ソラがドアを閉めようとすると、わずかに開いた隙間から、さっと手が伸び、薄いピンク色に塗りそろえられた爪の手が、がっちりと強い力で、閉まりかけたドアをつかみ止めた。
「あの、私の名前はシェリルと言います。あなたの名前、教えてもらっていいですか」
驚いたソラは目を白黒させながら、顔をのぞかせている女の人に言った。
「眞空、です――」
「妹さんは?」
「えっ」と、ソラは言うのをためらったが、「海密です」と口ごもりながら答えた。
「ごめんなさい。ありがとうゴざいました」と、女の人はさっと手を引き、後ろにさがった。
どういたしまして、と言いながら、ソラは急いでドアを閉めると、カチャリカチャッとすぐに鍵をかけ、のぞき窓に目を当てて、外の様子をうかがった。
シェリルと名乗った外国人の女の人は、残念そうに玄関のドアに向かったまま、手に持っていたサングラスをかけると、がっかりしたようにくるり、と振り返り、家の前に駐車していた赤いスポーツカーに乗りこんだ。
運転席のドアを閉めると、女の人がエンジンをかけた。お腹の底に響くような重い音が、ブルルンッと空気を揺らすように轟いた。ソラの父親が、一度でいいから乗ってみたい、と風呂上がりによく口にする、黄色いエンブレムの高価な外国車に間違いなかった。
シェリルは、ガラス越しにチラリとソラの方を見てから、車を発進させた。
まるで、ソラがのぞき窓から様子をうかがっているのを、最初から承知していたかのようだった。
と、甲高い急ブレーキの音が聞こえた。
驚いたソラは、とっさに首を引っこめてのぞき窓から目を離すと、両手で頭を守るようにかばいつつ、その場にしゃがみこんだ。
「どこ見て運転してんだい、こんちくしょうめ」
と、悲鳴にも似た大きな声が聞こえた。
恐る恐るソラがのぞき窓から外を見ると、黒っぽい服を着た女の人が、足を引きずるように姿を現した。
「あ、魔女だ――」と、ソラは思わず口走った。
いつ頃からそこにあったのか、誰も知らないほど昔からか、それとも誰もが気がつかないうちに建てられていたのか、ソラが住んでいる町内に、一軒の古ぼけた洋館があった。玄関の前には、牢屋を想像させるような頑丈な鉄の門があり、いつもきまって錠が下ろされていた。手入れをしていないためか、広い庭にも建物の回りにも、雑草が深く生い茂り、見た限り空き家のようだったが、夜になると窓に明かりが灯ることから、人が住んでいるのは確かだった。だが、いったいどんな人が住んでいるのか、町内会長のおじいさんのほか、ごくわずかな人しか、中の住人に会ったことがないため、不確かなうわさ話ばかりが、人々のあいだに広まっていた。
「あの、私の名前はシェリルと言います。あなたの名前、教えてもらっていいですか」
驚いたソラは目を白黒させながら、顔をのぞかせている女の人に言った。
「眞空、です――」
「妹さんは?」
「えっ」と、ソラは言うのをためらったが、「海密です」と口ごもりながら答えた。
「ごめんなさい。ありがとうゴざいました」と、女の人はさっと手を引き、後ろにさがった。
どういたしまして、と言いながら、ソラは急いでドアを閉めると、カチャリカチャッとすぐに鍵をかけ、のぞき窓に目を当てて、外の様子をうかがった。
シェリルと名乗った外国人の女の人は、残念そうに玄関のドアに向かったまま、手に持っていたサングラスをかけると、がっかりしたようにくるり、と振り返り、家の前に駐車していた赤いスポーツカーに乗りこんだ。
運転席のドアを閉めると、女の人がエンジンをかけた。お腹の底に響くような重い音が、ブルルンッと空気を揺らすように轟いた。ソラの父親が、一度でいいから乗ってみたい、と風呂上がりによく口にする、黄色いエンブレムの高価な外国車に間違いなかった。
シェリルは、ガラス越しにチラリとソラの方を見てから、車を発進させた。
まるで、ソラがのぞき窓から様子をうかがっているのを、最初から承知していたかのようだった。
と、甲高い急ブレーキの音が聞こえた。
驚いたソラは、とっさに首を引っこめてのぞき窓から目を離すと、両手で頭を守るようにかばいつつ、その場にしゃがみこんだ。
「どこ見て運転してんだい、こんちくしょうめ」
と、悲鳴にも似た大きな声が聞こえた。
恐る恐るソラがのぞき窓から外を見ると、黒っぽい服を着た女の人が、足を引きずるように姿を現した。
「あ、魔女だ――」と、ソラは思わず口走った。
いつ頃からそこにあったのか、誰も知らないほど昔からか、それとも誰もが気がつかないうちに建てられていたのか、ソラが住んでいる町内に、一軒の古ぼけた洋館があった。玄関の前には、牢屋を想像させるような頑丈な鉄の門があり、いつもきまって錠が下ろされていた。手入れをしていないためか、広い庭にも建物の回りにも、雑草が深く生い茂り、見た限り空き家のようだったが、夜になると窓に明かりが灯ることから、人が住んでいるのは確かだった。だが、いったいどんな人が住んでいるのか、町内会長のおじいさんのほか、ごくわずかな人しか、中の住人に会ったことがないため、不確かなうわさ話ばかりが、人々のあいだに広まっていた。