憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

柿食え!!馬鹿ね。我鳴る成。放流児 終

2022-12-04 01:44:45 | 柿食え!!馬鹿ね。我鳴る成。放流児

終わり

ジープをとめると、がんちゃんは荷台の横にまわりこんでいった。

私たちも土手からジープの近くの道のきわまで、はしりおりていった。

 

おいついてきた浮浪児たちは、ジープをとめてしまったがんちゃんに目をみはりながら

じっと、たちすくんで、なおも、がんちゃんの一挙手一投足をみつめていた。

 

「え~~と、エクスキューズ・ミー」

 

自分たちと同じ子供が英語をしゃべる。

 

がんちゃんを見守る浮浪児たちは、こいつは、なにをするつもりなんだと思いつつも

畏敬の念を禁じえないというところなんだと思う。

 

「プリーズ、ギブ、ミー。チョコレート。

アイ ハブ ジャパニーズ フルーツ。

ベーリー・・・・えっと・・」

 

緊張しているんだろう、がんちゃんの覚えたての英語がとぎれる。

 

「え・・と・・デリシャス・フルーツ。

チェンジ イズ あ?えっと・・

ユア・チョコレート・・う・・

ジス・イズ・ア・サンクスギビング

ルック・・」

 

英語をまともにしゃべれているのかさえ、私たちにははっきりわからないけど

がんちゃんは、なれない英語をしゃべるよりはやいとおもったのか

それとも、はじめからそうする段取りだったのか

鞄を広げると、中から柿をひとつ、とりだして、柿にかじりついてみせた。

 

「べリー・デリシャス。フルーティ アンド スィート

イッツ チェンジ ユア チョコレート」

 

荷台に座ってがんちゃんをみていた進駐軍はニコニコしていた。

そして

「OK OK」と言葉すくなにうなづくと

荷台の隅においてあったごつい麻袋からうすっぺらい、銀色のアルミ箔が薄茶色の紙にまかれた

まぎれもないチョコレートの包みを10枚もあったろうか、

がんちゃんにてわたそうとしていた。

 

「サンキュー」

がんちゃんはお礼をいいながら、すぐさま 鞄の中から

新聞紙につつんだ数個の柿を新聞紙ごと進駐軍に手渡した。

 

日本の少年が物乞いをするでもなく、石をなげるでもなく

にらみつけるでもなく、おびえもせず、感謝の品物をもって

チョコレートをくれと片言の英語でしゃべってきたのがよほどきにいったのだろう。

 

「ライク ア サンタクロース。サンキュー ベリー マッチ」

少年にわかるだろうと思う短い言葉で少年をたたえると

柿をうけとり、チョコレートをがんちゃんに手渡した。

 

手渡したとたん、運転手はジープを走らせ始めた。

思わぬ出来事に時間をつぶされ、

急いで帰ることにしたようだった。

 

ジープが立ち去ると、がんちゃんは

浮浪児たちを振り返った。

「おまえらにやるから、けんかせんのやぞ。ちゃんと、わけてやれよ」

 

浮浪児の中の一番年長と思われる男の子にもらったチョコレートを渡すと

がんちゃんはジープが走り去った遠いむこうをみていた。

 

「だいじょうぶそうやなあ」

 

しばらく、じっとたちつくしたままだったがんちゃんの手にさっきの男の子が

チョコレートをわたそうとしていた。

「俺はいらんのや」

おしかえそうとした手をとめて

道の端の私たちをふりかえった。

「おまえら、いるか?」

 

さっちゃんも私も大慌てで首を横にふった。

ーそんなもん。いらんー

そういってしまったら、浮浪児たちがいやな思いをするとおもった。

そんなもん、なんていっちゃいけないとおもって、

ただ、ただ、横に首をふるだけだった。

 

「ん。じゃあ。おまえらで、ちゃんとわけてたべろや」

がんちゃんはもう一度男の子に命令して、

柿を取り出すときに、地べたにおいた鞄をひょいと肩にかつぐと

歩き始めた。

 

がんちゃんの用事が終わったということになる。

私たちはあわてて、がんちゃんを追いかけた。

 

「がんちゃん。がんちゃんは、チョコレートをあの子達にあげようとして、

こんなことしたんだ?」

 

私の胸の中のわだかまりや失望がきれいにうせはてていた。

ところが、がんちゃんは私の問いに首をふった。

 

「ちがうよ」

 

「え?」

「どういうこと?」

さっちゃんも私とおなじようにがんちゃんの行動にちょっと感動していたんだ。

 

「あのさ、おまえ・・」

 

「私?」

 

「おまえ、進駐軍とあいつらとじっとみてたろ?」

 

がんちゃんはやっぱりきがついていたんだ。

 

「おまえ、それから、元気なくってさ」

 

そうだったろうか?そんなつもりなかったんだけど・・・。

やっぱり、気落ちしてたのかもしれない。

 

「で、まあ、なんだよ」

 

がんちゃんが照れた。

たぶん、お前に元気だしてほしくてさ。

と、いいたかったんだろうけど、口をつぐんだ。

 

口をつぐんで、どう言おうか、迷っていたみたいだった。

 

やっと、出てきた言葉が

 

「あのさ、あの柿、如右ヱ門の柿だよ」

だった。

 

如右ヱ門の柿というのは、ここらの子供なら誰でも知ってる。

丸くて大きくてつややかでおいしそうな柿だけど

食べたら、しぶくてたまらない。

丸いのが甘い柿、とがってるのが渋い柿。

子供はみんなそう教わってきたけど

如右ヱ門の柿は、丸いのにしぶ柿だった。

 

だれか、知らずに如右ヱ門の柿を食べた人からつたわってきた、

ここらあたりのものだけがしっている常識だった。

 

「え?がんちゃんもたべてたんじゃ・・」

デリ・・デリとかいってたべてたのをみてる。

「あれは、おれんちの柿。まちがわんように、爪でしるしつけておいたんや」

「あああ?じゃあああ」

さっちゃんも私もなんだか、すっかり、気分がはれた。

 

「アメ公は今頃しぶ柿たべてるってこと?」

「そういうこと」

 

がんちゃんはちょっと首を横にふった。

それはきっとだましうちにした後味のわるさをふっきるためだったにちがいないとおもう。

 

「あいつらを馬鹿にして、わざとゆっくりジープをはしらせて

チョコとかちぎり折ってなげすてるんだ。

土のついたチョコでも一生懸命ひろってたべるのをながめて

あいつらをさげすんで、わらってやがるんだ」

 

がんちゃんは・・・

本当はもっと私より、つらかったんだ。

 

そして、

アメ公に一泡ふかせて

私の溜飲もさげてやりたいとおもったんだ。

 

がんちゃんはでも、やっぱり、いじわるだ。

ひとりで計画たてて実行して

なにもいわず、私たちを心配させて、誤解させて、おこらせて・・・・・・。

 

本当にいじわるだよ・・・・・

 

「がんちゃんには、してやられるわ」

 

「なんだよ、それ?」

 

「ありがとうってことよ」

 

「え?」

 

なんだかわけがわからないって顔のがんちゃんをしりめに

さっちゃんと顔をみあわせた。

 

「ねっ?」

私の質問も一言だったけど。

さっちゃんも一言でうなずいた。

「ねっ」

 

狐につままれた顔のがんちゃんだったけど

私たちに笑顔がもどっているとみたとたん

 

「おまえらみたいな、のろまと一緒にあるいてたら陽がくれらあ」

いいしなにさっちゃんと私のお下げを思い切りひっぱるとその場を走り出した。

 

「あばよ」

走り際に残した捨て台詞は何かの映画の主人公の真似に違いない。

 

二人で肩をすくめてくすりと笑い、走り去ったがんちゃんを見ていた。

 

がんちゃんが、いつものがんちゃんに戻った秋のある日の出来事だった。



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