無理だろう」って
そういう思想がすでに染み付いちゃったから、
もう自分から動くことはない気がする。
それも寂しいけど、でも仕方ないかなー。
ああ、でも恋はしたい。
片思いの最中ってホント幸せだわ。
なんかいっつも想いを寄せている人のことばっか考えてるし、
それでいて胸がしめつけられるような感じなるし。
で、その子とメールしたり話したりすると、
すっごくうれしいし、楽しい。
もうその子がいるだけで全ステータス上昇みたいな感じになって、
ホントすべてに対してのモチベーションが高まる。
すべてはその子のために。
そんな思想がいつしか生まれる。
マジ、最高の時間だ。
ただやっぱりリスクもつくわけで。
誰か他の男が好きらしいとか、付き合ってるらしいよとか、
ごめん、あなたはそういう目で見れないとか、
そんなことがあった日には涙の嵐で、
ホント、俺マジ死のうかなとか思って、
生きていく希望もなく、
なんかすべてが憎たらしく思えてきて、
このままダースベイダーになっちゃうんじゃないかって感じになって。
まあそれはないけど、
とにかく言葉では表せないほどの深い悲しみに襲われる。
それを考えると恐ろしくて、とてもじゃないけど、
自分から行動を起こす気はなくすね。
まあとにかく、なるようになるさ。

明日はついに来ましたディズニーデイ!
ちょーワクワクですわぁ。ウホホ~イ!


5校打ち上げ。

2005年09月19日 14時06分43秒 | Weblog
ども。
ただいま戻ってまいりました。
えっと、昨日は5校リーグの打ち上げに参加してきました。
ホントはKSCの初日曜練にも行きたかったけど、
5校打ち上げの方を先に出欠とってしまったので、
そちらに参加してきました。
バイトが3時に終わって暇だったので、
俺は長岡さんといっしょに松屋で飯食いました。
1次会はBOSS、2次会は甚八でした。
まあいつもどーりか。
今回は1女が少なくてホントに萎えました。
というより、今回の参加者の男子:女子の比率が2:1にひきました。
女の子、もっと出ようよ…。
確かに最近男できた子多いさー。
最近人生右肩上がりのやつら多いさー。
左手の薬指がまぶしい人めっちゃ急増さー。
でも、飲み会不参加って違うさー。
ってその間に因果関係があるかどうかはわからんチーノだけど。
1次会は普通の飲みだった。
やっぱBOSSの雰囲気からなのか、
あまり多くの人とからめなかったのが残念だった。
今度は1次会も普通の飲み屋にしてほしい。
んで2次回は甚八。
これもいつもといっしょ。
森くんとも話したけど、そろそろ違う場所がいいかなーって。
まあ38期執行部が始まったら考えよう。
今日は絶対ノーリバースだと思ったら、
ブラックニッカクリアブレンドをドラえもん風に飲んで、
吐きました。
2次会は楽しかったなん☆
その後、奥山召喚して、ちょっと話して
尾崎さんちに行って…。
んで、今帰ってきた。
どうせあと6時間ぐらいしたら
また渋谷に行かなくちゃいけないんだけどね。
底辺企画第2弾のために。
なのに俺は商業学のレポート作成のために帰還したのだ!
まさにジェダイの帰還!!
じゅんも井上さんもまだレポートはノータッチだという。
ここは俺が一歩リードして高みの見物をしなくては…!

のーのーのみそのーのー

2005年09月17日 23時49分35秒 | Weblog
日吉メディアセンター2階。
今俺がいる場所だ。
なんでそんなところにいるかって?
乙女にそんな野暮なこと聞いちゃイヤン。
って、普通に商業学のレポートをやりに来ただけなんだけどね。
家だと集中しないから学校でやろうってわけ。
でも結局他の関係ないサイトを見まくってるわけだが。
インターネットの履歴を見ると、
レポートに関連したサイトを見た数は全体の1%ぐらいだ…。
さっきトイレ行くついでにグル学を除いたけど、
俺らと同じように円になって座って話し合ってる人たちがいた。
どこのサークルも役職決めですかねー。
ご苦労様です。
なんか昼が近づくにつれて人が増えてきている。
まだ夏休みなのにみんなお勉強ですか…。
日々のほほんと生きている俺からすれば
みなさんホント偉いですわぁ。
あと30分ぐらいしたら俺は新宿へ行かなければならない。
バイトじゃバイト。
本売らなきゃー。売らなきゃー。
まあたぶんないだろうけど、
もし書くことあったら夜また書きます。
とりあえずこれにて終了。

明日は5校打ち上げだー。
酒が飲める飲めるぞー、酒が飲めるぞー♪

そういえばいつもブログのタイトルって何にしようか迷う。
今日もまったく何の関係もないタイトルだし。
まあいっか。

あ、なんかブログ読み返して思ったけど、
俺ってホント、意味のない生活してるよなー。
もっと日々刺激のある生活をしたい。
毎日毎日、今日は○○があった。
今日は□□だった。
今日はなんと××だった。
みたいに。





ってかホント人生って何あるかわからない。
これを読むとたった数行しか空いてないからわからないけれども、
上記の空白をはさんで上と下では12時間近くも差がある。
今日、日吉でブログ書いて終わりかと思った。
バイト行っても特筆すべきことはないと思った。
でも違った。
バイトに行って新しい発見をした。
今日夜レジにいたら並んでいるお客さんの列の中に、
なんと高3のとき同じクラスだった美甘さんがいた。
俺はすぐわかった。
目が合ったから会釈しようとした瞬間……!

目をそらされた…。

なんか寂しかった。
まあ、そんだけ。

あー、レポートめんどくせー!

疲労。

2005年09月17日 00時30分31秒 | Weblog
最近疲れているのかな。
バイトでのミスもけっこう多く、注意される。
しかも今日は休憩時間に謎の腹痛に襲われ、
1時間のうち、計40分をトイレで過ごすことになった。
ただのトイレマンだ。
バイト終わった後、みんなでカプリチョーザに行った。
久しぶりに矢吹にも会った。
こいつらといると笑いが絶えない。
俺がジュンクを続けている理由がわかったような気がする。
こいつらといっしょにいると楽しいからだ。
だからやめたくない。
でもみんなそろそろやめようとしている。
8階の人たちが消えると、俺も寂しいな。
とりあえず1年はやりたいから来月末まではいると思うけど。

明日はまた早朝バイトだ。
腹の調子も悪いし、寝よう。

ああ、商業学のレポートが…。

そういえばキングダムハーツⅡの発売日が
12月22日に決まったそうな。
楽しみじゃわい。

特に何も書くことないけど。

2005年09月15日 23時19分24秒 | Weblog
タイトル通りだ。
特に何も書くことは無い。
でもどうせブログ書いてるんだったら
毎日更新したいのが人情というもの。
だから筆をとってみた。
筆っていうかキーボードっていうか…。

とりあえず今日の記録。
朝は執行部決めの話し合いのために日吉へ。
時間ギリギリだった。
途中で加藤さんが参入し、
場の雰囲気が一気に和んだ。
昼休み、みんなで新・生協食堂へ足を運んだ。
すっごくきれいだった。
まあ新しくできたから当たり前なんだけど。
白を基調とした空間に、6人用のテーブルがズラリ。
なんかスーツを着た人が多かった。
ロボット学会の関係者たちかな。
席数は前より減った気がする。
けれどそれが逆に食堂全体を広々と感じささせてくれる要因にもなっている。
天井からは液晶テレビが吊り下げられていた。
特に大した内容は映っていなかったが。
食堂……というよりレストランって感じだね。
スタッフも制服も一新され、メニューも追加されていた。
とりあえず以前の食堂と比べるためにカツどんを頼んだ。
味はまあそんなに変わらなかったけど、
どんぶりが新しくなっていたので新鮮さは感じた。
サラダと惣菜がバイキング形式になっていて、
デザートにはプリンやら白玉ぜんざいやらケーキやらがあった。
サラダは1g=1.4円で、
調子にのってとりまくっていたら392円と
メインのカツどんを上回る金額になってしまった。
新学期始まったらめっちゃ混むんだろうなぁ。

昼飯終わったらそのままバイト。
最近レジ多くて萎える…。
今日はいろいろミスが多かった。
明日からは気をつけよう。
隣のレジで青山高校で領収書をきっている人がいた。
見たことある顔だったけど、
先生だったか事務の人だったか覚えていない…。
でも母校の人が来てくれてちょっとうれしかった。

ああ、金がない…。

ファイナルファンタジーⅦ アドベントチルドレン リミテッドスクリーニング

2005年09月13日 22時09分23秒 | Weblog
すべての運命には語るべき理由がある。
だから、彼らは帰ってきた。

今から8年前の1月31日、
俺は生涯で2番目となるファイナルファンタジーに出会った。
Ⅶ。
Ⅵが最初に出会った作品で、
それをプレイして以来、
今でも俺の趣味の1つとなっているのがこのシリーズだ。
Ⅶが発売されて8年という月日が流れた。
これが長いのか短いのかはわからないが、
当時の俺にはまさか続編が、しかもフルCGで出るとは思わなかった。
いや、世界中の誰もがそうだったろう。
そして今日、アドベントチルドレンの発売日前日に、
俺はリミテッドスクリーニングなる会員限定の上映会に行ってきた。

朝、コンビニでバイトして、
その後、即行で六本木のVIRGIN TOHO CINEMASに向かった。
これで六本木に来るのは3度目。
もうテレ朝や楽天に来るのに迷うことは無い。
チケットを引き換えて帰宅。
家でまったりFFⅩインターナショナルをやって、昼寝して、
そして再び六本木へ。
プログラムを買い、シアターへと進んだ。
ちなみにプログラムを買うとき、
なんと完売と噂されていた
スターウォーズのSOUVENIR BOXが売っていたので
衝動買いしてしまった。
会場に着いたのは30分前だったが、
すでに客席には多くの人が座っていた。
秋葉系ばかりかと思っていたが、
女子高生や今時のカップルもいた。
隣に座っていた男がポップコーンボリボリ食べてて
ちょっとプッツンしそうだった。
しかも本編始まっても食ってるし!おい!
しかもその男、本編が始まる前に本を取り出したかと思いきや、
その本にアリが着いてて俺はかなり不安になった。
まあそんなこともありながら、
ついに本編開始。
最初にキングダムハーツⅡ、
続いてビフォアクライシス、クライシスコア、
ダージュオブケルベロスとCMが流れた。
どれも映画館で見ると迫力が全然違う。
まだ発売日前なので内容には言及しないが、
俺は最初のオープニングですでに目がうるるときた。
別に悲しかったわけでもうれしかったわけでもないけど、
なんか8年のときを経て、またFFⅦに触れることができて感動したのだ。
バトルシーンはハイスピードで臨場感があった。
というか速すぎて何がなんだかわからない部分もちらほら。
でもすごく興奮した。
特に剣を使った戦いはとても細部までこだわって作られていて、
スターウォーズエピソード3のライトセーバー戦を凌ぐ勢いだった。
まあ剣の戦いの本場はこちらですからね~。
しかもすべてCGで作られているところがまたすごい。
こりゃヴェネチアでも絶賛されるわ。
他にもキャラの表情や髪の動き、服の繊維感など、
技術的な面では圧倒されるばかりだった。
もう見ているうちにFFとは思えなくなっていた。
トレーラーにもある通り、
召喚獣が出てくるシーンがあるのだが、
はっきり言ってデカすぎる。
あんなの戦う気にもならないし、
召喚したくもないわ。
普段ゲームの画面ではわかりづらいが、
実際いたらあんな感じなのだろう。
なんかいくらゲームとはいえ、登場人物たちに
「お疲れ様です」と言いたいぐらいだ。
技術が進歩して、キャラクターの表情や体つき、声とかも
非常に個性あふれるものとなり、
実際パーティーを組んだら本当に楽しそうだなと感じた。
そりゃ8年前ゲームやっててもキャラの個性は感じていたが、
やっぱりわかりづかった。
サイズはだいたい同じだし、セリフは全部テキストだし、
ぶっちゃけみんな同じ形、違うのは色だけみたいな感じだった。
でも8年たった今は技術の大幅進歩により、
キャラ一人一人が本当に細かく表現され、
本物の人間が演じているような感じなので、
文章では表現しにくいけど、
みんな別々の人間だということがすごくわかりやすかったし、
いろんなキャラがいるんだなぁと改めて痛感させられた。
ティファやエアリスは本当に美しくなってしまって、
おたく発言になってしまうけれども、
ある意味、理想の女性像みたいか感じだった。
ってか、どっか探せばそっくりさんはいそうだ。
特にティファ、エアリス、ユフィ、バレット、シドは
マジどっかいそう。
ヴィンセント、クラウド、セフィロスはちょっといないかな。うん。
まあそんなわけでとても興奮する映画でしたとさ。
あ、これは個人的な見解だけれども、
最後の氷室京介の歌はいらなかったと思う。
普通にスタッフロールで終わりでいいじゃん。
あれはまあ野村さんの趣味かなと。
明日はDVDが届く~♪
また見よ!

そういえば帰りに六本木から電車乗ろうとしたら、
かわいい女子高生が3人降りてきた。
夜の9:00近いというのに、
制服来て今から六本木って…。
何するんだろーっとちょっと不思議に思った。
おしまい。

ただいまんこ。

2005年09月12日 23時02分54秒 | Weblog
やっと我が家に帰ってきた。

思い起こすは昨日のことだ。
この日は俺、奥山、首藤、長岡さん、尾崎さんという
KBFきっての底辺組でぶどう狩りへ行こうという
前々からの長岡さんの企画により、
俺らは新宿で待ち合わせたとさ。
俺は当然10分遅れ。
首藤なんか30分遅れという先行き不安なスタートから
この企画は始まった。
新宿でレンタカーを借り、長岡ドライバーによる
超てんぱった運転で一向は群馬に向かった。
車はトヨタのプリウス。
めっちゃ静かでした。
んで、車の中ではサークルの話から女性の話へと
盛り上がっておりました。
始終BGMはなりっぱでした。
気づいたら群馬県に入っておりました。
でも天気はあいにくの雨。
それでもなんとかぶどう園に着くころには小雨になっていたので、
俺たちは、まるで最後にお客さんが来たのは2年前で、
とてもうれしいわ的な笑みを浮かべるおばちゃんにお願いして
ぶどうを狩らせてもらった。
俺はお金を払えば制限時間内で取り放題かと思いきや、
500円で一人一房だった。
でもタネなしぶどうだし、ちょー甘かったので
文句は言わないことにした。
おばちゃんにお礼をいい、
一向は今回の企画のクライマックスでもある温泉へ向かうことに。
この5人。
本当に自己中で、車の中のBGMは始終入れ替わりが激しく、
後部座席に座っている奥山、首藤、尾崎さんは
気づいたら寝ている始末。
それに気づいた長岡さんは車を左右に揺らし、
彼らを強制的にウェイクアップの状態にし、
俺はBGMに合わせて歌を歌いながら
道行く女性のおっぱいばかり見ていた。

温泉に着くころには雨はかなり激しくなっており、
気温も低くなってきたため、
俺たちは昼食をささっと済ませ、
すぐさま温泉に入った。
最初のところは料金が900円。
高い。
服を脱いでいる最中に俺はタオルを忘れたことに気づき、
浴場では常に手を股間に当て、
見ちゃイヤンバリアを張ってなければならなかった。
そんなことはさておき、
温泉はすごく気持ちよかった。
温度もちょうどいいし、マジ身も心も温まった。

次に俺らは草津に向かった。
ここは人が多く、特にカップルが多かったので、
男5人組の俺らは常にローテーションだった。
温泉卵を食べ、同期とバイト先におみやげを買い、
また別の温泉へ向かった。
次の温泉は露天風呂つきでかなり設備がよかった。
外は寒かったけど、
温泉は熱かったのでプラマイゼロ。
合わせ湯なる場所には温度の違う湯船が6つぐらい用意され、
一番熱い場所は45~46℃ぐらいで、
奥山が熱湯コマーシャルっぽいことをやっていたが、
混浴がないことに幻滅していた俺らの前では効果がなかった。

その後は普通に帰宅した。
池袋のサイゼリヤで夕食をとり、
長岡さんの運転でまず奥山を自宅に送り届け、
俺と首藤は次の日、話し合いがあるため、
尾崎さんの家に泊まることになった。
だから日吉へ向かった。
首藤んちは汚いからダメと本人がリアル拒否していた。
尾崎さんの部屋は意外ときれいでちょっと驚いた。
寝る前に尾崎さんのパソコンに入っていたエミュレーターで遊んだ。
一番盛り上がったのはスーパーマリオブラザーズ3!
コントローラーがないため、
キーボードで操作しなければならず、
それに慣れていない俺たちは
普通に1-1で死にまくった。
それを見ていた長岡さんと首藤は狂ったように爆笑していた。
長岡さんはしばらくして帰り、
残った俺と首藤と尾崎さんは3人仲良く添い寝
なんてことはせず、普通に俺と首藤は床で寝て、
尾崎さんは家の主ゆえにベッドで寝ていた。
そこで俺はおっぱいについて熱く語ったのだが、
2人には受け入れてもらえなかった。

朝、眠い目をこすりつつ、尾崎さんにお礼を告げ、
俺と首藤はメディアへ。
いつものように話し合いをして、
俺は昼飯後、バイトへ。
そして今帰ってきたとこ。
ああ、疲れた。
明日は早朝バイトなのでもう寝るよ。
おやすみー。




ニナニナ!

2005年09月10日 01時21分27秒 | Weblog
今日で蜷川がバイトをやめましたー。
おつかれサマンサー!
おつかレーション!
明日からの新しいバイトの面接がんばってくださいナシゴレン!
仕事終わってダラダラしてたら、
俺とニーナとアーリーと高橋さんで
近くのつば八で夕飯を共にすることに。
俺は腹が減っていたのでバクバク食べていたけど、
他の3人はタバコスパスパであんま食べてなかった。
なのに最後は割り勘にしてもらったので、
ちょっぴり罪悪感…。
ニーナに
「俺、大野さんみたいに全然スレないで生きてきた人、
 初めて見ましたよ~!」
なんて言われてしまった。
確かに俺は今までちょー平和にのほほんと過ごしてきた。
だからヤクザとか不良とかめっちゃビビッてるし、
ちょっとでも犯罪のニオイがするものは大の苦手だ。
妹は小・中と公立だが、話を聞いていると、
俺らんときとはまったく違う。
そういえば、プールバイトのときも小学生とか
全然言うこと聞かなかったけど、
俺らが小学生のときはそんなことは一切なかった。
まわりの話を聞くと、
友達は暴走族に所属しているとか、
同窓会に行ったら子供連れてきてる人いたとか、
そんな話ばっかだ。
でも俺の小・中の友達にそんなやつはほとんどいない。
いたとしても一人、二人ぐらいかな。
他の人はみんなちょー優秀で、
将来は大企業に勤めたり、官僚になったり、
有能な医者や弁護士になったりするんじゃないかという勢いだ。
まあそんな人はごく一部だろうけど。
ちなみに俺はきっとプーになるだろう。
最終的にはね。
俺バカだから。ホントに。
んで、俺が言いたいのは別に自慢とかじゃ全然無くて、
やっぱ国立ってここまで違うものなのかなーってことだ。
当時だって付き合ってる人とかめっちゃ少なかったし、
ヤッってるかどうかなんて、ほとんど妄想の中での話しでしかなかった。
やっぱ学校によって様々なのねー。

とゆーわけでおやすみんちゃい。