憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

柿食え!!馬鹿ね。我鳴る成。放流児 3

2022-12-04 01:45:50 | 柿食え!!馬鹿ね。我鳴る成。放流児

ジープをみかけたら、がんちゃんを探す。

そんなことが10回以上あったろうか。

 

あるときから、ジープがとおりすぎるのに、がんちゃんを探しても、

どこにもがんちゃんの姿をみつけることができなかった。

 

それどころか、学校からの帰り道、いつもなら追い抜きざまに私の三つ編みをおもいきりひっぱりさげるのに

わきめもふらず、そう、その言葉そのもので

私の横を走りぬけていく。

 

途中まで一緒に帰ろうと並んで歩いてたさっちゃんがポツリとつぶやいた。

 

「おかしいよね。へんだよ」

 

「うん。きがついてた?」

 

「うん、がんちゃんらしくないもん」

 

手をださなければ、口だけでもでてくるのががんちゃんだった。

 

「ば~~か」「さっさとあるけよ。のろま」「みっちゃんみちみち、んこたれた。おまえらも、んこたれた」と、あざけりの言葉をかけておいぬいていきそうなものだった。

 

それが、まったくのすどおり。

 

昨日から、帰り道はこんな調子にかわっていった。

 

「あんなにおおいそぎでどこにいくんだろね?」

 

「う~~~~~ん」

 

かすかに迷いながら、進駐軍をみていたがんちゃんをみかけなくなったことを、

さっちゃんに話してみた。

 

「そのことと関係があるのかな?」

 

さっちゃんにたずねられて、私は話し迷ったわけにきがついた。

 

「私にもわからないんだけど・・・。がんちゃんはガムとかチョコレートとかほしいんじゃないかなあ」

 

がんちゃん像を失墜させる言葉をはいてしまううえに、かんぐりにすぎない言葉を無責任に吐き出す自分ではないといいのがれるために、あくまでも~ないのかなあと口を濁す自分にいささかのやましさがあったせいだった。

 

さっちゃんの顔が「え?」とかわる。かわると同時にさっちゃんの口からは否定の言葉が出てきていた。

 

「それはないと思うよ」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「だって、がんちゃん・・・・」

今度はさっちゃんがいい惑った。

 

がんちゃんは玉音放送のあの日。

大きな涙をこぼしていたんだ。声ひとつたてず、微動だにせず。

起立したままだった。

横にならんでいたさっちゃんだけががんちゃんの涙にきがついたという。

 

 

「だから、ほしいと思ったとしても、絶対、ほしいなんて思わない」

 

「え?」

 

さっちゃんの言い方はぜんぜんおかしかったけど、いいたいことは良くわかった。

 

そんな大粒の涙をこぼしたがんちゃんだから

私がかんじたように「まけたくない」って思うに決まっている。

 

進駐軍に負けるような態度なんかとるわけがない。

ーだから、ほしいと思ったとしても、絶対、ほしいなんて思わないー

 

「そうだね。だったら・・・」

いったいがんちゃんはどうしちゃったんだろう。

 

「紘ちゃんはどうおもったの?あ、その進駐軍とか浮浪児の子たちをみてさ」

 

さっちゃんの質問はなんだか、心を見抜かれているみたいだった。

がんちゃんだって、紘ちゃんと同じおもいなんじゃない?と

さっちゃんは私の答えを待っていた。

でも、それは、逆に、最初に

がんちゃんがほしいと思ったということからして

私がほしいとおもったということになるんだ。

 

「私・・・」

「うん」

「私は・・・」

言葉がとぎれて涙がぽろぽろ、おちてきていた。

さっちゃんは黙って私がしゃべりだすのをまっていた。

 

「私は・・ほしいんだと思う。

ほしいけど、浮浪児の子みたいにもらう理由がないのに

もらったら惨めで、みっともないから、もらおうとしないでおこうみたいな・・・」

 

「うん」

 

さっちゃんがにっこり笑って見せた。

「だよお。だから、ほしいと思ったとしても、絶対、ほしいなんて思わない。

そういうことじゃない?」

 

「あ?」

さっちゃんはずいぶん頭がいいんだ。

私はほしいとおもうことさえ、罪悪感にかんじていたんだ。

 

さっちゃんはきゅっと上をむくと

「だけどね。本当にこわいことはそこじゃないかなあ?

素直な自分の気持ちまで

悪いことだと思って心をねじまげてしまう」

 

「うん」

 

「ほしいでいいんじゃない?ほしいけど。絶対、ほしいなんて思わない。

そのふたつとも、本当の心だって、決めていければいいんじゃない?」

 

ああ。そうだ。そうなんだってわかったら

急に心がかるくなった。

そして、さばさばした気持ちで言えた。

 

「そうよね。なんでアメ公なんかにもらわなきゃいけないのよ。

おとなになって、自分でお金ためて自分で買えばいいのよね」

 

さっちゃんはくすくすとわらっていたけど

ひとつのくすみが取れた私の胸に、もっと大きななしみがあることがわかった。

 

それは、さっきのアメ公にでている。

浮浪児をさげすむ進駐軍への憎しみ。

日本を馬鹿にしてかろんじる進駐軍への怒り。

負けたんだから、仕方がない。

敗戦国はそんな風にあつかわれても仕方がないんだ。

そうなだめるしかない、憤りがからから、からまわりしている。

 

悔しいという思い。

悲しい。惨めだ。それが本当の思いなんだ。

 

「がんちゃんがほしいと思ったとしても、もらいにいったとしても

それはそれでいいようなきがしてきた」

「うん」と、さっちゃんはうなづく。

 

「がんちゃんはちゃんと悲しいとか惨めだとかいう思いをわかってるんだもの。

それをわかっていて、もらいにいくなら

逆にアメ公のことなんか、ちょいと手のひらにのせてるってことかもしれない」

 

うまくいえない私の言葉なのにさっちゃんはいえてない心まで読み取っていく。

「ガムをばらまいて、いい気分になってるくらいの程度の低い人間には

程度の低い態度しかみせてあげられないってことよ」

 

やっぱり、さっちゃんはかしこい。

ほしいとおもってしまった心に卑屈になっていた自分がどこかにふっとんで、

がんちゃんがどう思っていたって、どうしたっていいやと

ずいぶんすっきりさせてもらえたと思った。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿