明美は近寄ってきた男に悲鳴のような声を上げて、
兵士の行動を阻んだ。
明美の唯一のサンクチュアリなのだ。
哲司を眠らせる場所を
敵に、
ましてや、哲司を撃った男に、
明美を汚した男に、
なんで、触れさせなきゃいけないんだ。
明美が一人で土を掘るのを男は黙って見ていた。
明美は気が付かないふりをしていたけど、
雑木もまばらな、
隠れる場所も無い庭の隅に
男は武器も構えずつったっていたんだ。
敵が居れば、こんな的中率のいい標的などないということになる。
(1%とだけお前の男と同じ条件さ)
運のいい奴だけが生き残る。
男の覚悟はそんな考えでなりたっていたようだけど、
すくなくとも、
恋人をなくした明美へのせめてもの謝罪だったのかもしれない。
男にも、恋人が居たのかもしれない。
だけど、
ココは、戦場。
そんな優しい思いを持ったら自滅するだけ。
「あんた・・・。しんでもいいの?」
明美は土を掘りながら
男に尋ねていた。
「敵か?きやしないよ・・・」
地雷を敷きまくって撤退していったんだ。
99%こっちには来ない。
むしろ、新しい布陣をしくに躍起になって場所を探しているだろう。
男はそう読んだ。
「そう・・。どっちにしろ・・」
明美は言いかけた言葉を止めた。
そう、どっちにしたって、
アンタを殺すのはあたし。
喉の奥の決心を確実に実行する機会を
つぶしたくはない。
「逃げはしないから、銃でもかまえていたら?
敵が来ないとはかぎらなくてよ」
「撃たれてるなら、もう、とっくにうたれてるさ」
確かにそうかもしれない。
「そうね・・・」
あたしがこいつを殺せるなら、それでいい。
明美は再び、黙りこくると
土を掘ることに専念しだした。
だけど・・。
明美が土を掘り終えた後こそが、悲しかった。
明美は哲司の身体を運ぶ事が出来なかったんだ。
生命のうせた身体は
根が生えたように重く、
明美が哲司を引き摺ってみても、
びくとも動かなかったんだ。
「ね・・ね・・哲司。いこうよ。あそこでゆっくり、ねむろうよ」
明美が哲司にして上げられる最後の献身は
哲司を土のなかで静かに眠らせてあげる事だけだった。
なのに、どんなに哲司に問いかけたって
哲司の身体を動かす事は出来なかったんだ。
哲司の崩れて行く身体を支えながら
明美は泣いた。
男が明美の横から哲司の身体をささえた。
「どうしようもないだろう?」
自動小銃を傍らに置き男は哲司を
墓穴に運ぶことを選んだ。
明美はみじめにあきらめるしかなかった。
一番触れられたくない男に
哲司をささえてもらって、
哲司を土の中に埋め終えたんだ。
明美の弔いがおわり、
明美の心残りはなくなり、
庭の隅に哲司が身体の分だけの土が盛り上げられた
墓が出来た。
明美はソット手を合わせると、
なにか、哲司につぶやいたけど、
すぐさま、たちあがると
見事なほどあっさりと
病院の中に戻っていった。
明美は男より先に戻ってきたんだから、
哲司が横たわっていた場所に置いた男の銃を奪い、
男を撃つことが出来ただろう。
だけど、
明美はそれをしなかった。
だから、あたしもまさか、
明美があんな壮絶な死に様をこのときに
既に決心してたんだなんて思いもしなかったんだ。
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