「お前がとこの田んぼは・・」
清次郎はここにくるまで、田畑をみつめながら、
あゆんできた。
どこの田んぼも合戦の跡をとどめていた。
「ああ。逃げ惑う武者をおいこんで、たんぼも、むちゃくちゃにされてしもうた」
実りは期待できない。
そうなると、
晋吉の暮らしはこの先どうなるのであろう。
土間の向こうに子供が四人。
父親の元にやってきた客人を
ちらちらと盗み見ている。
よそ者とおもっているから、いっそうめずらしいのだろうが、
晋吉の長男、晋太だけは、
清次郎を思い出そうと、じっと、清次郎をみつめていた。
「いつのまにやら、四人もこどもができていたんだの」
二人目の子供が、誕生をむかえるころに村を出たようなきがする。
「いや・・・」
晋吉は首をふった。
「いや、わしがの子は三人じゃ。ひとりは、あずかっておる子じゃ。おぼえておるか?
佐久左衛門がとこのお登勢じゃ」
「ああ、童ながら、器量の良い子じゃったな。おぼえておる・・・」
清次郎の言葉が途切れた。
そして、疑問を解く言葉をなげかけながら、
清次郎はいやな予感を覚えていた。
「じゃが、なんで、佐久左衛門のところのお登勢を・・・」
あずかっているのだ。
人の子をやしなえるほどに、裕福な暮らしができないのが、
百姓である。
作のよしあしでわが子までいつなんどき手放せば成らないか、判らないのが百姓である。
「佐久左はの、落ち武者をかくもうてしもうてな。追っ手が、かくもうたことに
腹をたてたのだ。落ち武者を切り殺しただけであきたらず、佐久左を切り殺して、お重さんを・・・」
追っ手は身重だった女房のお重を犯すと、その腹に刀をつらぬいた。
お重は無論、腹の子も絶命。
腹の子も四月にはいる頃だったという。
「それをな、縁の下に隠れたお登勢がみていたんだろう。
晋太がお登勢をみつけて、縁の下からひきずりだしてくれたんじゃ。
それから、ここで、お登勢をあずかっておるが、
かわいそうに、お登勢はおそろしゅうて、たまらんかったのじゃろう。
口がきけんようになってしもうておる」
「なんと・・・」
だが、
七、八の子供の身におきた不幸に手を貸してやるどころではない。
「わが子はむろん、お登勢までを食わしてやってゆけそうにも無いに・・」
晋吉が弱音を吐いたのは、訳がある。
「清次郎。おまえ、人買いじゃというたの」
お登勢の父親である佐久左衛門は、
十年ほど前に姉川に入ってきた
いわば新参者である。
当時、まだまだ、開墾が進んでない
山の際の田んぼをあてがいぶちに
異種の血を入れてゆこうとする
百姓の知恵があった。
同じ血筋の婚姻が時に
奇形や病弱を継ぐ。
これを怖れる百姓の知恵は
異族の血を入れることに頼った。
が、実際、この地にきた者の多くは妻子を伴っていた。
次の世代で血がかわるということであるが、
この土地にねづいてくれるが良しであるし、
間違いなく根付いてくれた上で
其の子どもの代で血がかわるもよしである。
そんななか、
独り身の男は佐久左衛門だけであった。
だから、佐久左衛門の妻はこの村の者でなかった。
これが、先に言うように
一代なりと、村に根付けば、娘達も安心して
嫁しこす気になるであろうという読みのとおり、
どこの馬の骨ともわからぬものに
嫁しこす娘も居ない。
だが、
村によびよせておいて、
妻をあたえぬも、おかしなことである。
人身御供というわけでもないが、
寺預かりの捨て子だったお重が
佐久左衛門の妻に差し出されたのである。
その佐久左衛門とお重が死ぬと
お登勢の身寄りはないといっていい。
寺預かりにもどそうにも、
お重を嫁にだすことで、
寺もようやっと肩の荷がおりたとも、
ようやっと、
やっかいものをほうりだせたとも、いう状況である。
そこに、お登勢を戻した所で、
お登勢の身の上が不遇でしかない。
まして、
お登勢はくちがきけなくなっていた。
そんなお登勢をやっかいもののように、寺に戻すに忍びない。
晋吉は情にながされて、そうは想ってみた。
が、実際、
この先、田の実りは無いに等しい。
寺もそれは同じで
寄進なぞあてにできない今。
お登勢を押し付けられる機会を逃れた今、
今更、晋吉の申し出を受ける事は無いだろう。
そして、悪い事に晋吉の現状はお登勢独りをなんとかすればいいと、言うものではなくなっていた。
くちべらし。
其の最たる抜粋は、長男の晋太にも、むけられるものであった。
晋太は十になる。
奉公に出せる子供は晋太くらいだろう。
家の中でもようやっと役にたつようになってきた
晋太をてばなすのは、手足をもぎとられるようであるが、
まだ、年下のほかの役にも立たない弟、妹をさしだしてみたとて、
奉公先での不遇が思いやられる。
いや、それ以前に奉公先が見つかりそうも無い。
晋太の先行きと
お登勢の先行きを考えると、
どこかに奉公にだしてやったほうが、なんぼか、幸せに暮らせるだろうと思える。
ここにいたら、みなで飢え死にすることは、目に見えていた。
清次郎は村を出るときに
結局、お登勢と晋太をつれてゆくことになった。
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