礼の言葉を出しかける理周に
「それはまあ・・いいのだが・・・」
不知火は理周の思い出したくない事に触れる事に
すこしばかりためらった。
「洸円寺には・・知らせておらぬのだ」
躊躇った言葉が理周のわけを察している事がうかがいしれた。
「しらせてよいものかどうか。判断つきかねたのだが。
艘謁殿は心配なされておろう?」
どうするのか?
その答えは、理周には今後の進退も問うものである。
艘謁は悔いておろう。
艘謁の手を離れると、理周は横笛をだいた。
横笛を抱いて、小屋を出た。
理周を止めることさえ、思いつかぬかのように、艘謁は理周をみていた。
「ここにおれ」
いえぬ言葉である。
ここにおって、
妾になっておれ。
とめれば、そういう事になる。
誰の?
艘謁の?
晃鞍の?
それとも、ふたりの?
理周は己の女をあざ笑う。
畜生道におちましょうか?
男の心を二度と、うけとらぬ傀儡ができあがり、
いきているのは、女子である肉の部分だけになる。
理周は落ちてくる涙をほほにかんじた。
何のためのなみだなのか。
父子が見せた「獣」へのあわれみか?
獣の欲をあがなう牝でしかなかったことへの憤りか?
それとも、なくし去ったものへの追悼か?
「どこにも・・いくあてがありません」
迷う心のまま理周はすがるしかなかった。
「ここに・・・おいてください」
やはり、艘謁にはしらせられないということになる。
「どこかにおちつくまで・・」
どうすればいいのだろう。
どこかで金を稼ぐにしても、艘謁に知られたくない。
どこか、知らない土地にいくにしても、理周には路銀さえない。
雅楽の伝は理周の居場所を知らせる。
艘謁はともかく、晃鞍が知らぬ顔をしてくれるわけがない。
「しばらく・・で、いいのです」
とにかく、しばらくはこの男の好意にすがるしかない。
「わしは、かまわぬが。理周さんはそれで・・・よいのか?」
不知火には理周が居場所と引き換えにどこかで、
男に身をゆだねる事を覚悟しているように感じた。
だから、不知火はわざと問い直した。
理周は理周で不知火のいう言葉の底に感じる意味合いに
覚悟をといなおされていると考えた。
「はい」
「理周さん・・・」
「はい」
「貴方は自分だけでなく、私を馬鹿にしている事
わかってらっしゃるのだろうか?」
「あの?」
「何かを与えられたら、何かで返さなければならない。
これは不遜です。ただ、受取る一方これに甘んじて見せる。
これが感謝。与えられる自分である値を素直に認める」
「あ?あの」
「女子などいくらでも。たるほど余っている男に
女子をわたしてみたところで、礼にはならぬ。
こういえば、わかりますかな?」
「は」
「女子を見れば抱く事しか考えぬ男だと私を見ている事は・・・」
「あ」
「自分の女がそれだけのおなごでしかないともいっておられる」
「あ・・・」
「それだけの女子がそれだけのあつかいをうける。
これは当然の結果でしょう?」
自分のまいた種?
理周は自分の掘った穴に自分を落としこんだだけ?
不知火の言葉は理周の生い立ちさえも見切っているかのように
深く心の臓をついた。
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