憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―理周 ― 15 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:39:39 | ―理周 ―   白蛇抄第12話

「わたしは・・」
母をにくんでいた。
父さえ知らぬ子に母はどこまでも、女としてしかいきなかった。
追いすがる子は、母をとらえる男の影をにくんだ。
憎んだ以上にもっと、その影のものでしかない女という生き物が
また自分も同じである事を恐れた。
「わたしは・・」
その憎むべき女をいためつけてやりたかった。
身と皮のように離れない女が憎い。
どれほど、うとましいものであるか。
女がうけとめれるものは、
浅はかな男の欲望だけしかない。
そんなものしか、受け止めれない女が自分の裏表に一心同体にすまう。
「理周さんは、受け止める事がへたくそなのだ」
呟いた不知火に再び、理周はふいをうたれた。
この人は人の心を読むのか?
疑問がやっと理周に男の生業(なりわい)を気付かせ、
陰陽師不知火の名前が頭に浮かんだ。
「理周さんは。無償で愛される事など、この世にないと思っておられる」
「・・・・」
「すべからく、貰ったものは返さねばならないとおもっておらるる」
そのとおりだった。
艘謁に拾われたときから、それを借りだとおもった。
いつか、借りは返す。
だが、それが間違いだったと不知火はいう。
本当の親子の情をかんがえてみればいい。
育てられた恩を親に返す子などおりはしない。
子はまた、自分が親になり
子をいつくしむ事で親の恩に報いるだけである。
契約のように、恩をもらい、契約のように恩を返さねばならぬ。
既に赤の他人であろうとする契約をかわす理周は
いっぱし、一人で生きる大人の女だった。
艘謁が理周に女を見たのは、この心の翳りのせいであろう。
母親の生き様は心をゆだねる事に、
見返りを求められないことだとも理周に教えていた。
人を愛したら、寂しい。
理周に相応える愛なぞあることがわかるわけがなかった。
母の寂しい生き様は、理周を戒めた。
心を渡したら。
心を求めたら。
寂しさが理周を鵜呑みにする。
形だけの情しか受けられない理周こそ、
既に寂しい人間になってしまっているともきがつかず、
かたくなな心を解きほぐしたい男はかたちにとらわれるしかなかった。
からだという器から理周に入り込もうとした男は、
男でしかないことを理周にみせつけられた。
「まあ・・・おりたければここにおればよい」
それは無償である。
理周が何かの形でかえそうとせぬことである。
ただただ、不知火の恩を受ける一方だけでよいという。
「でも・・・」
一人で生きてきた。
肩肘をはって、己を立たせるのは己しかない。
強いほど張り詰めた意気地は病一つさえよせつけなかった。
誰かの厚意を貰いっぱなしにする考えはした事がない。
今は返せぬ理周であってもいつか返す。
ふと不知火がためいきをついた。
「身体が癒えたら、めしをつくってくれ。それで、どうだ?」
「そんなことぐらい、させてもらいます。当り前です」
それでは、返しにならぬという。
「かといっての。貴方のいうことは自分をいためつけるだけだ。
不知火も男だから抱いてくれと望まれればそうもしてやるが」
不知火が望めば理周は身体を投げ与えるだろう。
心のない傀儡なら不知火にはいくらでもいる。
傀儡より始末が悪い。
心に深くえぐられる傷にたえる理周がみえる。
それが、嘘でない証に不知火の言葉一つに理周の顔が沈んだ。
「あほう。どうして、そうやって、自分の心を偽り、きりきざむ?」
「は・・い」
不知火のいうとおりである。
人の心に甘える事が出来ない。
「心配すな。わしも男じゃが、女子がほしゅうなったとて、
心の通わぬ女をてごめになぞはせぬ。
世の中には欲は欲として、ぬぐうてくれる今天女がおるに」
なにをものぐるいして、望まぬ女子に女である事を強要せねばならぬ。
男の欲なぞ、小気味よく拭い去る新町の女子らは明るい。
身体を通り過ぎてゆく男たちのことさえ、憎みもしなければ、
己を怨む事もない。
「吐き出したら心にもかからぬような欲に己をなげうとう
と、言う考えをあらためられよ」
「はい」
小さく頷いた理周の瞳が潤んだ。
雫が落ちてくるのを袖口で拭きかけて、やっと気が付いた。



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