憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

「ぎりぎり」

2022-08-27 08:42:12 | 「ぎりぎり」  掌編

3月末日に生まれた悟を見る度、両親は
「もう少し遅く生まれていれば1学年下になれたのに」と、溜息を付いた。
両親が溜息を付くのも無理がない。
悟はどうしたわけ、言葉の発達が遅かった。知恵遅れといわれる症候群に配するほどのものではないのだが、発する語彙も少なく、感情を上手く伝えられなかった。其の事が彼をますます無口にさせ、自分を主張する事を隔てさせた。
 その悟がもう、十七歳になった。身体も大きくなった。勉強も両親が心配するほどの事もなく中程度の学力を維持している。無口であるのは変わらないがそれでも友人は出来る。
話し上手と聴き上手のコンビネーションでそりがあうのだろう。悟の友人はよく笑いよく喋った。
悟の部屋からは友人の間断ないお喋りと時折かみ殺した悟の笑い声が聞こえた。
悟の静かな笑いがよい合図地になるのか、とめどなく語る友人の声は朗らかで確かに「気の合う友人関係」は成立していた。
 
いつも聞き手の悟が今日は珍しく話をしている。
「もう、高校生活も一年だよな」
悟の言葉に友人は思いあたった。
「あ、理沙ちゃんだろ?」
「え、あ?うん」
理沙は同じ高校の倶楽部の後輩でかなり可愛い女の子だった。
「お前が気にしているのは知ってたよ」
友人は悟の恋に気が付いていた。
「うん・・・」
「こくってみりゃいいじゃんか?」
「僕が?」
「当り前だろ?待ってたってなんも始まらないよ」
「う・・・ん」
友人の言う事は其の通りだとは思う。
でも、悟に見えるのは悟に告白されて困った顔になる理沙だった。
「倶楽部の先輩にさ、突然告白されて、理沙ちゃんが迷惑なら倶楽部にきずらくなってしまわないかな?」
「だから、そりゃあ・・・」
確かに悟の言う通りだと思う。下手に告白して、嫌われたら倶楽部で逢う事さえ辛くなる。
それくらいなら何も言わず片思いのままで居た方がいいかもしれない。
「だったら、こう・・」
友人が言いかけた言葉に悟が身を乗り出してきた。
やっぱり本気で理沙ちゃんの事が好きなんだなって判ると切ないくらいに悟がいじらしくみえる。
「うん。だったら、いきなり告白なんてせずに、こう、友人よりは親近感を持って貰える様にするとかさ・・」
「え?」
友人と悟は頭をつき合わせて策略をねった。
結果、距離を埋める単純な方法は、理沙ちゃんの誕生日に何かを贈るということになった。
それにはまず理沙ちゃんの誕生日を教えてもらわなきゃならない。
次の日の倶楽部で、友人は今日の話題を振った。
誕生日のプレゼントに何を貰ったら嬉しいか?
この事から上手く理沙ちゃんの誕生日を聞き出せば良いし、理沙ちゃんの好みも判る。
策士だよなって思いながら悟も話題に乗っていった。
「私・・オルゴールがすきなの」
「へえ?じゃあ随分集めてるの?」
「うん。誕生日だけじゃなくって・・クリスマスとかもおねだりして」
「最初に貰ったのは?なんて曲だったの?」
「あのね、私春うまれだから・・」
くすっと理沙ちゃんが笑った。
「チューリップだったの・・」
「チューリップって?あの並んだ並んだ赤白黄色って歌?」
「そうなの」
「へええ・・」
「私、ずいぶん早生まれだったから、幼稚園の時なんか同じ年の子でも遅生まれの子と較べたら、身体も大きくって、何で早く生まれちゃったんだろって、思ってたの。それでお父さんがオルゴールの歌を歌ってくれて、今は少しくらい大きくたって皆はもっと大きくなったら並んじゃうよ。皆、綺麗に咲くんだよって」
「ふうううん」
悟は理沙ちゃんの言葉に自分を見たような気がした。
「僕は反対に遅うまれだったんだよ」
「へええ?何日なんですか?」
理沙ちゃんの誕生日を聞くはずだったのに、悟の方が尋ねられてしまった。
「3月31日」
「うわ!」
「どうしたの?」
「だって私4月1日なんですよ」
「え?」
たった1日違いで1学年も離れて、並んで咲く事が出来なかったのだ。
ぎりぎり1日の違いで理沙ちゃんと一緒に過ごせる月日が1年もへってしまう。
「もう少しで同級生だったんだね?」
「そうですね・・」
何だか、理沙ちゃんも残念そうに見えたのは悟のきのせいだったろうか?
「ぎりぎり、アウトでしたね」
理沙ちゃんが少し溜息を付いた。
「たった1日の違いで先輩が、1年も先に学校卒業しちゃうんですよね」
たった1日の違いに多く愕然としたのはどうやら悟より理沙ちゃんのほうだった。
友人は何だかにんまりして
「結構、脈あるじゃんか?」
って、悟に耳打ちして見せた。



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