憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―理周 ― 2 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:43:47 | ―理周 ―   白蛇抄第12話

寺の隅の小屋に、どんな人がおるのかも知らぬ。
寺とは縁もゆかりもないのか、小屋をかりうけて
すまわせてもろうているだけか、
よく判らぬ女がいる。
よく判らぬのは、ことさら、女が笙をよくするせいである。
朝早くから雅な御召しを着込んだむかえがやってくる。
それっきり、女はおらぬようになるのである。
境内を掃き清めていたこ坊主が、出かける理周にきがつくと、
庭帚を動かす手をとめた。
ぼんやり突っ立ったまま、門にきえてゆく理周をみおくっていた。
「これ!」
叱られた声に振り向くと、寺の修行僧の頭角である晃鞍がたっていた。
叱られた事は、どっちであろう?
女性をみていたことか?
掃除の手を休めていた事か?
いずれにしろ、こ坊主はあやまるしかない。

晃鞍はこの寺の住職である艘謁の一人息子である。
この宗派は妻帯を禁じられてはいない。
が、若いうちからどういう徳か、
艘謁の人柄か、寺には修行を目指す徒が集い始めた。
当時の悪天候に食うに食えぬ貧困が生じてもいた。
このせいで坊主にでもなるかと艘謁を頼っただけに過ぎないと
穿ったみかたもできなくはない。
今でこそ静かなたたずまいを見せている伽藍の中も
一時は擦髪がくりくりと並んでいたものである。
この溢れかえる僧の多さに、艘謁は、
寺に隣接された母屋での妻帯をあきらめたのである。
同じ敷地の中で、かたや無念無想の修行。
かたや、女の腹の上で嗚咽を漏らす無想の境地。
煩悩もいきておればこそ。
この煩悩なくして己の生もなかずんば、
煩悩がこそ、ありがたき、人の由縁である。
だが、有在、無在。
形の違いで人の思いを変え行く応召の悟りは頭でわかっていても、
修行の身をいたずらに試すだけであろう。
艘謁はいきおい通い婚を選ぶしかなくなったのである。
妻を黒壁町にすまわせた艘謁は、やがて、一子をもうけた。
これが先の晃鞍である。
年端がよいころあいに晃鞍を寺に向かえ、名も晃鞍と改めた。

 



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