憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―沼の神 ― 2 白蛇抄第11話

2022-09-02 11:16:46 | ―沼の神 ―  白蛇抄第11話

今、先に見た事は夢でなかろうかと反問しながら
澄明は静けさの漂う沼を離れた。
森を外れ城下に戻る道をややもすると俯き加減に歩む澄明であった。
生き物は最初は確かに得体の知れぬ姿をして見せた。
澄明が賢人かと思ったとき生き物は賢しい老人の姿に変わって見せた。
間違いなく澄明の思いを読んでいる。
サトリかとも思った。
だが、サトリは対峙する相手の事しか嗅がない。
「白峰がお前をくじる」
と、白峰側からの事実を断定的には云わず
「お前は白峰にくじられるだろう?」
と、澄明側の思いを軸に悟りを見せ付けてくる。
ましてや、幻惑であるとしても姿を変転させてみせる芸当は出来ない。
だから、あれはサトリではない。
幻惑を操る類は天狗か妖狐か。
だが、それも沼の上に浮かぶは実体を見せずには出来ない。
神に類するものだろうが、あんな神なぞ知らない。
「わからない」
思わず口に乗せた言葉にかぶさってくる男の声に澄明はたちどまった。
振り向けば鴛撹寺の和尚がいる。

「澄明さま」
もう一度澄明の名を呼びながら澄明の側によってくると
「お探ししておりました」
和尚の口からもう用件がついてでてきそうである。
「私を?」
鴛撹寺の和尚自らが澄明を訪ね歩く?澄明は訝しげに尋ねる。
「いや、それも・・久世観音がたちましてな」
「はあ?」
「道々に詳しいことを話させてもらいますが
どうにも解決出来ない事が続きましてな、
再再久世観音に祭り上げて見ますれば
朝に「澄明」と墨書された紙がおかれておりましたので、
是は澄明さまに相談せよということと・・・」
息を静かに吐いて澄明は尋ね返した。
「解決できない事をまず聞くべきでしょうね?」
「やはり、澄明さま。悟りがお早い」
妙に浮き立った褒め言葉を添える鴛撹寺の和尚の話はこうだった。
七日前に久世観音が夢枕に立つと境内の楠の木を切るように言う。
鴛撹寺では、和尚の居宅への渡り廊下の階が
漏水によって軽く朽ちていた。
雨だれがもれてくる屋根の補修は無論であるが、
階の段をやり変えねばならない。
階へ沁みた腐食の色は廊下の長板にも及んでいる。
だが、境内の大木を切るにも私事への誂えであると思うと躊躇われる。
思案のうちに寝入った和尚の枕元に久世観音がたった。
「それが楠木を切れといわれる」
いくらなんでも私事の為にわざわざ楠を切れ、と
云うのもおかしいと和尚はためらった。
戸惑うままに三度夢枕に立たれると、
人の知恵では判らぬ委細があるのかもしれないと考え直した。
己の都合に当てはまる故に私事に加担されられていると考えたが
久世観音は楠を階の修繕のために切れとはいっておらぬ。
「どうも、まだまだ信心の薄き者でございましてな」
つるりの頭を撫でさすってはにかむ笑いを含んで見せた。
和尚は心を改め久世観音のおおせに従おう
と、近在の大工を集め楠を切らせ始めた。



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