笙をよくする。
ひちりきも横笛にもひいでていた。
理周の住まいは寺の敷地の端の小さな小屋である。
本来、寺男なるものが住まいする小屋に
女性(にょしょう)である理周はくらしていた。
理周が洸円寺の外れに住まうようになったのは、
理周の性が女として機能しだした頃からである。
理周を育ててくれた洸円寺の和尚艘謁も、
理周の女の機能の発祥は当然くるものとして、判っていたことであった。
が、寺の中には男ばかりがうようよしている。
理周は尼でもなければ艘謁の娘でもない。
寺の前で行き倒れた女が連れていた子供である。
母親は直ぐに死んでしまったが、子供には行く宛もないとわかった
艘謁は、一人で食えるようになるまで
面倒をみてやることにしたのである。
女の機能を具有した理周が若い修行僧と同じ屋根の下で、
寝起きを共にする。
どう考えても、互いのために良くない。
修行のじゃまになる。
何かあっては、理周にすまぬ。
理周を若い僧の目に触れぬようにしてやるのがよい。
考えた末、理周に寺の隅の小屋に住まいを移すことをすすめたのである。
幸いな事に理周は雅楽の才に恵まれていた。
着物の合わせに入れられた横笛をふかせた、その最初に、おどろいた。
艘謁は本物の才にであってしまったのである。
寺の宗門とは見当違いな才分であったが、
いずれは一人でくらさねばならぬ。
たっきの伝になるのならと、禰宜に頭を下げた。
これが功を奏したか、ことあるごとに、
禰宜は理周をつかいだててくれたのである。
理周の才分は、艘謁が睨んだとおりのもので、
禰宜の下での法楽ごとがきっかけで、
理周の腕は聞く人のみみにとまることになった。
いまや、雅楽の大御所である硯柳会からさえ、
お呼びがかかるようになってきている。
こうなればなるほど、寺の者にしなくてよかったことである。
きっちり他人としての線を引いておいた事がゆえ、よかったのである。
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