週間レースでただいま連載中の、「公営レース賛成派」だが、10月20日号では、公営ギャンブルのイメージの悪さについての話が出てるね。
当ブログの「明石「元」競輪場」のところでも、どうして兵庫県は、明石と神戸の2つの競輪場を一度に潰してしまったのか、という話の中でも書いたが、これは私の親父から聞いた話なんだが、どうやら当時の阪本知事宛てに、子供がこういった内容の投書をしたことがきっかけだったみたい。
「お父ちゃんはけいりんがある日になると、家の中のおカネやモノを取っていったり、はたまた私が学校へもっていかねばならない給食費をよこせ、とかいってそれをもっていってしまいます。そして毎日、お父ちゃんとお母ちゃんは大きな声を上げてケンカしています。けいりんのせいで、家は滅茶苦茶です。はやくこんなけいりんをやめさせてください。」
この投書があったからといって即廃止にはならなかったみたいだが、逆にこれを期に競輪廃止の気運が大きく高まり、その後、近畿ダービー八百長疑惑を某新聞にすっぱ抜かれてしまい、
「もうこんなインチキで、家庭を滅茶苦茶にする競輪なんていい加減やめたらどうなの!」
という世論に屈して、阪本知事はついに決断を下したそうだ。
実は関西では、こういった世論に屈してといった形の廃止が結構多い。大阪住之江や豊中といった大阪府営競輪はもとより、市営の大阪中央も。さらには、京都市営宝ヶ池競輪もそうだったらしい。
さらに競馬では、春木競馬がそうした憂き目を食らった。
そして大阪・兵庫・京都にあったこれらの競輪場の替わりに違う地で開催を行うといったこともされなかった。というか、もしやろうものなら、
「もう競輪はいらんでしょ!」
となるのがオチだもんな。そういや、春木も代替地は「なし」だね。
したがって事実上戦後になってから、公営ギャンブルというものが確立されたが、関西が最も廃止された場が多い。とりわけ競輪は、一時12場もあったのに、今やその半数以下である。
もっとも、関西のマーケットシェアからいって、とりわけ競輪場が12ももし今あるとするならば明らかに過剰感を感じざるを得ないわけで、今思うと仮に明石あたりが競輪場として残っているとするならば、「姫路(競馬)は廃止や!」ならぬ、
「明石は廃止や!」
となりかねないところだろう。
しかしながら、関西におけるこうした急激な減り方が原因となって、やがて競輪そのものが衰退化を招いてしまっていっているのは事実であるが。
確かに競輪を筆頭に、昭和20~40年代の公営ギャンブル場といえば、かなり殺気だった雰囲気だったみたい。今みたく、選手が落車したにもかかわらず、その選手絡みの車券がパーにもかかわらず、
「大丈夫か?」
なんていう雰囲気には全くなかったらしい。逆に、
「アホか!このままくたばって死ね!」
「もう二度と出てくな!」
となるのが「通例」。
さらにいえば、当時の競輪では、選手の不可解なプレー、不可解な判定といったものも少なくなく、何かあったらすぐ逃げる用意をしておかねばならないようなところでもあったらしい。
そういや私が競輪場へ行く話になったら親父から、
「何かあったら、すぐに逃げる用意しとけよ!」
といつも言われていたことを思い出す。
ま、思うに、競輪の話が中心となってしまったんで(というか、競輪って、一番騒擾事件が多いし)さらに続けていくと、私は中野浩一に興味を持ったんで競輪を知りたいと思って入り込んでいったわけだが、もし中野がいなかったら、それこそ、
「競輪?ああ、あのインチキか」
「何かあったら、すぐに焼き討ちやろ」
としか思わなかっただろうし、今でも変なイメージしかなかっただろうね。
私が競輪をやるようになってからの競輪場といえば、とりわけ西宮がそうだったように、スタンドに比して客があまりにも少なく、そのためにレースの合間には「寝れる」ところになった。西宮があった頃は、
「じゃ、西宮に行って、「寝にいこうか」」
とさえ思ったくらい。また寝ていたところで客がいないから誰にも何かを言われることもない。
もっとも、昭和40年代までの西宮ではこうしたことはまずできなかった。
確かに今の公営ギャンブル場は、今から20年前にノミ屋・コーチ屋を一斉排除したこともあって、かなり「健全な場所」へと生まれ変わった。また、明らかに客から見てインチキと思われるようなレースも少なくなった??しかし。
客は次第に減る一方。つまり、場内が浄化すればするほど、公営競技の衰退を招いていったという皮肉なめぐり合わせを生んでしまったわけだ。
昔だったら、ほっといても客が来た公営競技。 だから逆にあまりにも宣伝しすぎると、それこそ婦人団体からの猛抗議が出る恐れがあることから、なるべく宣伝しないようにするように努めたらしい。対して今は。
どんどん宣伝、ファンサービスなんてやってるけど、客は来ない・・・
おまけに公営レース賛成派でも述べられているように、やれ場外やなんだいうと、
「青少年に悪影響を及ぼすから」
といって片付けられてしまう。ま、最近は「シャッター通り」という深刻な問題を抱える地方都市が少なくないから、むしろ場外に積極的な自治体も出始めているそうだが、これとてすぐに簡単に決まるわけではなく、この間もaiba(ホッカイドウ競馬のミニ場外)の建設反対につき、誘致断念なんていうニュースがあった。
大して宣伝もしないのに客がワンサカ来て、しかも財源はどんどん潤うといった、今考えると夢のような時代とは打って変わって今や、
「来てくださーい!」
といっても来ない。
それはあくまでもバクチ一辺倒にこだわり続け、言い換えると、ただの金づるマシーンにしか考えていなかった「弊害」、つまり「甘え」というしかない。
ところで、その公営レース賛成派にこんなくだりがあったね。それは池袋のアレッグ・サテライトの建設断念になったときの反対表明文。
要は、
・風紀が乱れるって、これはギャンブルをやる人間に対する差別じゃないのか
・ギャンブルをやる人間が風紀が悪いと一概に決め付けられるのか
・ギャンブルで身持ち崩したりしない、他人に迷惑をかけないということを子供に教えることこそ重要なんじゃないのか
・(場外)車券売り場を逆に教育の場にすればいいんじゃないのか
残念ながら、今の現状では、上記のことは馬の耳に念仏だ。つまり、
「そしたら、ギャンブルなんてやらなきゃいいだけの話」
で終わってしまう。
以前述べたことがあるし、また後にも触れたいが、要は公営ギャンブルってのは、はじめから「負けるように」できているんだろ。
そこが言うなれば「大事」。
公営ギャンブルをやっていて一番役に立ったというのか、要は自然と「金銭感覚」っていうのが身についていったように思うね。
私自身、東京で単身生活を送っていた頃って、いつも給料日前になるとヒーヒー言っていて、財布の中はスッカラカンなんてことはよくあった。
おまけに、ドミトリー方式のワンルームに住んでいたから、自炊もできないんで、まかないがない日曜日なんて外食せねばならなかったし、余計にカネがかかる一方。今みたく、ポイントカードなんて普及してなかった頃だったし。つまりカネをただ「吐き出し」していただけ。
それでもあちこちのギャンブル場に行ったわけ。ま、婦人連中からみれば、
「あんな人間にはなるんではないんですよ」
なんて言われるかもしれないね。
しかし。
ついぞ一回もア●ムだの武○士だのいったところにお世話になることなんてなかった。今だって世話にはなってないね。
要はやるカネがなかったら、やらなければいいだけの話。やりたいレースに絞って買えばそんなに思ったほど損しないし、たまに儲かるときもある。
これがパチンコやはたまた株なんていおうものなら、そうはなかなかいかないぞ。
さらにいえば、例えば営業なんてやってたら、見込み客かどうかとか、はたまた予算なんて組むときなんて、ある程度予想しないとできないものだろ。理屈がどうとかいったところでどうにもならないはずだし。ただ強烈なノルマ営業をやっているところは無理やり下の人間にできもしないような予算を組ませることもあるが。
ま、実社会に出れば、公営ギャンブルでごく当たり前のようにやっている「予想行為」ってものを切り離しては考えられないってこと。ところが。
こういったものを学校教育においてはほとんど教えられないばかりか、逆にこんなものはやってはいけないみたいな風潮を作ってしまう。
でもって、「負ける」ことを知らない連中がいざ負けたら一体どうなるのか?
ま、およそ関係がないとは思うけど、最近、家族間における殺人事件ってのが毎日のようにどこかで発生しているね。その理由なんだが、要は自分の思うとおりにならないからぶっ殺したってものがいかに多いか。
この世の中、本当に自分でうまくいったと思うケースなんて10回試してみて1回あればいいほうだろ。ま、自分ではそうではなくて百発百中なんて思う人間もいるかもしれないが、それは自分でただ思っているだけだろ。
10回やってみて1回うまくいけばいいほう。まさしく公営ギャンブルがそうだね。
もっとも私はその1回さえもなかなか最近めぐり合わないので、もう馬券・車券・舟券を追っかけるのをやめたくなってきたし、以前と較べるとやりたいとも思わなくなってきたが。
それでも公営ギャンブルをやってきていろんなことを学んだように思うね。