憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

空に架かる橋  16

2022-09-17 15:54:04 | 「空に架かる橋」
明美の説得がうけいれられるわけもなく、源次郎さんがフォルマリン室に入っても、兵士はやはり源次郎さんに威嚇を続けていた。注射を打ってる露木先生の傍らにも、兵士は立っているだろう。静かで、物音一つしない。だけど、暫くすると、フォルマリン浴槽の蓋を開ける音が聞こえてくる。源次郎さんがたおれると威嚇の必要がなくなった兵士は前の患者をつれてきた男と一緒に源次郎さんの前に入って既に事切れ床に崩れた患者の身体を . . . 本文を読む

空に架かる橋  17

2022-09-17 15:53:50 | 「空に架かる橋」
明美に簡単にさよならを告げてホルマリン室に入っていった患者の胸のなかでは、東さんの言葉が何度もくりかえされていたんだ。「俺達は簡単にしんでしまえるけど、先生や千秋ちゃんはもっと、つらいんだ」俺達は死んでしまえばそれで、すむけれど、死を与えた側はこの先ずっと、苦しむ。「だから、みっともなく、ないたり、わめいたりするんじゃない」東さんは、まだ、こうもいった。「それに、俺達は敵にころされるんじゃない。い . . . 本文を読む

空に架かる橋  18

2022-09-17 15:53:27 | 「空に架かる橋」
死を覚悟した人間というのはまさか、この人が死に向かっているなんて、かけら一つも思わせないことが出来るらしい。東さんは覚悟をきめていたし、先生もおなじだったろう。だけど、千秋は?東さんが腕をつきだすと、先生は千秋に後ろを見てなさいと声をかけた。千秋はそのときになって、やっと、この負荷を露木先生一人におわせちゃいけないって、おもいなおしたんだ。先生が人をころすしかないなら、あたしも一緒に殺す。あたしも . . . 本文を読む

空に架かる橋  19

2022-09-17 15:53:05 | 「空に架かる橋」
最後の患者が部屋に入り、ホルマリン浴槽の蓋があく音がすると、明美は足を踏み出した。明美がエレベータに向かい始めてるのを兵士は推しとどめた。「どこへいく。勝手な行動はゆるさない」銃口が明美にむけられても明美はへいきなかおをしていた。「撃つなら撃ちなさい」兵士の威嚇は威嚇だけでしかないとよみとったのか、本当にうたれてもいいと、おもっていたのかもしれない。妙な気迫にけおされた兵士は明美の足取りをおいはじ . . . 本文を読む

空に架かる橋  20

2022-09-17 15:52:45 | 「空に架かる橋」
佐々木先生とあたしは診察室のベッドに横たえた少年兵をみつめていた。少年はこのまま意識が戻らず死んでしまうかもしれない。意識が戻ってもやってくる死を受止めるだけ。意識が戻らないまま、死んで行くほうが幸せなのかもしれない。いずれにせよ、先生とあたしは彼の生き死にに関わらず患者への最善を尽くすだけだろう。いつの間にか彼の周りには兵士達があつまりだしていた。彼は皆に愛されていたんだろう。で、なければ、助か . . . 本文を読む

空に架かる橋  21

2022-09-17 15:52:23 | 「空に架かる橋」
御付の者のように、つれ従えて治療室に入ってきた。明美が出てきたのは地下室からのドア。あたしは明美の顔色を見つめるしかなかった。血だらけの服は乾き始め血の色も死色をみせている。哲司の死を見届けた明美が次に見たもの・・・。明美の顔色も乾いた死色の血のようにいきて居る人のものじゃない。なんで、こんなにいっぺんに残酷で、悲しく弱い人間の心をさらけださせさせなきゃならないのだろう?なんで、あたし達がそれをみ . . . 本文を読む

空に架かる橋  22

2022-09-17 15:52:01 | 「空に架かる橋」
明美は近寄ってきた男に悲鳴のような声を上げて、兵士の行動を阻んだ。明美の唯一のサンクチュアリなのだ。哲司を眠らせる場所を敵に、ましてや、哲司を撃った男に、明美を汚した男に、なんで、触れさせなきゃいけないんだ。明美が一人で土を掘るのを男は黙って見ていた。明美は気が付かないふりをしていたけど、雑木もまばらな、隠れる場所も無い庭の隅に男は武器も構えずつったっていたんだ。敵が居れば、こんな的中率のいい標的 . . . 本文を読む

空に架かる橋  23

2022-09-17 15:51:37 | 「空に架かる橋」
千秋はいったん、診察室にもどってきたけれど、ぬぎ捨てられた衣服をリネン室に運び入れるために、兵士と再び一緒にドアの外に出て行った。ストレッチャーに衣服を積み上げ、玄関側のドアをぬけていった。千秋はそのまま、兵士に色々と部屋の案内をさせられることになる。食事を作る場所。浴室。食料保管庫。ホルマリン室の存在をさっさと掌握する兵士が千秋の案内が必要なのだろうか?と、不思議な気がする。だけど、千秋は命ぜら . . . 本文を読む

空に架かる橋  24

2022-09-17 15:51:15 | 「空に架かる橋」
明美の悲しい声が外からひびいてきたけれど、コレが怪我の功名?になるということもあるんだ。少年兵はその声を混沌の中で聞いていたんだ。男の声なら、少年の意識は波立たなかっただろう。戦場で聞こえるはずも無い女性の声が、少年の意識の中で疑問を生じさせたのだ。?そういういいかたしかできないけど、?と感じ始めた少年の脳が彼を覚醒に導きはじめたんだ。少年の意識の回復は最初にあたしにむけられた。うっすらと、瞳を開 . . . 本文を読む

空に架かる橋  25

2022-09-17 15:50:54 | 「空に架かる橋」
やがて、千秋は診察室にもどってきた。千秋は真っ先に私達の所にかけよってくると、少年の意識回復を知った。だけど、千秋もその回復が命が尽きる前の一瞬のきらめきでしかない事を直ぐに見て取った。死に向かう生でありとて、最後まで生きていたいという生命がなせる奇跡のわざといっていいかもしれない。できるだけ、平静に千秋は「きがついたのね」と、少年に声をかけると、処置室を覗き込んだ。露木先生がそこに居る事を確かめ . . . 本文を読む

空に架かる橋  26

2022-09-17 15:50:32 | 「空に架かる橋」
佐々木先生がホルマリン室に下りていった。千秋は仮眠室に入っていった。もう直ぐ明美もココに戻ってくるだろう。あたしは少年の傍で、彼を見守っていた。少年の最後が直ぐ傍まできていた。その少年の最後の生の躍動が始まる。その躍動が千秋を明美を蹂躙に導くきっかけになるなんてあたしは思いもしなかった。あたしは、ただ、少年の命のきらめきを受止めてあげたかっただけ。あたしはナースなんだ。ナースは時に安らかな死を患者 . . . 本文を読む

空に架かる橋  27

2022-09-17 15:50:12 | 「空に架かる橋」
少年の意識が再び混濁して行く。少年はあたしを呼ぶ。「エンジェル・カム・ヒヤア・アイム・スティル・ヒヤア」僕はココに居るよ。ねえ、ココに来て。少年の怖れは死にいく恐れ。彼は怖くて、怖くて、あたしを呼ぶ。「ココに居るよ」何よりも確かなものは、言葉じゃ伝わらない。あたしは彼の手を握り締めたんだ。いくばくか彼の精神は落ち着きを取り戻し、あたしの手をさするようになぜると、あたしの存在を確認できたようだった。 . . . 本文を読む

空に架かる橋  28

2022-09-17 15:49:50 | 「空に架かる橋」
兵士の言う「頼む」という言葉の意味合いが、何を意味するか直ぐに判る。少年の最後の命の躍動をただ、見つめるのはあまりに忍びない。さりとて、彼の無骨な指が彼の欲求をなだめたとて、それは、ただの処理でしかない。彼の命を受止めてあげる事は女であるあたしじゃないと出来ない。あたしだから、女だから、できる。外面的判断はそういうことだろう。だけど、あたしの中には奇妙な感情が湧き上がってきていたんだ。見知らぬ少年 . . . 本文を読む

空に架かる橋  29

2022-09-17 15:49:31 | 「空に架かる橋」
身体は不思議だ。少年の意識は混濁し思いも心も感情もいまや、定かじゃない。だけど彼のその部分は生きる事を求め、温みを欲しがる。その、身体の不思議な訴えはあたしにもおきていた。身体には個人の感情やこだわりや、そんなものに動じないもっと大きな希求があるとしか思えない。そう・・・。あたしの女性である部分はあたしの思惑をこえ、彼を包んでやりたいと訴えだしていたんだ。もちろん、あたしは彼の生きようとする姿を目 . . . 本文を読む

空に架かる橋  30

2022-09-17 15:49:09 | 「空に架かる橋」
「エンジェル・・・もう・・・いい」少年の命の火が尽きた事を告げる兵士の声があたしの耳元でささやかれた。嘘だ。あたしの口の中の物体はまだ、硬直し、体温が広がってきている。嘘だ。まだ、彼は生きてる。生きようとしている。あたしは納得できないまま、彼の最後の命の残像を確かめている。「エンジェル・・・」少年が呼んだようにあたしを呼んでいた兵士はあたしの体の変化に気が付いていた。兵士はあたしの下着の隙間に指を . . . 本文を読む